【KAC20245】私はまるでティーカップの底に残る、溶けきらない砂糖のようで

尾岡れき

七瀬向日葵 / Himawari Nanase


 私達、四人。

 そのなかで、私を言い表すのなら。

 ティーカップのなかで、紅茶に溶けず沈殿した砂糖。

 じゃりじゃり、気色ワルい感触が口に残る。

 それが、きっと私だ。





■■■





「絶対に、はなさないでよ?」

「……むしろ、はなすわけねぇだろ?」

 ボソリボソリと呟く声が聞こえた。


(……話さないで?)


 如月さんと睦月君がそう囁き合っていた。最近、ナイショ話をしているかと思えば、二人肩を寄せ合っている。


 文月君は、いつもの光景と言わんばかりに本に目を落としながら、ふんわりと笑みを浮かべながら、二人を見守っていた。


 私たち四人の関係は歪だ――。

 私は県外の高校に、あえて進学をした。


 理由は地元あっちに馴染めなかったから。

 登校はした。登校だけはし続けた。


 でも、ただ登校していただけだ。存在を肯定してもらえたとは、とても思えなかったから。そして、場所は変わっても。人の営みは変わらない。こっちに来ても、それぞれコミュニティーは既にできあがっていた。そんな時に出会ったのが――。



 ――お前、知らない顔だな? こっちの人間ヤツじゃねぇだろ?


 踏み込むように、声をかけてくれたのは、神里睦月君。あの時の私は目をパチクリさせるしかなかった。金髪、三白眼と言えば良いのか。彼から鋭い視線を感じたんだ。左耳には、三日月を象ったピアス。私は、そんな睦月君を見て、つい目を丸くした。


 不思議と、怖いとは思わなかった。

 むしろ優しい目をしていると思ってしまったのは、どうしてか。


 きっと人に声をかけられたのは、久しぶりだったから。嬉しくなってしまい、つい唇が綻んでしまった。


 ――睦月を怖がらないって、肝が座っている子だね。


 そう言ったのは、神里如月さん。茶髪で、制服のリボンタイも緩く結んでいる。それなのに、ダラしないと思わせない。そんな、不思議な子だった。


 ――確かに面白い子じゃん。


 ニッと、笑ったのは神里文月君。読書好きのメガネ青年。睦月君と如月さんとは、まるで真逆の容姿につい目を奪われた。アンバランスな三人だった。後で知るが、この学校は【神里】姓が、7割を占める。


 神里君、と呼べばクラスの大半が振り返るのだ。

 だから、必然的に、睦月君と呼ばないと反応してもらえない。


 ――向日葵ひまわり

 ――ひまちゃん?

 ――七瀬さん。


 三者三様に、私は名前を呼ばれて。聞くだけで、胸に熱が灯る。思い出しただけで、恥ずかしくて、頬が紅潮するけれど。


 ――ひまちゃん、可愛い。


 如月さんは、そう微笑む。

 この1年、楽しかったって思う。


 はじめて、本当の意味での友達ができたって思ったんだ。思い返せば、両手の指じゃとても足りないくらい、想い出が溢れる。


 文月君が主催で、勉強会をした。

 大ブーイングの睦月君と如月さん。でも結果、赤点を見事に回避して。お礼に、スイーツバイキングを要求するのだから、人間って分からない。


 想い出なら睦月君が一番、多い。ことある毎に、私に声をかけて――笑顔を溢す。ずるいなぁ、その顔。みんなに、あんまり見せないで欲しいと思ってしまう。


 そして、如月さん。女の子でしか話せないことを、気軽に言い合うことができた。


『一緒に、バレンタインチョコを贈らない?』


 如月さんに、そう誘われて。


 私の家で、チョコを作った。目を閉じれば、睦月君の顔が浮かんでしまう。文月君には悪いけれど、少しだけ豪華にしてみた。


 バレンタインデー当日。

 ドキドキした鼓動がバレないか。胸を押さえても、心音が緩やかになるわけないのに。


『……ありがとう』


 受け取った睦月君は、言葉少なく――そして、如月さんを見る。


 あぁ。

 分かってしまったんだ。


 睦月君が、誰を見ているのかを。

 文月君は、如月さんを見る。


 それぞれの感情が、交錯する瞬間を垣間見た気がした。


 私は、お邪魔虫なんじゃないか。この時の感情を思い出したら、思考が止まらなくなって――。


「ひまちゃん、ごめん!」

「へ?」


 なぜか、如月さんが、私に向けて手を合わせてきた。


「今日、用事があって。一緒に帰れないの! 本当にごめん!」

「え……。別に私は、大丈夫だけれど――」


「おいっ。とっとと行くぞ、如月きさ

「はぁ? 睦月むっつのお願いでしょ!」

睦月むっつって、呼ぶなって!」


 そう言いながら、二人は肩を寄せ合い、教室を出て行った。

 呆然と、二人を見やる。

 教室は、待ちわびた放課後。クラスメートの喧噪が響き渡るのに。


 まるで、無声映画サイレント・ムービーのようで。

 やけに、一人ぼっちを実感した。






■■■





 どうやって、歩いてきたのか分からない。

 足取りがおぼつかない。フラフラする。


 胸がズキズキ痛い。

 どうして――。


 理由は分かっている。

 幼馴染、三人の関係性――そこに、私が土足で踏み込んでしまったんだ。


(どうして、もっと早く気付かなかったんだろう――)


 如月さんが、あげたかった本命は、睦月君なんだ。

 私は、そんなことにも気付かず。


 如月さんの優しさに、甘えてしまって。

 何も見えていなかったんだ。


「七瀬?」


 聞き覚えのある声に、耳を疑ってしまう。


(うそ?)


 バットを持ち野球部のユニフォームを着た一団。その最後尾が、振り向いて――確かに、私を見ていた。


 先に行ってろ。すぐに追いつくから、そう言うのが聞こえる。


 ズキズキ、頭が痛い。


 行かなきゃ。

 帰らなきゃ。


 そう思うのに。

 それなのに。


 ぐいっ、と手首を掴まれたかと思えば――路地裏に引き込まれた。


「やっぱり、七瀬じゃん」

「く、玖田君……」


 必死に藻搔くが、彼の腕力の方が上だった。


「県外遠征とか、だるっ……って思っていたけど。これ、収穫じゃん」


「あ……ぁ……」


「こっちに来てたのかよ。寂しかったんだぜ? ストレス解消のお友達がいなくなったら、さ?」

「と、友達なんかじゃ――」


「久々に遊び〜ましょう? ってな。呼吸止まったら負けよ、ゲームとかどうよ?」


 グイッと、首を掴まれ――圧を感じる。い、息ができな――。

 玖田君が楽しそうに、笑む。


「負けたら、俺の性欲解消に付き合ってよ? お前でムラムラできるか、どうか分からないけどさ。どうせ、時間まだあるし」

「あ――」


 喉の奥が軋む。息が、できな――。


「む、つ、く、ん……」


 目の前が真っ白になって。

 そして、ブラックアウトする瞬間だった。







「おい? 俺のヒマに何をしてくれるワケ?」

「へ?」


 睦月君の声が凜と響いた後、玖田君の狼狽した声が響く。


 これは夢だ。

 なんて、幸せな夢なんだろう。


 そうだ、夢は夢のなかでだけ、見るべきだったんだ。

 やっと分かった。


 紅茶の底に沈んだ、溶けない砂糖。

 いつまでも溶けない。


 どうやっても、交わらない。


 砂糖のじゃりじゃりとした感触だけが、口の中に残る。

 夢は、夢の中でだけ夢見るようにするから。

 もう少しだけで良いから――。



















 お願い、睦月君の夢を見させて。







【つづく】

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