第7話「繋ぐ糸の先」
「えっ……!」
れおなは咄嗟に、両手でジュリの口元を押さえた。
「むぐ」
「そ、それはだめ!」
ジュリは一旦上体を起こして退く。
「ダメなの?」
「だめなの。ジュリくん、取り敢えずそこに座りなさい」
言われた通り、ジュリは大人しくれおなの隣の椅子に座る。
「ジュリくん! キスっていうのはねっ、付き合ってるか結婚してるとか、そういう関係の二人が同意してするものなの!」
れおなが真剣に説教をすると、ジュリは呆気に取られた顔をした。数拍の間があって、彼は困ったように笑う。
「……真面目か……」
笑われたことが気にくわないれおなはむっとした表情になる。
「真面目っていうか……それが常識とされる世の中であってほしいとは思ってる」
「樹里亜はそんなことないみたいだけどな~」
「うわ、やっぱ白砂さんってそういうタイプなんだ……今ジュリくんのキスを受け入れてたら知らない誰かと間接キスじゃん。危なかった」
「唇のターンオーバーは三、四日くらいらしいから間接にはならないよ」
「そういう問題じゃない! 気持ちの問題!」
「ふは……」
ジュリは堪えきれずに笑い出す。
「もう! なんで笑うの?」
「いや……こんな必死なれおな先輩が見れるなんて、レアな体験してんなーと思ってさ。れおな先輩が一生懸命じゃないって意味じゃねえよ? ただ、いつもどっかで余裕あるんだなって思ってたから」
「……むう。とにかくキスはだめ」
「分かったよ。じゃあ、俺とデートして」
***
翌日の放課後、れおなは元町公園前でジュリを待っていた。
私服に着替えるために一旦帰宅したれおなは、今日は友達と遊ぶから家の手伝いはできないことを伝えて家を出発した。母親はれおなに親しい友人が居ることを嬉しく思っているようで、特に引き止められることはなかった。
「れおな先輩、お待たせ」
時間通りに待ち合わせ場所にやってきたジュリは、男装喫茶部の指定の洋装ではなく、いわゆる綺麗めカジュアルの私服で現れた。
「……悪くないセンスじゃん」
れおなはいきなりキスを迫られた手前、親しげに接することを躊躇ってぶっきらぼうに言う。されどジュリは気にしない。
「だろだろ? ちゃんと好印象コーデ考えてきたから、れおな先輩のお眼鏡にかなってよかった!」
ジュリは飼い主に褒められた犬のように人懐っこい笑顔を見せる。れおなは彼の背後にちぎれんばかりにぶんぶんと振るしっぽの幻が見えそうな心地だった。
「れおな先輩の私服も初めて見た。クラロリ?」
「まあ、分類としてはそんな感じ……」
上品な色合いに大人しめな装飾のクラシカルロリータコーディネートは、れおなのお気に入りの服装だった。ジュリは小柄なれおなのために少し身をかがめて伝える。
「れおな先輩、カワイイ」
「っ……! 誰にでもそういうこと言ってるんでしょ!」
「れおな先輩だけだよ」
「ふん……。それで、どこか行きたいところは?」
「えー? このへんあんまり詳しくないんだよね。このへんっていうか、全体的に詳しい場所ないけど!」
そういえばそうだった、とれおなはジュリがジュリで居られる時間の短さを慮った。
「じゃあ私が適当に案内してあげるから、ついてきて」
適当にと言いつつ、れおなは即座に頭の中でデートコースを組み立てる。
(この時間じゃお茶するには微妙だな。ジュリくんは若者だから洋館や元町商店街は興味ないだろうし。中華街でもいいけど私なら……学生でも出せる価格帯の夕食は……うん、だいたい決まったかな)
不意に歩きだすれおなの半歩後ろをジュリがついていく形になる。
丘の上の公園にやってきた二人は、傾き出した陽の光に包まれた庭園の中へ進んでいった。イングリッシュローズの庭はやわらかい色調の秋薔薇がちょうど見頃を迎えている。
「うわぁ……すげぇ咲いてるじゃん。薔薇って初夏の植物じゃないの?」
見るものすべてが新鮮なジュリは無邪気に秋の景色を眺める。
「そういう品種も多いけど、秋薔薇や四季咲きは別だよ。綺麗でしょ?」
「うん。れおな先輩は物知りだな」
「近所のことなら多少はね。ジュリくんは何色の薔薇が好き?」
「そうだな……この薄いピンクのグラデーションみたいになってる薔薇とか綺麗だな。こういう天然石あるよな?」
「ローズクォーツ?」
「それだ。あと、こっちの薄いオレンジのも……」
「ジュリくん、淡い色が好きなんだ? ちょっと意外かも」
「樹里亜は派手な紫とか好きだもんな。あいつの財布、そういう柄じゃん?」
「白砂さんのお財布は見たことないけど……まぁ、イメージ通りではあるかな?」
「俺と樹里亜の趣味は一緒じゃないぜ〜?」
「それは今分かり始めてるところ」
「そっか。あ、れおな先輩これ見て!」
ジュリは不意に足を止めてとある薔薇を指さした。それは淡く色づいた翠色の薔薇だった。
「グリーンアイスだね。それも好き?」
「うん。れおな先輩、もうちょっと近づいてみてよ」
「……? こう?」
れおなは少し屈んでグリーンアイスの花に頬を寄せるような格好になる。
「うん。やっぱりれおな先輩に似合う色だ」
「っ……!」
れおなが何か言う前に、ジュリはスマホでその様子を写真に収める。
「ちょっと! 勝手に撮らないの!」
「貴重な写真ゲット〜」
嬉しそうなジュリはひょいとスマホを掲げる。上に腕を伸ばされると、れおなの身長では届かない。
「白砂さんに見られたら困るんじゃないの?」
樹里亜は水景が好きで、ジュリはれおなが好き。身体を共有する二人の想い人が別々だと分かれば、問題になるだろう。
「そうだな。非表示設定にしておこ」
「小賢しい……」
その後は丘を降りて港沿いの遊歩道を歩いた。肌寒い秋の夕暮れでも、手すりの上に留まるカモメの白い腹は夏の日を想起させる。
「ここ、夏に来たらもっといいんだろうな〜」
「そうかもね。これからの時期は潮風も寒いから」
「夏って言ったら一年後じゃん、だいぶ先だなぁ」
「冬は冬で赤レンガ倉庫のクリスマスマーケットがあるから。夏を待っている間も楽しいことはあるよ」
「え何、れおな先輩は俺とクリスマスもデートしてくれんの?」
「……予定がなければ考えてもいいよ。私より、白砂さんの方が予定ありそうだけど?」
「樹里亜はまぁ……波止場先輩への恋が成就しなければフリーだろ、多分」
失礼ながら、白砂さんの恋は叶わないだろうな、というのがれおなの読みだった。どうやらジュリもそれには同意らしい。
「楽しみにしとこ! 冬はクリスマスとして、春は桜だよな?」
「横浜で桜なんていくらでもある」
「そうなんだ。れおな先輩が居てくれたら俺、一年中ずっと楽しいじゃん!」
「……そう」
いきなり身体的接触を迫られると引いてしまうが、慕われる分には悪い気はしなかった。
ショッピングモールの中のレストランで食事をしていると、ジュリは不意に切り出した。
「なぁ、れおな先輩は城ケ崎先輩って知ってる?」
れおなはパスタを咀嚼し、水を飲んでからそれに答える。
「城ケ崎先輩って……城ケ崎碧?」
「そう。演劇部の主力だった人なんだろ?」
「まあそうだね。有名な人だったから知ってるよ。城ケ崎先輩がどうかしたの?」
「行方不明になったって話じゃん。まだ見つかってないんだよな?」
「……そうだね。ジュリくんがその話題を持ち出した理由はなに?」
「いや……俺が知ってる情報の中で、一番関係ありそうかなって思ったから言ってみただけだけど」
「城ケ崎先輩の行方と盗聴器に関係性があるんじゃないかってことかな。私にはその二つの事件を繋ぐ糸は見えないけど」
空になった皿にフォークを置き、れおなは思考した。
「城ケ崎先輩っていうと、それより……」
「それより?」
パスタの皿は下げられ、入れ替わるようにしてデザートが運ばれてくる。ポットティーの砂時計を眺め、れおなは少し声のトーンを落として続きを言った。
「廃教会の地下には死体が埋められているって噂、知ってる?」
ジュリは首を横に振った。
「いや。ていうか急に物騒だな。……れおな先輩は、城ケ崎先輩って人の死体が廃教会の地下に埋められているんじゃないかって思ってるわけ?」
「確信できる証拠は何もないよ。ただ、城ケ崎先輩はきっともう生きてはいないんだろうなって、なんとなくそう思ってる」
言いながられおなは思い至る。
「城ケ崎先輩の行方と盗聴器の件は関連性を見つけられないけど、盗聴器と地下の遺体の噂は接点があるかも?」
「確かに……誰かが廃教会に近づいてしまわないように様子を探られているんだとしたら、筋は通っているよな。そうなるとだん……、紅茶部の部員は盗聴器事件とは関係なくて、寧ろ様子を探られている被害者ってことになるんじゃ? 廃教会に近づいてほしくないなら、廃教会の中の懺悔室を部活動の拠点には選ばないよな」
砂時計が落ち切って、二人は各々のカップに紅茶を注ぐ。ガーネット色をした水面を覗き込めば、ふわりと茶葉の香りが立つ。
「そうだったらいいんだけどね。ジュリくんが紅茶部の部員は犯人であってほしくないって考えているの、嬉しいような意外なような」
「そりゃあ部員に殺人犯が居たら廃部になっちゃうから。俺が外に出てこられる機会がないと、れおな先輩にも会えなくなる」
「微妙にドライだね……。それは私が言えたことじゃないか。私はむしろ、今の話で紅茶部の部員が犯人かもって思っちゃったくらいだし」
「なんで?」
「紅茶部ができた理由が、廃教会で活動するためだとしたら?」
「……?」
「犯人は現場に帰ってくる、っていう言葉があってね。現場や証拠を放置するのが怖いから、近くに留まっているパターンも考えられるんだよ。そう考えると、もう使われていない廃教会の取り壊しが延期されているのは……」
そこまで言って、れおなは切り上げた。
「いや。そもそも廃教会の地下に遺体が埋められているって噂自体が嘘かもしれないし、あやふやな前提で話すことじゃないよね」
「その通りかも。じゃあ、廃教会の地下を掘り起こした方が話が早い?」
「無茶言わないでよ。地下を掘り起こすなら教会ごと取り壊さないと物理的に無理」
「そりゃそうだ……ごめん、無駄な話だった? 忘れてくれていいから」
「ジュリくんは頑張って案を出してくれようとしたんだから、謝る必要ない」
ケーキを食べ始め、二人の話題は逸れていった。
すっかり日の落ちた帰り道、二人は元来た港の遊歩道を歩いていた。
「やっぱりこの時間になると寒いね……もうちょっと厚い上着を着てくればよかったかな」
れおなはカーディガンの袖を伸ばして暖を取ろうと試みる。ジュリはしばらくの間逡巡していたが、意を決してれおなの右手を取った。
「わ……!」
急に手を繋がれて、れおなは自分の顔が熱くなるのを感じる。
「い、嫌だったら、振りほどいてくれてもいいから……」
目を逸らしたまま隣を歩くジュリの声は不安げだった。
「……」
れおなは何も答えられずにそのまま歩く。繋いだままの手が、何よりの答えだった。
無言の時間が過ぎていく。ジュリが遠慮がちに手を離そうとすると、れおながぎゅっと握って引き留めた。そんなことをしているうちに、遂にれおなの自宅、磐井洋品店の前まで来てしまった。
「あ……えーと、今日はありがと、れおな先輩」
「うん。じゃあまたね」
ジュリは繋いだままの手を名残惜しそうに見つめている。
「ジュリくん……」
れおなが言いかけたそのとき、どこかからばさりと何かが落ちる音がした。反射的に音のした方へ顔を向けると、そこには――
「……磐井さんと……ジュリさん?」
数メートル向こうに……通学鞄を地面に落とした淑乃の姿があった。れおなとジュリを見て淑乃はぎこちなく微笑みかける。その瞳は、困惑と焦りの表情を見せていた。れおなはジュリと繋いだ手を放し、駆け寄って通学鞄を拾って淑乃に渡す。
「はい、どうぞ。珍しいね、この時間に出歩いてるなんて。いつもお稽古で忙しそうだったけど……あっそうか、今日の部活って川嶋さんのお当番の日だったっけ?」
「え、ええ……そうなんですの。部活の日はお稽古がないので……普段はお迎えの車が来るんですけれど、今日は断ったのですわ。街を一人で歩いてみたかったので……それで……」
淑乃は通学鞄の取っ手を強く握りしめた。
「……もしかしたら、磐井さんに会えるんじゃないかと……思って、ここまで来たんですけれど。わたくし、お邪魔だったみたいですわね……」
れおなが何か答えるよりも先に、淑乃は逃げるようにしてその場を後にした。
「……行っちゃった」
ジュリに話しかけるような形でれおなは呟くが、返事は返ってこなかった。
「……ジュリくん?」
「いや、なんでも。……またね、れおな先輩」
「うん。おやすみ」
二人は小さく手を振り合い、その日は解散となった。
***
日付は10月30日。この日は学内演劇主演投票の結果発表の前日であり、男装喫茶部はレオが当番だった。廃教会の入口の扉近くの長椅子に腰掛け、レオは来客の到着を待っていた。
コツコツと靴音が近づいてきたのを聞き取り、レオは立ち上がって扉を開けた。
「いらっしゃい! 今日の予約の――喜多川初瀬さん。合ってる?」
レオは現れた小柄な少女を見て微笑む。今のレオはシークレットブーツを履いて身長を上乗せしているが、普段の靴だったら同じくらいの背丈だろうか。少し高めの位置で両サイドに結った三つ編みヘアは、大人しいというよりも少し風変わりな印象だった。艶やかな黒髪の下に覗く整った顔立ち、冷めた目の少女。なんだか見透かされそうだなぁ、とレオが考えていると、少女は答えた。
「はい。
「お手をどうぞ!」
レオが差し伸べた手を取り、初瀬は導かれるままついてくる。
喫茶室のふかふかな椅子へ腰を下ろすと、初瀬は持っていた紙袋の中身を差し出した。
「どうぞ、パウンドケーキです」
「へぇ、いいね! 紅茶のご希望はある?」
言いながらレオは茶葉の一覧がリストアップされたメニュー表を広げる。
「ラベンダーアールグレイで」
「了解! 用意するからちょっと待っててね~!」
レオは一旦離席して紅茶とケーキの盛り付けの作業に取り掛かる。
(迷わずラベンダーアールグレイを選んでたな。普段から紅茶を飲んでいる人なのかな? チェックが厳しいタイプかもしれないから気をつけよう)
いつも以上に丁寧に支度を終え、レオは喫茶室に戻る。
「お待たせ。上手に入れられたと思うんだけどどうかな?」
初瀬はティーカップを手に取り、香りを楽しんでからひと口飲む。
「うん、美味しい」
「よかった! 初瀬ちゃんって今日初めて来てくれたんだよね? 紅茶が好きだから興味を持ってくれたのかな?」
「それもあるけど、目的があったから。一時間しかないし、急だけど本題に入るね」
いつものお客様たちとは異なる喜多川初瀬の態度に、レオは居住まいを正す。そして初瀬は切り出した。
「碧先輩のことを探っているのって、あなた?」
内心ギクリとしたのを悟られないよう、レオは平静を装いながら首を傾げる。
「ミドリ先輩?」
「城ケ崎碧って言ったら、分かる? 僕のひとつ上の学年だったんだけど……」
城ケ崎碧はれおなの二つ上の学年だった。ということは、初瀬はれおなから見てひとつ上の学年、高等部三年ということになる。
「ええと……演劇部の人だったっけ? 詳しくは知らないんだけどね」
「あ、とぼけるんだ。じゃあ証拠を出すよ。この間、僕の友達がジュリくんとお茶会をしたらしいんだけど、碧先輩のことを聞かれたんだって。そのときジュリくんは『俺の友達が世話になったから城ケ崎先輩の消息を気にしてるらしくて……』みたいなことを言ったらしくてね」
「へえ……」
ジュリくん探り方が露骨すぎ! と言いたくなるのを堪えてレオは受け流す。初瀬がその件でどういった主張をしてくるのか計りかねたので、出方を伺うしかなかった。
(他人のことを嗅ぎ回るな、みたいな苦情だったら困るなぁ)
「それで、ジュリくんの友達っていうのは俺のことだってこと?」
「そんなのは交友関係を調べれば分かるでしょ?」
自分にも「調べる側」の経験があるだけに、レオは苦笑いしかできなかった。
「あー……責めたいわけじゃなくて。僕の見解を話そうかなって思って、今日は予約したんだよね。レオくんって、碧先輩と話したことある?」
そういうことなら、とレオは防御体制を解く。
「一度だけあるよ。一年に一度、年度末のタイミングで機関誌が出るでしょ? そこに詩を載せていたのが城ケ崎碧っていう人で……『俺も共感したので話してみたいと思いました』って話しかけに行ったんだ」
機関誌というのは学内文集のことで、有志による詩や小説や論文の投稿が行われていた。城ケ崎碧が機関誌に詩を載せたのは二年前のことだった。
「……そういえば、そのとき言われたな。『同じ理由でオレを訪ねてきたのはキミで二人目だよ』って。もしかして……」
「そう。一人目は、僕のことだと思う」
初瀬は静かに答えた。
「そうだったんだ」
「レオくんって、碧先輩はどんな人だと思った?」
「正直な感想で?」
「正直な感想で」
「そうだね。まあ有り体に言うなら、『ホストみたいな人』かな」
「ふふ、それには僕も同意だね。SNSでもよく限定公開で病みポエム書いてたし、複雑な家庭の愚痴とかも多かった」
「それはどこまで聞いていいのかな?」
「残念だけど死人に口なしだから、僕は勝手に言うよ。誰にでも言ってるわけじゃないけど、レオくんの判断材料にはなるかと思って」
「複雑な家庭環境っていうのは?」
「碧先輩はあることが原因で、親の愛に恵まれなかったらしいんだよね」
「あることって……?」
「碧先輩は両性具有だったんだ」
両性具有、それは男女両方の性的特徴を備える人間を指す。
「男か女か、どちらかの性別に生まれてほしかった両親は、碧先輩をネグレクトした。そして数年後に生まれてきた『普通』の女の子である妹だけを可愛がった……碧先輩は自分で自分の生活費や治療費を稼ぐためにバイトをいくつも掛け持ちして、時には人として・未成年として好ましくない手口で金銭を得ていた」
「好ましくない手口って?」
「あんまりいい言葉じゃないから言いたくないんだけどね。簡潔に言うと援助交際だよ」
「……げぇ……」
「まあそういう反応になるよね。僕もそう思った。境遇に同情はすれど、自分はああなりたくないって思ったし。校内の女の子を取っかえ引っかえして付き合っていたのは、世間知らずなお嬢さんたちから金銭的援助を得るためだったんだよ」
その説明を聞くと、なるほど腑に落ちた。不幸な身の上話を語って聞かせては他者から金銭を巻き上げる、それは一度だけ直接話した城ケ崎碧の言動の端々の印象と一致した。
「つまりね、僕が言いたいのはこういうことなんだ。碧先輩は人から恨みを買うようなことをしてきたから、刺されてもおかしくないって。――ここ、廃教会の下に死体が埋められている。その噂も、レオくんは知ってる?」
レオは頷いた。
「僕はね、それこそが碧先輩だと思っている」
「それは、どういった根拠で?」
「ここは以前、碧先輩の練習場所だったから」
思わずレオは息を呑んだ。この場所と城ケ崎碧の間にあると思われていた見えない接点、それが今明らかになった。
「碧先輩は善良な人ではないと思うよ。だけど、演技の道という目標に向かって努力していたことだけは紛れもない事実だった。他の演劇部員には内緒で、ここで一人でよく練習していた」
「それを知っているのは、初瀬ちゃんが城ケ崎先輩の練習相手だったから?」
「――察しがいいね。でも『一人で』って言ったでしょ? いつも僕が居たわけじゃないんだ。本当に碧先輩一人で練習していたこともあっただろうし……もしかしたら、お金目当てに近づいた校内の生徒の誰かを呼んでいたりしたかもね。生憎、僕はそこまで情報を握っているわけじゃないんだけど」
「じゃあ、その『城ケ崎先輩と交流のあった生徒』が犯人だと?」
「断定まではできないけどね。やったのは僕じゃない、とは断っておくよ。僕が犯人なら、こんな情報を渡す必要なんてないから」
「そうだ。どうして初瀬ちゃんは、俺にそれを教えてくれたの?」
初瀬は少し躊躇ってから、セーラーブラウスの胸ポケットから鍵を取り出して差し出した。
「あなたに、探偵役を押し付けるためかな」
錆びた鍵は随分と古ぼけていた。あと数年もすれば、パーツの小さい部分から朽ちてしまいそうな様子だった。
「これは?」
「廃教会の地下室に繋がるハッチを開く鍵だよ。――真実を、確かめてみる?」
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