吠える犬と裸の夏

斗掻ケイ

第1話 序章

 ウィリアム・ドネリーと再開したのは、70年代終わりのある日のこと。ヤーグ洋南方半島での戦争が終結し、人と魔族の間にしばしの平穏が訪れた頃のこと。冬の息吹が聞こえてくる、秋の終わりのことだった。

 東海岸から吹き付ける冷たい風が街路樹の真っ赤に染まった木の葉を散らし、降り積もった落ち葉に霜の白が重なり合う。それを踏みながら、僕たちはレベニュー・ストリート・ガーデンで肩を並べて歩き、たわいの無い会話とそれに続く沈黙の、取り立てて親しくもなかった相手との再開がもたらす一抹の気まずさの中にいた。

 ウィリアムの見た目は以前よりずっとさっぱりしていた。髪は短く、髭も刈りそろえている。汚れやほつれ一つない清潔なコートに身を包んだ彼は如何にも街の名士といった風体で、とてもではないが以前の自然人であった頃の彼とは思えない。そうと言われなければ彼だとは気がつかなかっただろう。

 ウィリアムがタバコを取り出すのを見て僕は一瞬、顔を顰める。そんな僕に彼は笑いながら肩をすくめた。

 「葉っぱだと思ったか?」

 「君ならね」

 そう笑いながら僕は落ち葉を蹴り上げる。

 「街中でキメたりはしないさ、もうガキじゃ無いんだ」

僕たちは川沿いの手すりにもたれかかり、川のせせらぎの中で足を止める。ウィリアムは大きく息を吐き、煙が街灯に照らされとぐろを巻く。

 「もう吸わないのかい?」

 そう問いかける。

 「ときどきは吸うさ」

 彼は吸殻を川に放り投げる。

 「タバコほど身体に悪くも無いしな」

 「戯言だよ」

 「そうかもな、聖典や自由と同じくらいには」

 僕は苦笑いを浮かべ、対岸の街に目をやる。

 帳の降りる夕闇を背景に、建物に灯る明かりが川を舐める。その暖かさが、歯と歯の間から吐き出される白い息を余計に冷たく感じさせた。

 僕たちはしばし沈黙し、お互いの存在を忘れたようにして過ごしていた。

 彼が何を口にしようと、後の展開は予想がつく。アパートに戻り、ウィスキーとサンドイッチを腹に入れ、明日の原稿に取り掛かる。なんのことはない、いつものルーチンに戻るだけのこと。

 なんのことはない。過ぎ去りし日を懐かしくさせる日常の一幕に過ぎない。

 だから彼がリリーの名を出した時、自分が思った以上に揺さぶられたことに、僕は戸惑いを隠せなかった。

 「リリー?」

 「そうだよリリーだ」

 こちらを見つめる彼の目は至極冷静で、その内に如何なる感情も読み取れない。

 「彼女がどうかしたのか?」

 「いや、あんたに教えておこうと思ってな」

 「そのために来たんだ」そう言い彼はもう一本、タバコに火をつける。

 「聞かないのか?」

 ただ淡々と懺悔を聞く神父のように、穏やかな声だった。

 黙って促す僕に、彼はただ「イートン・アベニュー、サンクチュアリ」と言う。

 「そこに彼女が?」

 彼は肯定も否定もせず、ただ静かに何も言わず僕を見つめる。

 「もう僕には関係のないことだ」

 そう被りを振る。

 「もう君たちの仲間でもないし、コミューンとも関係はない」

 「もう全て終わったことだ」そんな呟きは沈黙の内にかき消され、言葉にならず霧散する。そんな平静を装う僕に、彼はそっけなく「そうかい」と言い、手すりから手を離してポケットの中から薄葉紙を取り出した。

 「別に過去がどうこうって話じゃない、単に記者としてお前にようがあるらしい」

 そう手を突き出し、突っつける。顔が赤らむのを感じながら、ウィリアムの目を見つめた。

 彼は薄く笑いを浮かべ「彼女、お前さんをご指名だよ」と言った。


後書き

元々はnoteの方に上げていたChatGPTとの共作用の短編だったのですが、書いているうちに普通の小説に仕上げたい気持ちが募り、こちらにあげることにしました。

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