Chapter 12  VSグリムフォード2nd

 身体の感覚がない。意識が朦朧とする。その擦れた視界に微かに映る大敵。ただ地面に打ち捨てられたその身体では、目を開けることすら困難だった。


 端の二人を包む黒煙が晴れる。滴る鮮血。現れたのは気を失って伸びているディーア、そして左肩に剣が刺さったスピナーだった。


「クッソ、しっかり得物握ってろこの馬鹿……」


 力づくで剣を引き抜くと、すぐに傷口を"ブリザード"で凍らせて塞いだ。そのスピナーが万事休すのアルマに気付くのに時間はいらなかった。


「っ!」

 

 すぐに傍に寄ろうとするスピナー。しかし、肩を抑えて悶えてしまう。傷の痛みがそれを許さないのだ。


「まだご存命でしたか。お身体が丈夫で助かります。何度でも虐めたいですからね」

「逃げろ、アルマ!」


 挑発を他所に声を張り上げるスピナー。しかしアルマのその身体はピクリとも動く様子がなかった。


「ムシケラの叫びはいつ聞いても素敵ですね。しかしいつまでも叫び続けさせるのは忍びない。早急にトドメを刺して差し上げましょう」


 魔力を込めようとするグリムフォード。しかし、それはすぐに中止された。


「……ふむ、この香りは……?」


 彼を止めたのは、辺りに漂う甘い香り。その匂いはアルマから流れ出ていた。

 その時、アルマの指が動いた。手をつき、膝をつき、四つん這いに。ゆっくりと震えながらも確実に。


「アルマ!」


 そしてついに手を地面から離す。膝も地面から離れ、足の裏をしっかり地面につける。前かがみで膝の上に手を置きながらも、ようやく立ち上がった。

 パサッ。アルマの懐から何かが落ちる。アルマはその閉じていた眼を開いて確認する。それは燃え尽きようとしているブリンナの花だった。あの女の人から貰った花だ。辺りに漂う香りはこの燃えゆく花から放出されていた。


「ブリンナの花でしたか。加工次第でアロマにも使用可能な代物故に、この香りは納得です。しかし運が悪い。そのような物をお持ちでなければ、目覚めず楽にご逝去なされたものを」

「……いや僕は運が良すぎるよ。あの人が僕を呼び戻してくれた。スピナーが僕を立たせてくれた」


 深呼吸し、ついに直立するアルマ。


「ディーアが僕を助けて、村や修道院のみんなが僕を生かしてくれた!」


 構えた右手に火球が現れる。その炎は今までで最も大きく、最も勢いがよく、最も輝いていた。


「みんなに報いるために、僕は負けられないんだ!!」


 放たれる全力の"メガファイア"。真っすぐ確実に敵を捉えていた。


「"メガファイア"。その修得速度は非才と認めざるを得ません。ですが――」


 迫る猛炎に冷静な態度を見せるグリムフォード。構えた両手が生みだしたのは、アルマの"メガファイア"を優に超える極大の火球だった。その直径は、人間とは比にならない大きさのグリムフォードと同等だった。

 それを見たスピナーは目を丸くする。


「まさか、"ギガファイア"!?」

「冥土のお土産としてお納めください。弱者がいくら足掻いても強者には勝てません。そもそも強者は弱者と同じステージにいないのですから。"ギガファイア"!」


 熱風を伴って飛翔する巨大火球。アルマが放った"メガファイア"は、さざ波が津波に搔き消されるが如く、あっさり飲み込まれてしまった。大きさ故に速度は緩やか、しかし着実にアルマに迫っていた。


「"ファイア"最上位魔法の"ギガファイア"だ! 避けろ、アルマ!」

「避けても構いませんよ。後ろに見える建物に当たっても宜しいのなら、ですがね」


 ハッとするスピナー。遠方だがアルマの後方面に建っているのはワーテルストフ修道院なのだ。アルマが避けたら、いやアルマが避けなくても、アルマごと"ギガファイア"は道中の全てを焼きつくし、修道院に到達する。今、修道院には村人全員がいるのだ。これが到達したら全滅は免れない。


「汚ぇぞ」

「失礼ですね、偶々ですよ。それに、お伝えしたではありませんか。『運が悪い』と」


 グリムフォードはほくそ笑む。

 迫る"ギガファイア"。アルマは一歩も動こうとはしない。ただ両手を挙げるだけだった。


「降参ですか? そのような無意味なことをなさるなら、お逃げになったらどうですか?」

「最初から逃げるつもりなんかない」


 掲げた両手に力を込める。頭上に生まれたのは、迫りくる猛炎に匹敵する巨大な火球だった。


「何!?」

「"ギガファイア"!!」

 掲げた腕を思い切り振り下ろすと、動き出す大火球。グリムフォード、アルマ。二人の"ギガファイア"が衝突した。

 拮抗し合う互いの魔法。その競り合いが生み出す熱波は、離れた位置にいるスピナーを吹き飛ばしかけ、止血している左肩の氷を溶かす程だった。更に強固な氷魔法で止血しなおすスピナー。アルマの援護をする余裕はない。


「私と炎の魔法で張り合いますか」

「……張り合ってないよ。僕の覚悟の強さは、お前の遥か上のステージにいる!」


 左手のみで"ギガファイア"を押しあっていたアルマ。逸らした右腕で作り上げたのは、二発目の"ギガファイア"だった。


「!?」

「燃え尽きろ、グリムフォード!!」


 発射される二発目。一発目と接触するとすぐさま同化した。その大きさは元の倍、グリムフォードすら見上げる大きさであった。巨大化した"ギガファイア"にグリムフォードの魔法は呆気なく飲み込まれた。

 両腕で力づくで受け止めようとするグリムフォード。しかし、いくら強靭な肉体を持ってしても止まるような代物ではなかった。


「ウォオォォォォォォ!!!!!!」


 断末魔を残して、その身体は業火の中に消えていった。着弾点に吹きあがる火柱は天すら貫く。それは炎の間欠泉、噴火と見紛う勢いだった。

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