私はトモリのことが好きになった
区隅 憲(クズミケン)
私はトモリのことが好きになった
アニメを見た。トモリのことが好きになった。こんな小説の体も成してない文章を投稿していいのかわからないけど、こんな歳の食ったおじさんがアニメの高校生の少女を好きになるなんて気持ち悪いけど、本当にこの気持ちが抑えきれなくて、ただ吐き出したくなった。綴らなければいけない衝動に駆られて、ただそれだけのために、自分だけのために書き喚いた。
これはただの恋文だ。
私がこの作品を見たきっかけは、アニメのレビュー動画で高く評価されていたからだ。ただ、それだけのことだった。私は創作活動で小説を書いており、いいネタをインプットして自分の作品をもっと面白くしたかったから視聴した。感動したいとか、泣きたいとか、そういうものが欲しかったわけじゃない。ただ自分が面白くなりたいから、他人に評価される作品を書きたいから、見始めた。
私は、色んな作品に触れてきた。ちゃんと自分が面白い小説を書けるようになりたいからと、ただ良質なアイデアを蓄積しようとした。私にとって『良い作品だ』と思うものはたくさんあった。世間で『名作』と呼ばれるものを見れば、確かに私も『上手くできた作品だ』って感じられた。そういうものをたくさん模倣して、ひたすら積み上げていけば、きっと私も他人から『名作』だと呼ばれるような作品を作れると信じていた。
けど、私が本気で『好き』になれたと言える作品はなかった。私の心は確かに揺れたけど、揺るがすほどのものはなかった。いつもいつも私とコンテンツの間には隔たりがあって、『面白い』・『いいね』ってレッテルや点数をつけて、それで満足なんだって思ってた。
けど、欠けていた。私が本当に欲しかったものって、本当にこんなものだったんだろうか? って、心の裏で、どこか冷めきってしまった自分がいた。作品を見ることは、ただ私の小説を磨くための道具であって、ただ人が感動するメカニズムを分析することだけに腐心していた。けれど私が創作をしてる理由って、本当に他人から称賛されたいからこんなにも必死になっているのかって、ずっと心の奥底でひっかかっていた。
だから私はいつも小説を書く時は、必死で他人を説得することばかり考えて、でもそれがだんだん苦しくなった。躓いて、止めたくて、それでも私には小説を書くことでしか自分の人生を肯定できないんだって必死に言い聞かせて、だから、書き続けた。私がいま小説を書いているのは、自分のため? 他人のため? いつも疑問が振り子時計みたいに揺れて止まらなかった。
けど、私がアニメを見終わった時、本当に私がやりたかったことって何なのかって、気づけたような気がして、でもそうでないような気もして、そんな曖昧な気持ちを抱いてしまった。主人公のトモリはいつも迷っていて、他人とどうやって関わったらいいかも全然わからなくて。けど凄く、自分の気持ちを誰かに伝えたいって想いを、本当に素直すぎるくらい強く抱いていた。だから、私も好きになったんだと思う。私はアニメの中で、トモリの姿に自分を投影していた。
トモリは、本当に真っすぐな女の子だった。いつもいつも他人と仲良くなりたい気持ちを抱えているのだけど、そのまま正直に自分の気持ちを伝えると、周りの人からドン引きされてしまうから、上手く自己主張することもできない。自分が好きなものも、普通の人が決して好きになるようなものじゃないし、語る言葉も自制できなくて、受け止めてくれる人もいない。だから人が好きなのに孤独をいつも抱えていて、他人とズレているから、周りと合わせることに必死になっている。それでも、抱え続けた本音が堪えきれなくなって、だから、トモリは詩を書いて、歌を歌った。それが彼女にとっての、唯一の自己表現の手段だったから。
とりとめもなくて、他人が見ても理解されなくて、それでも溢れるほど感情が止められないから、ずっと詩を書いて、歌を歌いたいって願っていた。少しずつ、理解してくれる人が自分の傍にも現れてくれて、だからその人が好きになりすぎて、おかしな行動ばっかりとって、喧嘩にもなって。それでも、詩や歌を、自分ができる精一杯の自己表現を伝え続けたから、最後にはお互いがちゃんと好きになれあえた。
トモリは、自分の気持ちを誰かに理解してほしくて、けど素直に気持ちを表すことでしかコミュニケーションができないから、ずっとずっと『人間になりたい』って悩んでた。周りのクラスメイトたちは普通にお喋りして仲良くなっているのに、自分だけは何故かできなかった。きっとそれが当たり前なはずなのに、自分だけが歯車が狂ったようにすれ違った。私にとってトモリは、写し鏡だった。
私はずっと、他人を憎み続けていた。何故私のことを理解してくれないのかって、ずっと空気に向かって怒鳴り続けていた。だけど、大人になるにつれ、嫌が応にも他人に合わせなくちゃいけなくなって、自分の感情を叫び散らしても誰も聞いてなんかくれないから、次第に私は『人間』に擬態した。上手くできてるかどうかなんて、今でもわからない。きっと知らないうちにボロが出てるし、きっと色んな人間からも嫌われている。それでも私は自分の気持ちを理解してほしかった。けれどそのまま感情を剥き出しにしても、気味悪がられるだけで『人間』扱いなんてされなかった。だから私は、次第に自分の気持ちのほうを歪めていった。
私は、大勢の他人に認められたくて創作をはじめた。称賛されたくて、自分が存在価値のある人間だって知らしめたくて、だから周りの空気を必死に読み漁って、他人が好きになれそうな要素を、無意識のうちに小説の中に落とし込んでいた。でも、欠けていた。他人がどう反応してくれるかって考えばかりが、いつも脳裡に砂嵐みたいに掠め続けて、自分が本当に吐き出したい本音なんて、気遣ってあげられる余裕なんてなかった。だから、欠けていた。私は大人のフリをした子供だった。素直で醜いありのままの姿を、誰かに受け止めてほしいって、頭の中で泣き喚いていた。けどもう嘘をつきすぎた自分の本心は、ノイズまみれになっていて、だから今書き表している文章さえ、本当に自分の気持ちを伝えてあげられているのかどうかもわからない。下手くそな嘘と擬態に慣れ切って、自分の本当の姿が何だったのかって、ちゃんと理解してあげることもできない。だから私は、トモリの姿に憧れた。
トモリは不器用で、すぐ倒れてしまいそうなほど心細くて、それでも自分の素直な気持ちを偽らなかった。トモリは真心と本心を、『人間になりたい』と望んだ時から吐き続けた。それが輪郭を帯びて、ちゃんと形にもなって、だからやっと周りの人にも理解された。本当に、本当に、架空の物語の中の出来事でしかないのに、私が本当に望んでいた心の在り方に触れられたような気がして、私が本当に生きたかった道筋を見せられたような気がした。だから私は、本気でトモリに嫉妬したし、本気でトモリのことを好きになった。
私はアニメを見終わった後、怖くなった。本当にはじめて、自分が『好き』だと心の底から言える作品だったから。こんな経験をしたことなんてはじめてだったから、私は頭の中が錯乱して、私の心も狂ってしまった。この作品を、この名作を、何とかして自分の小説にも反映させたい。何とかして自分自身も神様になりたい。そんな染みついてしまった下心も、湧き上がってきた。けど私が本当にしたいことは、私が本当にやりたくてたまらなかったことは、トモリのように、素直に自分の心を叫び散らすことだった。だから私は、今までの自分の創作のやり方が否定されたような気がして、このアニメのことも、トモリのことも、早く忘れたくてたまらなくなった。けど、いくら消そうとしても忘れることなんてできない。だってトモリは、トモリの歌は、私自身が叫び散らしたくてたまらなかった夢だったから。私が本当にやりたかった創作って、ただありのままに、何の打算や掛値もなしに、自己の赤裸々な想いを伝えることなんだと、もう一度気づかされた。何の脈絡がなくても、何の慮りがなくても、ただ、伝えたい。そんな自己表現をしたいのだと、心の奥を鷲掴みにされた。
私は、やっぱり怖い。こんなにも私の本心を曝け出された作品を見るのは、最初で最後かもしれないから。私が恋心のようにアニメキャラに夢中になれるのも、最初で最後かもしれないから。だから、この先いくらコンテンツを視聴したとしても、私の心はずっと欠けたまま満たされることなんてないのかもしれない。トモリ以上に私が好きになれるキャラクターなんて、もう現れないのかもしれない。私の過去や人格に、ここまで近すぎて、ここまで真っすぐに、そしてここまで夢を実現してくれた人物なんて、これ以上出会うことなんてできないのかもしれない。私はもう頭がおかしくなってしまった。私が執筆に固執し続けた価値観なんて忘れてしまうほど、自分の心が揺り動かされた。私はもう、他人の顔色をうかがって書いた自分の小説に、満足することなんて二度とできないのだろう。
それでも私は、トモリに出会えて本当によかったと思う。トモリを好きになれて、よかったと思う。だって私は、本当に自分がやりたい創作を見つけ出せたような気がするから。それを実現できるかなんて、まだわからない。また怖くなって、また堪えきれなくなって、また自分自身を偽り続けるだけの作品を作るのかもしれない。これはただの一時的な発作で、すぐに大人ぶった仮面を被り、子供の自分を押し殺してしまうかもしれない。
それでも私は、トモリのことを愛している。トモリが見せてくれた物語を愛している。私はきっとこのアニメのことを、永遠に忘れることなんてできないのだろう。
私はトモリのことが好きになった 区隅 憲(クズミケン) @kuzumiken
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます