きっといつか理解される…
TARO
きっといつか理解される…
テレビ局の楽屋裏のパーテーションで囲われて、普段人目につかないスペース。
「おい、あれとってきて」
「あれってなんです?」
「ちゃんと流れ見てりゃわかるだろ? ドラマ撮ってんだからな。小道具のアレだよ」
「あれってあれですか」
「そうだよ。言っとくけどボケ禁止だからな。時間押してるし」
私は思ったものを取りにいくために、入り組んだスタジオ裏の物置になっている雑然とした空間に足を踏み入れていた。
なかなか見つからないので色々彷徨っていると不意に人影を見たような気がした。それまで一切の気配のないところから不意に目に飛び込んできたものにギクリとした。さっと血の気が引いた。まだ頭の中はそれを理解できていない。思わず口が開く。
「うわっ!」恐怖が後追いでやってくる感覚。人の本性をまざまざと思い知らされる気がした。
壁から手がにゅうっと出ていた。逃げ出そうにも足がすくんで動けない。硬直した思考のままそれをじっと見つめていた。息が荒くなりつつも、理性が訴えかけてくる。
置物か小道具の類だよきっと。それか誰かの悪戯かも、職場の連中の嫌がらせか?
などと考えていると、それが動き始めた。いかにも不気味な感じでゆらゆらと揺れている。壁に穴でも空いていて、そこから人間が手を突っ込んで揺らしているような…
私は不意に正気に戻った。事態に冷めてしまったのである。
「おい、誰だよ。もういいよ」
壁から伸びた手があまりに生々しいのと鮮明すぎるせいで、私の恐怖感はたちどころに消え去っていった。と同時に探していたものも見つかった。伸びている手の下に転がっていた。
「ちょっと失礼」と言って前腕で邪魔だったその伸びた手を持ち上げるようにしてそれを拾った。私はそのまま戻ろうとした。そしてつぶやく・
「とりあえず…」
するとさっきまであった腕が消えた。壁には穴など空いていなくて綺麗になっている。私は事態を飲み込み、全力でその場から逃げ出した。
後で血相を抱えて戻ってきた私を見て、先輩のADは何が起きたのかを察知して、休憩所に連れていった。
「見たのか?」
10年前にある怪奇特番があって、その中のネタの一つに「必ず現れる幽霊」というのがあった。ある霊能力者が連れてきたその男が「幽霊」ということであったが、当然誰も信じず、打ち合わせ段階でも霊能力者は証明しようとせず、全ては本番で、と言って聞かなかった。これはこれで面白いと思ったディレクターはノリで本番の構成に紛れ込ませた。
本番では想像を絶した事態が起こった。霊能力者が連れたその男は司会者のインタビューにも普通に受け答えし、身の上を淡々と語った。あまりの普通さにスタジオからは失笑が漏れるほどであった。
「それではどうぞ」と司会者が促しそれは始まった
まず男はみんなの見ている前で半透明になってやがて消えてみせた。それからひな壇に座っているアイドルの傍に突然出現し、思わず向かい合ったアイドルは会釈した。すると今度はまたスタジオの真ん中に空中から顕現して現れ、ゆっくり元の位置に立ってみせた。男はニヤニヤしていた。反面霊能力者は鬼のような形相で見ていた。スタジオはパニックになった。呆気に取られた司会者にカンペが示された。
「とりあえずCMです」
チッとディレクターは舌打ちした。
「本物じゃねえかよ」
業界ではガチものは放送できないことを私は初めて知った。当然このコーナーは放送されなかった。オンエアではあるでもない、ないでもない曖昧な内容をいつものように放送して終わったそうだ。
「それでどうなったんです」
「どうもこうも無いよ。時々お前みたいに見る奴がいて、この話を聞かされるんだよ。まあ、申し送り事項みたいなもんかな」
「本物なら天地がひっくり返るのに、それを流せないのは惜しいですね」
「天地がひっくり返ったら困るだろ? とりあえずは」
きっといつか理解される… TARO @taro2791
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