2章 この世界
Chapter 1 これから
ハイド村を出発して数時間。日も暮れ、野宿することとなった一行は、各々分担して夕飯の用意をしていた。火をおこし、燃料の枝を集め、食材を集め……。その時、事件は起きた――
「ち、ちべたい……です……の……」
首から下が氷漬けになっているガーネットがそこにいた。その氷のオブジェクトの前には、一つの鍋が置かれていた。そう、粘性に富み、悪臭を放つ紫色の液体?が入った鍋が。
「な、ん、で、お前が料理してんの?」
「今日こそうまくいくと思いまして……」
片手に釣り竿を持ちながら、ガーネットを睨みつけるスピナー。
その横で正座をして謝り続ける者がいた。そう、アルマである。
「ホントにすいません……」
集めた食材全てをガーネットに手渡したのはアルマだった。まさかこんなことになるとは。
「いや、アルマはいい。知らなかったから仕方ない。これを機に覚えてくれ。こいつに飯を作らせると毒物を作りだす、と」
「毒物!? それあまりに酷すぎませんこと!?」
「前、ガーネットの手料理をジャイアントタイガーに食わせたら即死したな」
「ボクは食べ物を食べるのが好きなんだ。でもそれを食べるのは死んでも嫌だ」
言いたい放題のディーアとライム。
「諦めろ。お前の味方はいない」
トドメの一撃。意気消沈したガーネットをよそに、スピナーは6匹の魚を取り出した。
「今夜の飯はさっき釣ってきたこの魚だけだ。俺が遅れて来たおかげで、この尊い魚が廃棄処分にならずに済んだ」
「僕がその魚料理するよ。いや料理させてくださいお願いします」
知らなかったとはいえ、ガーネットの悪行?に加担したのは事実。これくらいはしなければ。日本にいた時、家での料理担当は昔から自分だったため料理には慣れている。片手が使えなくても何とかなるだろう。
アルマは魚を受け取ると、慣れた手つきで次々捌き、内臓を取り出し、串に刺し、焚火の炎で炙った。異世界とはいえ、魚のおおよその構造が一緒だったのは助かった。
「熟れているな」
「よく料理してたからね」
「みんなお魚持って集合。今後の予定話すよ」
魚が焼けた頃、プラム先生が全員に呼びかけた。囲むように座る5人。
「このまま歩けば、明後日の朝にはオックスの町に着く。まずそこで旅の準備をするよ」「オックスの町?」
「ここから北に行った所。この辺だと一番大きい町だ。俺達は何回か行ったことある」
話を続けるプラム。
「で、そこから西にずっと行くとアリウィン城下町に着く。とりあえずそこが最初の目的地」
「アリウィン?」
「魔法の国だっけ? 確かそー呼ばれてる国だ」
「一応ここもアリウィン王国の領土ですわよ。本当に一応ですけど」
含みのある言い方に引っかかるアルマ。プラムはそれに気づいていた。
「重要なのはここから。アリウィン王国に着くまでに、アルマに色々教えてあげて。これがみんなの課題」
「色々?」
「うん、色々。地理、歴史、宗教、生物、魔法、戦術、剣技……。アルマ、指輪の勇者はこことは別の世界の人間。だから、ここの常識を何一つ知らないんだ。何も知らないと王国で恥かくかもしれないし、何より、知識は優秀な武器だよ」
確かにアルマは何も知らない。多分その辺の子供の方が物を知っている。先ほどのやり取りを見ても明らかだ。
「プラム先生が教えればいいんじゃねーの?」
「私も教える。けど、みんなに頑張ってほしい。『人に教える』ってものすごく自分のためになるから」
アルマの方を真っすぐ見るプラム。
「それでいいかな、アルマ?」
断る理由はなかった。アルマは首を縦に強く振った。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
その言葉が響くと同時に、スピナーがアルマの目の前に四角い何かを叩きつけた。それは本。そう、本ではある。ただし、縦横よりも厚さの方が長く、見るだけで読む気の失せるような本であった。
「ナニコレ」
「アリウィン魔法学校出版魔法大全改訂第11版」
「???」
「俺が教えられるのは魔法だけだ。まずそれ全部憶えてきてくれ」
いとも容易く出される極悪非道な指示。広辞苑5冊くらいを束ねたような鈍器本を全て憶えてこい。スピナーは何を言っているのだろうか。
アルマは助けを訴えようと、ディーアやガーネットに目線を移す。その二人はため息をついていた。
「うわ出た。スピナーの読め読めハラスメント。通称読めハラ」
「それ、修道院で魔法を教えてと迫られたときに、断るためのセリフですわよね?」
真面目な顔で記憶を辿るスピナー。
「……いや、断ったことはないと思うが……」
「本気で言ってますの!? こんなの全部憶えている人なんて――」
「俺」
言い切る前に言いやがった自分宣言。スピナーの恐ろしさが見えた気がした。
「安心しろ。見た目より中身はスカスカだ。それよりアルマ。お前、字読めるか?」
アルマは本の表紙に目を落とした。『魔法大全改訂第11版』。確かにそう読めた。シトリーがかけた翻訳魔法は識字もしてくれるようだ。適当にページを開くアルマ。言っていた通り、字がびっしりという訳でなく、適度な空白があったり、図解が載せられていたりと、開く前に感じていた凶悪さはなかった。それでも異常な厚さだが。
「うん、読めるっぽい」
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