母と娘の家出旅

加藤伊織

第1話 伊織、家出を決意する

 事の起こりは2月の頭。

 夫が交通事故を起こした。


 ぶっちゃけ、この事故に関しては聞いてる限り夫は悪くない。

 ただ、「僕は悪くないのに!」と物凄く不機嫌になり、かつ不機嫌アピールが激しく、PCルームで隣に座っている私が早々に参ってしまった。


 だって、すっごい鼻息荒いんだもん。「ふん! ふん!」って。

 悪くないのはわかるけど、そこまで周囲に不機嫌を振りまかれると、私みたいなタイプは巻き込まれるのだ。


 娘も「今パパ機嫌悪いから話し掛けないで!」と夫に言われ、黙り込んでいた。

 物凄く、家の中の空気が悪かった。


 私はストレス発散が下手くそで、思い悩みがちである。

 この時も、体の具合が余り良くなかったせいで家に籠もりがちなのもあって(1月にむち打ちになってたし)どんどん思考が内へ内へ、悪い方へとループしていった。


 Xであまりに限界な呟きをしていたせいで、いろんな方に心配をお掛けしてしまった。

 その中で、牧野麻也先生が「少しでいいから、家を離れてホテルとかに泊まってみては」とアドバイスをしてくださった。

 その時は「お金無いから無理~」と思ったのだが、このアドバイスが問題解決に繋がった大きな分岐点だった。


 折悪く、娘も別件でだいぶ参っていた。

「この家から出たい」と口に出すほどに。



 ところで、娘はイルミアというペンネームで1月からカクヨムに小説を投稿し始めている。https://kakuyomu.jp/users/poppoai

 小説を書くようになった切っ掛けはちょっと他にあんまり無いかなというもので。「タイピング速くなりたいんだけど」と相談されたので「小説書くと速くなるよ」と私が答えたためだった。


 いや、まさかねえ、その日のうちに書き始めるとは思わんでしょ。

 書き始めたら楽しかったらしく、今はちょっとスランプのようだが、最初のうちは凄い勢いで書いていた。

 そして、娘から「ママは小説を書き続けないと死んでしまう、小説のマグロ」と呼ばれている私は、いろいろ小説に対して相談に乗るようになった。

 私と娘の関係は悪くはない。娘はそこではないところにストレスを抱え込んでいた。



 私が夫のストレスに当てられ、寝込むようになって数日。娘も突発的に家を飛び出してしまった。この時は家の近くにいたので特に大事なかったが、いろいろヤバいなと思うには十分な出来事だった。


 そして、私は母に「娘とふたりで近場で1泊したい」と相談した。

 娘のストレス源は結構な割合がこの母で、母的にもまずいと思っていたらしい。

 母は、私と娘が近場で1泊して、息抜きしてくるための軍資金を出してくれると申し出てくれたのだ。



 ここから、私の立ち直りが始まった。

 元から私は旅行が好きで、特に計画を立てるのが大好きなのだ。計画を立てるのがメイン。実際の旅行は立てた計画が実際に遂行できるかのチェック、くらいの比率である。

 家に籠もって鬱々する生活が終わり、「近場=都内で1泊して、ちょっとだけ遊んでくる」ための計画を立て始めた。

 ホテル探しなどはとても楽しく、娘ファーストだとしても、彼女が喜びそうな場所をいろいろと調べることで完全に意識が切り替わった。


 夫も軍資金を出してくれることになり、2/7に「家出する!」と決めてから2/9に宿泊するつもりで宿も予約した。


 実は、私と娘という組み合わせでよそへ泊まりに行くのはこれが初めてだった。

 夫の仕事の関係もあって、我が家は家族旅行の経験がほとんどない。

 一昨年、私が独身の時に貯めていた旅行積み立てが発掘されてまだ期限が切れてないことが判明し、それと母の支援で初めて夫の実家以外の場所に旅行したくらいだ。



 宿泊先は浅草に決めた。都内の中では比較的ホテルが安く、観光もできるからだ。

 夕飯はどうしようか悩んだが、娘が「生牡蠣食べてみたい」と言っていたので、お通しの生牡蠣がお替わりし放題の居酒屋に電話をしてみたら予約が取れた。

 ここは以前友人と3人で行って、「ここに貝塚を作ろう」と言うくらい生牡蠣を食べまくったお店なのだ。


 娘は動物が好きだがあまり触れ合ったことがないので、「そういえば原宿でフェネックがいるカフェがあったな」と思いだし、調べてそこにも行くことにした。


 はっきりいって、うちからだと東京は近すぎて普通に泊まることはない。

 けれど、ホテルでのんびりゲームでもするにはその近さがいい。

 2/9は平日なのだが、娘は現在絶賛不登校で家にいるので関係ない。よし。


 こうして、「のんびりしよう」と言いつつ、全然のんびりできない母娘ふたりの家出旅が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る