そのキュンは殺意です!−【急募】暗殺対象の王子の執着から逃れつつ暗殺を完遂する方法−
安崎依代@1/31『絶華』発売決定!
Ⅰ
俺の名前はデス・ザ・スターキッド。
『名前を笑ったヤツは皆殺し』をモットーとする暗殺者。
……え? だったら何でこんな名前にしたんだって?
うるせぇ! 師匠に無理やり名前を押し付けられた『二代目』なんだよ、こちとら!
こんなふざけた通り名(まともな本名があるんだ、ちゃんと!)だが、依頼完遂率は100%。これでも暗殺者ギルドじゃ名の通った、一端の仕事人だ。
そんな俺だが今、実はとても困った状況に追い込まれている。
「君を僕のところに派遣した者の名を言え」
ここまでは、まだいい。いや、良くはないんだが、最悪殺してしまえばそれでいい。『死人に口なし』というやつだ。
「お礼が言いたいからね」
問題は、この状況。
「君と僕を巡り合わせてくれたことへの感謝を」
押し倒されている。
どこに? 寝台に。
誰に? 暗殺対象である、この国の第一王子・アレクセイ殿下に。
いつ? 今。ちなみにド深夜の王子の寝室。
これは、どう考えてもマズい。
依頼完遂とか、もはやどうでもいい。
これは俺の貞操が危うい! 知識に乏しい俺でも分かる!
てか王子やたら力強いんだがっ!? 何で俺の両手首を片手で押さえつけられんのっ!? 『職業:暗殺者』の俺が本気で抵抗してるのにビクともしないとかどーゆーこと!? むしろお前、ちゃんと本物の王子で合ってる!? アレクセイ王子ってひ弱って話じゃなかったのかっ!?
「君と目が合った瞬間に感じた甘いときめき。この『キュン』は恋に違いない」
「いや、殺意とか命の危機とかの間違いじゃないですかねっ!?」
「あぁ……声も素敵だね」
熱烈に甘く
はっ! もしかして体……っ!? 体つきが好みドストライクだったとでも言うのか? いや、それだってクソダサいマントのおかげで分からないはずなんだが……っ!?
「口を割らないつもりなら、体に訊くしかないようだね」
何その官能小説みたいな台詞!! 正統派キラキラ王子顔で舌なめずりしながら言うのやめてもらえますっ!?
一体全体、本当にどうしてこうなったっ!?
グルグルと空回る思考回路は、今の状況を処理しきれずに意識を過去に飛ばしていった。
☓ ☓ ☓
「お前を指名して依頼が入った。大物だぞ」
暗殺者ギルドのギルドマスターから呼び出しがかかったのは、一週間ほど前のことだった。
「マトは第一王子のアレクセイ殿下。歳は十七。殺しの手法は問わないが、密やかに始末してほしいというのが先方の要望だ」
地元住民でさえ治安が悪くて使わない裏路地の奥。打ち合わせはいつもそこで行われる。
呼び出しを受けて足を向ければ、誰もいないはずである路地に声だけが響いた。恐らくどこかの建物の窓や扉越しに話しかけているのだろう。
「期限は、王子が十八歳の誕生日を迎えるまでの3ヶ月の内。早ければ早い方がいい。王太子披露の祝宴が開かれるまでに消せ」
突き当りの壁に背中を預けて立っていた俺は、密やかに響く声に一切表情を変えなかった。『無気力』と評される顔には恐らく、いつものごとく気だるげな空気が漂っていたことだろう。
「できるな?」
俺の取った反応は、その一言に軽く頷く、ただその動きだけ。
どんな依頼を投げられた時もそうだった。高名な悪徳貴族の暗殺も、絢爛豪華な舞台女優の暗殺も。清らかな聖職者の暗殺だって、この頷きだけで引き受けてきた。
「王宮に侍従補佐官の枠を用意した。上手く使え」
その言葉を最後に、壁の向こうにあった気配は消えた。しばらく待って、追加の指示が来ないことを確認した俺も、ゆったりと壁から背中を離してその場を後にする。
誰が
目標人物の近くに紛れ込み、ごく自然に距離を詰め、殺す。
今回もそのルーティンをこなすために、俺は指示を受けた翌日には新人侍従補佐官として王宮に潜入していた。
──ルーベンス王国第一王子、アレクセイ・ブロワ・ルーベンス。
金髪碧眼、甘い顔立ちという、まさに王子然とした容貌。体付きが若干華奢で小柄なのは、幼少期に体が弱かったせいだろう。
そう、彼はかつてひ弱で、その虚弱体質ゆえに成人を迎えることなく儚くなるのではと噂されていた。そんな王子が立派に成人を迎えようとしているから、『暗殺』などという物騒な話が浮上したのだろう。
というのも、この国には今、三人の王子が存在している。
第一王子は、王妃の息子であるアレクセイ。生まれの順も血筋も確かなアレクセイではあるが、生まれつき体が弱かった。『成人は難しいかもしれない』と言われていた彼は、生まれに反して次期国主の座からは遠ざけられていたという。
ならば誰が最も玉座に近かったかと言えば、側妃の息子である第三王子のエドワードだった。生まれとデキはアレクセイに劣るものの、エドワードは子供の頃から病気ひとつしたことがない健康優良児。アレクセイが亡くなれば、次代の王はエドワードで確実とまで言われていた。
そこに待ったをかけたのが、第二王子のカインとその母だ。
カインの母は公式には妃とされていない妾妃だ。だが息子であるカインはきちんと王子として認知され、そのように教育されてきた。
そしてこのカインのデキが予想以上に良かった。新興貴族達を味方につけたカインは、すでに宮廷に己の派閥を形成しており、王位継承争いにおいて無視できない存在となっているらしい。
デキはイマイチだが生まれは確かなエドワードが最有力候補と目されていた中、デキは良いが生まれが良くないカインが台頭してきた。
その両者で長年争っていたが、成長とともに健康面の不安を払拭しつつあるアレクセイに注目が集まり、結局国王はデキも血筋もいいアレクセイを正式に世継ぎとすることを決めた。そもそも成人に近い王子が三人もいながら王太子をはっきりと決めていなかった辺り、王は最初からアレクセイを王太子につけたかったのではないかと俺は推測している。
とにかく、アレクセイの十八歳の誕生日に、立太子の儀式が行われることが正式に決定した。
その儀式を経た
──つまり俺は、第二ないし第三王子の手勢に雇われた、ということか。
新人といえども、王侯貴族に侍る侍従、その補佐官というポジションに潜り込めば、王宮の勢力図は嫌でも見えてくる。
俺は表向きに与えられた職務を粛々とこなしつつ、勢力図を頭の中に描き上げ、暗殺の隙を探った。
アレクセイは、頭はキレるが、体が弱かったせいで鍛錬ができず、武芸は不得手という話だった。ならば下手に策を
日中、政務をこなしている間は必ず取り巻きの誰かが傍にいるから、狙うならば私室に戻った深夜帯。眠っているところを起こすことなくサクッとやれれば、依頼人からの要望である『密やかに』という注文にも応えることができるだろう。
数日王宮内の夜間の人の動きを探っていれば、私室へ忍び込む最適なルートと時間は割り出せる。
俺は目星をつけた通りに行動し、暗殺者としての正装(本当はもっと目立たない、動きやすい格好で仕事をしたいのだが、これも師匠である初代デス・ザ・スターキッドが定めたルールだから仕方がない。守らなかった場合、俺は世界のどこかを遊覧している師匠に殺されるらしい。理不尽だ!)に身を包み、想定通り、何も問題なく、実にスムーズにアレクセイの私室に潜入を果たし、寝台で眠っていたアレクセイの首筋に細身のナイフをあてがった……はずだった。
✕ ✕ ✕
だってのに!
何でこんなことになってんだっ!
何で俺はいきなり貞操の危機を覚えるハメに陥ってんだっ!! 何で
「あぁ、やはり君は美しい。やっとこうして触れることができた」
いや、暗殺者としての俺とあなたは初対面ですし、侍従補佐官としての俺とあなたも、そうそう顔を合わせたことはないはずですがっ!?
何ですかっ!? ハニトラ!? 新手の迎撃!?
その俺の太腿をツツーッて這わせてる手は何なんですかっ!? その甘く
もしかして誰かに媚薬でも盛られてる? 誰かと勘違いしていらっしゃる? 俺、誰かの作戦の邪魔しちゃった? だったら全力で謝りながらこの場所お譲りいたします!!
だからその意味深な手をどけ……イーヤーッ!! 俺にその手の趣味はないんだってのぉーっ!! 何で太腿から脇腹から胸元まで意味深に撫でてくんだよぉぉおおおっ!!
「さぁ、大人しく僕の手に堕ちて」
王子の手が、俺のあごにかかり、そのまま指先が唇に触れる。
そこまでが、限界だった。
プツンッと、頭の中で何かが切れる音が鳴り響く。
その瞬間、俺は絶叫しながら全ての力を腹筋に込めた。
「失礼しますっ!!」
「っっっ!?」
ゴチンッ! と、実に痛そうな音が響き、アレクセイの体が後ろへのけぞる。
その一瞬の隙に両足をアレクセイの体の下から引き抜いた俺は、一切の容赦なく無防備なアレクセイの脇腹に渾身の蹴りを叩き込んだ。俺を拘束して離さない馬鹿力を発揮したくせに鍛えていないというのは本当だったようで、アレクセイの体はベッドの下に吹っ飛んでいく。
「失礼しましたっ!!」
その隙に俺は、全力でバルコニーの窓に飛びつき、外へ飛び出していた。背後から『ちょ……っ!!』という王子らしからぬ制止の声が上がっていたような気がするけど、気にするもんか。
このままこの場に留まっていたら!
俺の貞操が真面目に危ない!!
俺は男だけども! 暗殺者なんて物騒な職業の人間ではあるけどもっ!
そういう意味ではまだ清らかでいたいんだっ!!
──真面目に作戦を練り直そう! そうしようっ!!
俺は仮面の下で半泣きになりながら、軽やかな身のこなしで三階のバルコニーから地面に着地した。想定外の事態に混乱していても、しっかり逃走経路を用意しておいたおかげで撤退はスムーズだ。夜陰に紛れてしまえば、もはや誰も俺を探し出すことはできない。
──俺は二代目デス・ザ・スターキッド! たとえマトが変態王子があろうとも、この仕事、確かにやり遂げてみせる!
でもできれば誰かに代わってもらいたい!!
そんなことを考えながら、俺は侍従補佐官として与えられた宿舎まで全力で逃走したのだった。
✕ ✕ ✕
「いてて……」
足癖が悪いところも、いざとなったら真っ先に頭突きが出るところも、変わっていない。
自ら僕のところに飛び込んできてくれた『憧れのオニイサン』の姿を思い浮かべて、僕は思わず口元をほころばせてしまった。
彼は素性をうまく隠せていると思っているようだけど、僕は彼を新しく入った侍従補佐官だと紹介された瞬間から気付いていた。
彼の正体が、あの日からずっと僕が焦がれ続けてきた、あの『オニイサン』だということを。
──髪はきっと、カツラか何かで誤魔化しているんだろうけども。
灰色の地に金が散る虹彩。あの独特な色彩は、そうそう誤魔化せるものではない。本人は侍従補佐官として振る舞っている時、なるべく視線を伏せて周囲に覚られないようにしていたみたいだけど、僕は周囲よりも背が低いからうまく隠しきれないんだよね。
あの美しい瞳に、もう一度映りたい。
その一念でここまで命を繋いできた。
そうやって生きていたら、あなたはもう一度、僕の前に現れてくれた。
だから。
「次は、逃さないよ」
あなたは多分、過去に僕と出会ったことを覚えていないんだろう。あの時、身を
だから過去のことは、僕の胸にしまっておけばいいとも思う。
でも未来は。
──あなたの未来は、僕のもの。
僕はサイドテーブルの引き出しをそっと引き出すと、そこに入れていた書類を抜き出した。
「侍従補佐官ルシウス・アンダーソン。……ねぇオニイサン、これって本名?」
そっと囁き、書き込まれた名前に唇を寄せる。そうしていると思い出されるのは、さっきまで触れていた熱のある体の感触だった。
「まぁ、いいや。次は必ず口を割らせるから」
月下に落とされた囁きは、まだ
僕は満足の笑みとともに書類を引き出しに戻して鍵をかけると、ベッドに体を横たえた。
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