Chapter 14  VSグリムフォード3rd

「ディーア!」


 呼びかけるが、返事は帰ってこない。そもそも届いているかも、生きているかも不明だ。

 固唾を飲むスピナー。その首筋には冷や汗が走っていた。

 おもむろに振り返り、二人に標的を定めるグリムフォード。


「すぐに後を追わせてやる」


 再度大気を揺らし、輝き始めるグリムフォード。その時、


土創造グランドクリエイション・ドーム」


 スピナーが指を鳴らした。地面から生える土壁。グリムフォードを全方位から囲み、完全に中に閉じ込めた。

 次々起きる衝撃的な出来事に、絶句するアルマにスピナーが声をかける。


「ただの時間稼ぎだ。それより、お前まだ戦えるか?」


 ぎこちなく首を縦に振るアルマ。


「ギ、ギリギリなんとか」

「そうか。俺はまだ行けるが、左腕が使えん。血は止まったが、さっきから全く動かせない」


 その左腕は力なく垂れ下がっていた。しかし武術のような構えをとる右腕と鋭い視線が、彼の戦意を示していた。

 目を瞑るスピナー。束の間の後、覚悟を決めた顔つきでゆっくりと目を見開いた。


「無茶なのは理解した上で頼む。あの山羊野郎に一瞬の隙を作ってくれ。あとは俺が何とかする」

「何とかって……」

「あのふざけた技を無力化する方法がある」


 爆音と共に粉々になる土壁。蹴って爆破したグリムフォード。その身体は輝くチョッキに覆われていた。

 

「無駄な小細工を。青髪、次はキサマを消してやる」


 スピナーをロックオンしたグリムフォード。


「チッ。狙いは俺か!」


 巻き込むまいと、素早くアルマから距離を取る。その最中、振り返ってスピナーは洩らした。


「不確かで無責任だからこういう言葉は嫌いなんだが……。信じている」


 グリムフォードは大地を踏み砕く勢いで駆けだした。一瞬でスピナーの眼前に迫る。


「死に晒せ、ムシケラが!」


 振り下ろされる拳。しかし、スピナーが唯一使える手は全く違う方向を向いていた。


「"ウィンド"」


 虚無に放たれた風魔法。その風圧はスピナーの高速回避を可能にした。引き起こされた爆発をよそに、さらに"ウィンド"で距離を取った。


「"メガサンダー"!」


 投げる様に放たれる雷撃。その一撃は顔面に直撃したと同時に爆発した。右腕で煙を掃うグリムフォード。顔、下半身、右腕の光は失われており、輝いているのは左腕と胴だけだった。


「当たり前だが、衝撃を受けたところから爆破して剝がれるのか」

「だからどうした?」


 再び全身が光り出すグリムフォード。


「また纏えばいいだけだ」

 

 相対する二人。一方、アルマは頭を抱えていた。魔法を纏っている最中の小細工は全て吹き飛ばされるだろう。今分かっている隙はグリムフォードの纏っている魔法が剥がれた時。爆破の瞬間や展開する時には動きが止まっているのだ。しかし、回避するのに手一杯のスピナーにその隙を突く余裕はない。そもそも爆破の硬直を狙える距離は間違いなく爆破範囲だ。おまけに魔法の再展開をしない選択肢もある。

 つまり『自分が』あいつを『爆破させた』瞬間、さらに動きを止める『何か』をしなくてはならない。アルマの結論はこうだった。

 それができれば苦労はない。その気持ちで一杯だった。

 その時、自身のポケットに入っている熱源に気づいた。取り出すアルマ。それは通常とは大きく異なる形をした、アルマがよく知るものだった。


「目には目を、歯には歯を。爆破には爆破を……」


 脳裏に閃くアルマ。その顔は覚悟を秘めていた。

 グリムフォードと対峙するスピナー。嵐のような猛撃を"ウィンド"を上手く使って回避していた。しかし攻撃に転じる事ができず、ジリ貧に陥っていた。

 その時、死角からの火球がグリムフォードの頭部に直撃した。起爆する頭部。爆煙を上げながら振り向き、恐ろしい眼光でアルマを睨んだ。


「ゴミの分際で、我の邪魔をするか。先にキサマから消してやろう」

「アルマ!」


 左手を前に構えて魔法を唱えるアルマ。目の前に作り上げたのは、いくつもの尖った氷柱が連なった巨大な氷塊の盾だった。


「その盾で防ぐつもりか。ナメられたものだな!」


 嘲笑うグリムフォード。その身体は既に突撃の構えをとっていた。


「よせ! その程度じゃ木っ端微塵になるぞ!」


 制止するスピナー。しかし、アルマの瞳に迷いは見られなかった。


「僕のこと、信じているんだろ? 任せて、必ず君に繋げる」

「死ね、羯弾撃ゴート・ヘル


 暴走車のような猛突撃。アルマの目はその動きを真っすぐ捉えていた。直撃の瞬間、アルマは盾から距離を取った。

 氷塊にめり込む衝突。重々しい響き。焼けつくような強風。耳に突き刺さる轟音。立ち込める黒煙から飛び散る無数の氷片。

 その中心から投げ出されたが、地面を転がる身体をすぐに起こすアルマ。彼の手には例の異物が握られていた。


「"サンダー"!」


 帯電し、ぷすぷすと細い煙を上げ始める異物。それを握りしめる手を、後ろに引いて振りかぶる。


「後は頼むぞ、スピナー!」


 一直線に放り投げる。その物体はグリムフォードの眼前で炸裂した。

 宙を駆けたそれは、パンパンに膨れ上がったスマホだった。スマホに内蔵されているバッテリーは熱に弱い。高温に晒されたスマホが発火や爆発する事件が度々ニュースになっていたことをアルマは覚えていた。そして、アルマのスマホは先ほど受けた"メガファイア"の熱にあてられ、いつ破裂してもおかしくない状況となっていた。"サンダー"というキッカケが与えられたスマホは、もはや爆弾と同義だった。

 引き起こされた爆発は小規模。グリムフォードを打ち上げ花火とするなら、スマホ爆弾は線香花火のようなもの。しかし、威力に反してダメージは甚大だった。いくつもの破片がグリムフォードに刺さり、直撃した左目を機能停止にまで追い込んだ。


「魔法じゃなく、科学の『"デトネイト"』の味はどうだ?」


 予想外のダメージに、目を抑えうろたえるグリムフォード。我に帰った時には、既にスピナーの掌がその腹筋に触れていた――


封魔セラード


 反射的に空いている右手でスピナーを振り払うが、そんな雑な攻撃に当たるスピナーではない。払った腕に力を込めるグリムフォード。しかし、その腕が光り出すことはなかった。


封魔セラード。資料が少ないせいで、密着しないと使えない魔法になってしまったが、効果は折り紙付きだ。1時間は魔法を封印できる。いくら魔法が効きづらいお前でも10分程度は使えないはずだ」

「ほざけ! 魔法が使えぬ程度で止まるこのグリムフォードではないわ!」


 猛り散らかし、拳を叩きつける。それを最小限の動きで回避するスピナー。振り下ろされた腕を足場にして、顔面に鋭い回し蹴りを叩き込む。たじろぐグリムフォード。すかさずスピナーはその顎を蹴り上げ、流れるように強烈な後ろ蹴りを胸に叩き込んだ。

 吹き飛んだグリムフォードは、胸を押さえ膝をつく。


「キサマ、ただの魔法使いではないな」

「ただの、の意味が分からん。喧嘩が強いのがそんなに特別か?」

「ムシケラの中でも特に貧弱な魔法使いの打撃なぞ、我に効くはずがない」


 真顔で自身の優位性を語るグリムフォード。それを聞いたスピナーはため息をついた。


「お前が弱くなったんだよ。さっきの全身"デトネイト"で俺を仕留められていない時点で気づけ」

「何?」

「お前、自分が自覚している以上に"ギガファイア"のダメージが残ってんだよ」


 俄かに嘲笑うスピナー。


磨羯まかつ族だったか? 魔法に強い種族が魔法で乙るなんて、笑い話もいいところだ」


 怒髪天を衝く勢いで襲い掛かるグリムフォード。スピナーはそれに対し、戦いの構えを解いた。


「ムシケラの分際で我を愚弄するか!」

「敵を知り己を知れば百戦危うからず、だったか。敵も己も見失ったお前の負けだ」

「ほざけ!」


 その瞬間、鮮血が飛び散った。

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