第15話

 次の日の朝。


「いい? とにかく須山よ。須山と関わるの」

 赤坂の席の横を通り過ぎた瞬間、脅迫めいた一言がひっそりと飛んでくる。

 顔は正面を向いていて、まるで俺と話をする気配は見せない。


「うおー、マジかこれ! すげえレアじゃん! 」

 席に座ろうとして列最後尾を見ると、珍しく諌矢の席に須山鉄明が来ていた。

 相変わらず身体がデカい。赤茶けた短髪は地毛らしいけど、威圧感がある。

 須山は普段は他の連中と一緒にクラスのリア充グループ筆頭、西崎瑛璃奈の席周辺に集まっている。

 今みたいに単独で諌矢の席に来ているのはレアなケース。まさに話しかける絶好のチャンスと言えるだろう。


「いけ……いけ……」

 席に座ると、赤坂の背中から何かが聞こえた。競馬場で馬券を握り締めたおじさんが言いそうな台詞だ。

 けしかけるなと目線で反抗しつつ、俺は諌矢の席へと進む。


「マジか。須山ってサッカー部なのに野球ゲームしてんの?」

「俺、本当は甲子園目指したかったんだぜ~。でも、野球ってボール小さいじゃん? ガキの頃からキャッチボールとかバットで打つのとかヘタクソでさあ」

 須山はスマホをかざして笑っている。話しぶりからすると、ゲームの話らしい。


「あーあ。甲子園目指したかったわー」

 それにしても、幅広の大きなガタイがぴょこぴょこ動いていてかなり目立つ。

 一方、諌矢は大きな欠伸をして退屈しきっていた。スリープモードに入りかけているみたい。


「おお、夏生じゃん! 来てくれて嬉しいよ」

 俺が二人の間に立つと、諌矢は即座に再起動。胡散臭いイケメンスマイルで迎える。


「いつも俺から話しかけてばっかだし、嫌われてるのかと思っちゃって、そろそろ話しかけるのやめようと思ってたんだよな。ほんと良かった」

 そう言って、机の上で手を開いて俺を迎え入れる仕草を取る。

 先ほどまでの相槌に比べて妙に饒舌な気がするのは俺だけかな? なんでそんなに嬉しがるの。


「新しい組み合わせだね」

「うんうん、新しい」

 現に、近くの席の江崎さん達が色めき立っているじゃないか。


「おろ? 一之瀬だっけか?」

 一方、目下のターゲットである須山は物珍しそうにこちらを見ている。どことなくその雰囲気は、小学校の修学旅行で行った熊牧場のヒグマっぽい。


「……うん」 

 俺は目線で須山に会釈を返し、諌矢に向き直り、ハッとした。


 何やってんだろう、ここで話しかけるべきなのに!


 しかし、一度動き始めた歯車はもう止まらない。俺が話す先にいるのは諌矢。


「なあ、諌矢。この前の試験、日本史何点だった?」

「え、俺か? 88点だけど?」

 諌矢はきょとんと答え、会話が止まる。いつものテンションじゃないので、俺は戸惑う。

 どう見ても、須山をスルーして一方的に俺が諌矢に話しかけた形。失敗した!


「マジか。風晴、おめぇ頭いいんだなっ!」

 一方、須山が思いもしない反応を示した。スルーした俺の会話に無理矢理の再介入だ。

 これには驚く。俺だったら知らん奴が話に入ってきたら地蔵になっているところだ。


「俺なんて平均点行かなかったもん! 暗記物苦手なんだよなーっ!」

 須山はリアクション芸人並みの大声で相槌を打つ。高級耳栓が無いと正直きつい音量だった。


「体育なら得意なんだけどな。まあ、期末は保健体育があるし、それで挽回してやろっかなあ!」

「えー。でも、須山。保健体育の知識あってもさ、お前が使う機会は無いだろ。ハハッ!」

「アッハッハッハ!!」

 二人の間で大笑いが巻き起こった、次の瞬間、


「――アギャアアアッ」

 須山が諌矢の頭に組み付いて万力のごとく締め上げる。


「イケメンのお前が言うと、冗談として流せねえ! このまま潰れろ!」

「分かったごめん、やめろって! ギブギブ」

 ギブアップを示すように諌矢が須山の腕を叩く。すると、須山は一層強く締め上げた。


「そういやさ。一之瀬って現代文受けてなかったよな? マジ大丈夫なん?」

 須山は諌矢の頭蓋に圧力を掛けつつ、俺に話しかけてくる。

 よりによって、ぶっ倒れた試験の日の話だ。意外とちゃんと見られていたらしい。

 思いもしないタイミングで聞かれ、返答に窮する俺。それに代わりに答えたのは諌矢だった。


「須山は試験を全部受けても追試だろ? 何教科だっけ?」

「現代文に英語に数学だろ? あと、化学だなっ!」

 諌矢の問いに、須山は左手で指折り数える。


「多すぎだろ。それなら受けないで一緒に保健室で休んでたら良かったんじゃない?」

「うるせーぞ、風晴! 潰す!」

 諌矢の頭を再び締め付ける須山。陽気過ぎる二人についていけず、俺は薄ら笑いを浮かべて二人に相槌を打つしかない。

 いつもの俺。中学時代からこんなポジションなのだ。本当に嫌になる。


「ってわけで、一之瀬! 今日の追試、一緒に頑張ろうな」

「え、ああ。おう?」

 須山は諌矢を解放し、俺の肩をばしんと叩きながら言った。

 綺麗な並びの歯を見せてニカっと笑いかけてくる。林檎も噛み砕く強靭そうな歯茎だ。

 案外いいヤツなのかもしれない。そう思っていた矢先の事だった。


「お、風晴に須山じゃん。朝から何テンション上げてんの?」

 見ると諌矢の横、教室後ろのドアから二人の男子が登校してきた。


「ん?」

 いつも須山と一緒にいる連中。その内の一人が俺に視線を向けた。

 確かこの人、バスケ部所属だっけ。須山ほどの大柄ではないが、引き締まった体つきは見るからに物理攻撃力が高そうで、前髪を立てた見た目とかもう、目を逸らしたくなるくらい怖い。


「どうかしたの? ん、一之瀬?」

 更に、もう一人も気づく。須山達に向けるのとは違って、明らかに部外者扱いの目線だ。


「ああ。夏生――一之瀬の話してたんだよ。こいつ、この前のテスト中に倒れたじゃん?」

 諌矢は一瞬俺を見た後、すかさずフォローに入る。ありがたい。


「あー、そうだったっけ。で、お前大丈夫なの?」

 それを聞いたバスケ部男子は俺に問いかける。朝早くてテンションが上がらないのか、ドスが効いた低い声。一応、心配してくれているらしい。

 それでも、初めて話す相手にいきなりの『お前呼ばわり』はハードルが高すぎるよ。

 もうやだ。逃げたい。しかし、背後から突き刺さる赤坂の視線が、そうさせてくれない。

 退いたものを撃ち殺す勢いの眼光。あいつは督戦隊か何かか?


「あ、まあ大丈夫。一応、追試も受けられるし」

「ふーん」

 かろうじて絞り出した一言。それを聞いて二人は興味無さそうに去っていった。

 赤坂の言う通りやってみた。やってみたけど……


「めちゃくちゃ腹が痛くなるな。これ」

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