第26話

 大通りに店を構える大型商業施設。その地下、食料品コーナーに俺達はいた。

 幅広の店内を二班合同の六人で歩いている。そこまではいい。買い出しだからね、分かる。


「なあなあ。一之瀬って諌矢と同じ中学だったの?」

「え、ああ……違うけど」

 隣から話しかけてくる男子生徒相手に俺は身構えながら答えた。

 ボタン全開の学ランの下に緑のパーカーを着込み、フードがだらしなく外にはみ出ていて見るからにチャラい。

 西崎班に所属する工藤とかいうリア充系男子だ。普段はよく須山とツルんでいる小柄な男子。


「マジかー! 仲良いから同中かと思ってたー!」

「俺は篠岡中だからな。諌矢の住んでる方と同じだけど、大分違うよ」

「へー。ここからだと、めっちゃ遠いじゃん!」

 更に同行していた竹浪さんも会話に加わる。

 普段全く話をしない二人。教室内でも屈指のリア充の板挟みになりながら、俺は前を歩く諌矢の背中に助けを求めた。

 しかし、当の諌矢は他の女子達と楽しそうに会話していて、気づいていない。


「そうなると、一之瀬ってチャリ通なんだろ? いいなあ~ 愛理も俺も徒歩だからダルすぎだよー」

 重ね着したパーカーのフードを直しながら、工藤は大げさに肩を落とす仕草を見せる。


「そうかな? 冬になったら雪のせいで俺も歩きだし……近くから通える方が羨ましいけどな」

「まあ、そうだけどさ~」

 ここは日本有数の豪雪地帯として知られている。何でも、人口の比率でみると、この規模の都市では世界一の積雪量らしい。全然嬉しくない世界一だ。

 そんな訳で、冬が訪れると道路も歩道も雪で埋めつくされ、チャリなんて使えなくなる。


 ――なんて、ウンチクの一つでも言えれば会話が持つんだろうけど、初対面の相手にペラペラと言えないのが俺なんだ。悲しいなあ。

 あと、慣れない相手との会話って結構キツいなあ。


「なあ、諌矢! 俺達何買うんだよ?」

 たまらなくなった俺は、前を歩く諌矢に会話を振るべく声を掛ける。


「ん? 何か今、空耳聞こえたな。まいっか。美由ちゃんはどこのカレールーが好きなの?」

 しかし、諌矢は女子二人とすっごい楽しそうにワイワイしている。難聴系主人公かな?

「舞人(まいと)。そういや、須山ってどうしたん?」

 と、竹浪さんが唐突に話題を変えた。同じ班の須山がいない事に今更気づいたみたいだ。

 舞人ってのは工藤の下の名前らしい。男女で名前呼びだなんて、この二人、仲良いなあ。


「あいつ。あれでサッカー部だからな。来れないって」

「あれでサッカー部なのか……」

 デカいガタイだからラグビーやってそう――そう思ったのがうっかり声に出てしまった。


「何、一之瀬。須山がサッカーするの意外って顔してる」

 工藤舞人がくすりと笑みを零す。それを見て隣の竹浪さんも声のトーンを上げる。


「確かに。しかも、あの身体でMF(ミッドフィルダー)なんだよねえ」

 マジかよ、どう見てもキーパーみたいな体型だと思うけど。


「でも愛理。お前は見たまんまテニス部って感じだよな。何で高校でもテニス入らなかったの?」

「だってさあ、勉強したいし!?」

「してないじゃん」

 そう言いながら笑い合うリア充二人。俺の心はついぞ言葉になる事は無かった。

 いかにも仲良さげなトークを始められたら入り込む隙が無い。


「そーいえばっ。一之瀬って野球してたって前言ってなかったっけ?」

 そんな事を考えながら地蔵になっていたら、竹浪さんがこちらに向き直る。


「まあ、一応……小学校の五、六年生の時しかしてないけどね」

 ここでマウントを取れないのが俺だ。遠慮気味に答えると、二人は『わあ』と歓声を上げる。

 それが、野球経験者に対する敬意なのか、俺が野球やってるのが意外過ぎて引くレベルで笑えるって意味なのかは分からない。あまり深く考えないようにしよう。


「じゃあ、俺達でカレールーとか皆で食うお菓子探して来るわ。お前ら三人は仲良さそうだし野菜と肉を頼む」

 不意に、諌矢が振り返り、俺達に向かってそんな事を言ってのけた。


「んー。わかった」

 竹浪さんが訛り混じりでフランクに返すと、諌矢は残りの女子を侍らせて行ってしまった。

 このまま突っ立って何もしない奴とか思われるのが嫌なので、俺はとりあえず近場にあった買い物籠を一つ取る。


「へえー。一之瀬って気が利くね」

 その行動を目で追っていたのか、竹浪さんが俺を褒めてくる。

 一歩後ずさるのだが、俺の不自然な動きが余計気になったのだろうか。


「野菜売り場はずーっとあっちの方だよ。なになに、もしかして、この店あんま来ない系?」

 間延びした声で竹浪さんが俺の肩先をつつく。いちいち距離感が近くて鼓動が早まる。

 しかも、手を後ろにして、前かがみに見てくるので胸元に目が行きそうだ。


「デカすぎてどこに何があるのかさっぱりだよ。竹浪さんはよく寄るんだ?」

 気後れしながら答えると、竹浪さんはにっこりと満面の笑みを作る。


「うんうん。ここってマックとかもあるし。しょっちゅう帰りに来てる!」

 そんな風にやりとりしつつ、三人で野菜売り場に向かう。


「もしかして、工藤君と竹浪さんって同じ中学なの?」

 俺は工藤に対して話しかけてみる事にした。なに、単に俺から女子に対する話題を作るのが苦手だから、優先順位的に唯一男子の話し相手の工藤に行っただけの事。


「ああ、一応なあ。俺らの中学って冬青(とうせい)に近いから志望する人多いんだよなー」

 しかし、俺の思惑とは裏腹に工藤は嬉しそうに肩をくたっとさせる。

 普段話さない相手に自分の事を聞かれるのが嬉しいのだろうか。


「そうそう。瑛璃奈もだしー」

 そう言って竹浪さんも一緒になって盛り上がっている。

 成程、こいつら皆身内同士みたいなもんなのか。

 一方で別の中学なのに、西崎達と仲良くやっている諌矢ってやっぱコミュ力すごいんだな。


「近いからって理由で志望校選んだの?」

 俺が聞くと、竹浪さんはキラキラした眼で頷いた。


「ギリギリまで寝てられるし、最高だよ!?」

「でも、愛理はいつも遅刻ギリギリじゃん。ギャルメイクに時間かけすぎなんだよ」

「うっさい工藤」

 さっきまで名前呼びだったのが一転、呼び捨て口調に切り替わる。そんな、同中コンビの仲睦まじさを見せつけられながら、野菜売り場に辿り着いた。

 明るい照明の下、新鮮な野菜が陳列されている。


「淡路島差か……」

 竹浪さんは腰に巻いたカーディガンをぎゅっと締め、陳列された玉ねぎの山とにらめっこを始めた。

「何してんの、愛理。そんなに変わんねーって」

「いや、違う。中身が悪くなってるのがあるかもしれないし!」

 大きさを比べながら振り返る顔は真剣そのもの。意外に主婦力高いらしい。 

 進学校に合格するだけあって、見た目が派手でも中身は本当にしっかりしているんだなあ。

 キャッキャと仲良さげにじゃがいもやニンジンも二人で選び始める。

 この二人、付き合ってるんじゃないの。そんな考えが浮かぶのは、下衆の勘繰りなのかな。

 嗚呼。でも、こんな事ばかり邪推していたら、また赤坂に馬鹿にされてしまう。



「一之瀬。またいたの?」



「は?」 

 本当に唐突過ぎて、思わず買い物籠を落としそうになった。

 真横に並んできたのは警戒色の『赤』際立つツーサイドテールの髪。


「あ、赤坂!?」

「ねえ。一之瀬ってスライム並みに弱いから、いろんなところに現れるの?」

 楽しそうな声音で口火を開く赤坂。明るい曲調なのに、どこか無機質さを感じる店内BGMが流れていく。

 どうやら、こいつの中の俺は経験値が低く、出現率が異様に高い雑魚モンスターらしい。


「生きてて本当ごめんな。でも、今回は違うぞ。あいつらに連れられてきただけだから」

 俺が仲間になりたそうな眼で言い返すと、赤坂は少しだけ表情を緩ませた。


「へえ、良かったじゃん。風晴君以外にも仲良い人ができたって事でしょ?」

「買い出しについて来ただけだって言ってんだろ」

「またまたぁ。嬉しい癖に」

 そして、今度はからかうような、悪戯心に満ちた笑みに変わる。


「つーか、赤坂達の班は何作るんだよ?」

「BBQ(バーベキュー)」

 即答する赤坂。

 確か、赤坂の班は女子が多かったと思うけど、肉食系全開でガッチリ炊事遠足を楽しむ気満々らしい――と、俺はある事に気づく。


「そういや、買い出しに来てるのって赤坂だけ?」

 周囲を見回しても赤坂以外の班員らしき人影は皆無。バーベキューなら肉やら野菜やら色々必要だと思うんだけど。


「江崎さん達はホームセンターに行ったわ。私は肉と野菜担当」

 赤坂の華奢な腕から吊るされた籠の中には、バーベキュー用の肉とか業務用ウインナーのパック詰めとかピーマン、パプリカ……その他諸々が一杯に詰め込まれていた。結構な量だ。


「担当する食材が多すぎないか?」

「江崎さん達は食器とか用意するからね。これは私が好きでやってるだけ」

 赤坂は一人で買いに来たのに対し、文句でもあるのかと言いたげな強い口調で答えた。


「そっかあ……世話好きだもんなあ。赤坂は」

 俺の胃腸虚弱体質と豆腐メンタルまで何とかしようとするくらいなのだ。本来やるべき事を率先して行うのは赤坂にとって当たり前なんだろうな。

 もしくは、赤坂の場合は逆に一人の方がやりやすいとか、そういうのもあるのかもしれない。


「それより一之瀬。あんたもう準備終わったの? 鍋とかはキャンプ場で貸してくんないよ?」

「あ……」

 確かに、うちの班は具材集めばかり躍起になって、調理器具の打ち合わせは一切していない。

 本来なら誰が何を持ってくるとか、決めておかなくてはならないのに、だ。


「おまたせ……ん? 赤坂ちゃん来てたの?」

 そこに、野菜売り場から戻ってきた竹浪さん達が合流。赤坂は順番に二人を見渡して口角を僅かに緩めた。


「竹浪さん達も買い出しだったんだね」

「うちらカレーだよ。赤坂ちゃんのとこは?」

 女子同士のよしみなのか、竹浪さんと赤坂は親しげに会話を交わしている。


「私達の班、バーベキューやるんだよね」

「いいなあ~バーベキュー! めっちゃ炊事遠足って感じする!」

 ちなみに、この二人は食堂くらいでしか話していない筈だ。

 それなのに、まるで同じ中学出身者同士みたいなフレンドリーな笑顔を飛ばし合っている。女子のコミュ力はすごいなあ。


「うちの班にも食べに来てよ。多分、私達だけじゃ肉食べきれないし」

 赤坂が籠の中の肉を見せつけると、竹浪さんはリアクション豊かに頷き返す。


「いくいく、絶対食べに来るから!」

「うん、待ってるから。じゃあ、私そろそろ行かないと……」

 赤坂は満載に食材の詰まった籠を持ち上げて重さをアピール。早く会計に行かなければというニュアンスを含んだ仕草だ。

 でも、内心はこの場から早く離れたいんだろうなあ。


「また明日ね、赤坂ちゃん」

「うん。竹浪さん達のカレーも食べさせてね」

 赤坂は俺にも手を振ると、さっさとレジへと行ってしまった。

 臨機応変なコミュニケーション能力と手際の良さに感服する。


「バーベキューいいな。俺ら、カレーだとありきたり過ぎるのかなあ」

 赤坂の背中が遠くなったところで、工藤が俺に一声掛ける。


「まあ、カレーは諌矢が言い出しっぺだし、あいつはカレー中毒だからな」

 食堂で一緒にメシ食った時も散々カレー食っていたっけ。大体あいつは――


「ねえねえ、一之瀬!」

 と、工藤と二人で諌矢トークをしていたら、袖を引っぱられた。

 振り返った先には目をキラキラさせた竹浪さん。


「赤坂ちゃんとは、いつから付き合ってるのっ!?」

 竹浪さんは隣で呆けている工藤には目もくれない。俺に真っすぐ向き直り、検察官並みの調子で追及してくる。火の玉ストレートっぷりにビビる。


「ええ……付き合ってないし」

「「あれでーッ⁉」」

 勇気を出して否定すると、工藤まで驚いて声を合わせた。

 本当に息の合う二人だと思う。


「だって、ミートボール――」

「マジで付き合ってないの⁉」

 ミートボールと言いかけた工藤を押しのけ竹浪さんが詰め寄る。シトラスっぽい匂いが鼻腔をくすぐり、恥ずかしくなった俺は距離を取る。


「いや、ミートボールの一件は別にそんなんじゃないし。俺が食いたくなっただけだし」

 我ながら苦しい言い訳だ。しかし、俺は赤坂が言っていた台詞を脳裏から掘り起こし、


「それに……『それくらいで付き合ってるなんて中学生じゃないんだし、バカじゃない?』」

 そのまんま、赤坂と同じ口調のイメージで復唱する。すごい棒読みで、声が震えていた。


「あっはは! だよねー。それくらいで、ねえ⁉」

 しかし、意外や意外。竹浪さんはすんなりと信じてくれた。

 隣の工藤は『そんな事を言いきる一之瀬って、もしや、チャラ男なのか?』とかブツブツ言っている。

 勿論そんな事はない。想像通りの非リアの童貞だから安心してね。


「それよりも! 具材買ったのはいいけど、鍋を持って来る人は決まってるの?」

 話を逸らすべく、俺はついさっき、赤坂と交わした事をそのまま口にする。赤坂の発言を使ってコピペ連投みたいな事してるけど、この際仕方ない。


「ああ。それね、大丈夫だよ」

 と、竹浪さんがテンション高めに人差し指を上げる。


「瑛璃奈の家って十和田湖とか小川原湖とか、結構キャンプ行くみたいなんだよね。だから、飯盒(はんごう)とかアウトドアの道具も一式あるし、持ってきてくれるんだって。安心した?」

「マ、マジか……」

 あの女王、パシらせたり、人の席を占領する癖に意外と面倒見が良いんだな。

 予想もしない展開に胸を撫で下ろす俺。


「へえ。一之瀬。もしかして、瑛璃奈の事見直した?」

 竹浪さんが核心を突く一言を放ち、俺は否定すべく必死で首を横に振った。

 やっぱりこの女子、俺が西崎を苦手なのを確信して聞いてる気がする。 


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