第20話 真衣サイド-03-
そして、当然のことながら、わたしは、唯がいない現実を受け入れることができなかった。
唯の顔、仕草、匂い……。
頭に思い浮かべるたびに、唯がいないという現実に頭がおかしくなってしまいそうになる。
唯に会いたくて、会いたくて、でもそれは叶わなくて……。
わたしのその満たされぬ想いは夢に現れるようになった。
その頃、わたしの夢の中には、毎晩唯が現れるようになった。
でも夢は所詮夢だ。
現実ではない。
わたしは朝目覚める度に、唯がもはやわたしの側にいないことを知り、ただどうしようもない虚しさを抱きながら、涙を流すことしかできなかった。
ちなみに、この時に『唯抱きまくらversion1』を制作したけれど、それはあまり慰めにならなかった。
『version1』はわたしが唯成分にとにかく飢えていた時期に制作したから、あまりにもその工程は拙速だった。
だから、今の『version3』に比べてだいぶ精度が荒かったのだ。
……とにかくそんな生活を続けていたせいだろう。
わたしは唯を失ったショックで、半ば自暴自棄になっていた。
だからなのだろう。
知人が勝手に応募したアイドルのオーディションに参加するなんてことをしたのは……。
今振り返っても、なぜわたしがあんなことをしたのかはよくわからない。
きっと何でも良いから気をそらせる何かを求めていたのだろう。
そして、幸か不幸かわたしはそのオーディションに合格してしまった。
なぜわたしが合格したのかは、未だに最大の謎だ。
たぶんあの場にいた誰よりもやる気も覇気もなかったと思う。
もともとわたしは合否に関わらず辞退するつもりだった。
だけど、後にわたしのマネージャーになる女性——ユカリさん——が興奮気味にいった一言……。
それが、わたしを変えた。
「真衣ちゃんならきっと誰もが知る有名なアイドルになれるわ!」
その言葉は彼女のお世辞に違いない。
だけど、向かう先が見えなかったわたしにとっては一筋の光が指した気がした。
わたしは別にアイドルとして成功したい訳ではない。
だけど、誰もが知るほどの有名なアイドルになれば唯がわたしのことを見つけてくれるかもしれない。
今から考えるとだいぶ幼稚な考えなのだけれど、わたしは真剣にそう思っていた。
わたしは当時、自分が何もできない子供ゆえの無力感を痛感していた。
わたしがもっとしっかりしていたら、唯を失わずにすんだ。
あの豚ども……いえあの人たちから唯を守ることができたのに……。
結局のところわたしが弱くて、子供だから、唯を助けることができなかった。
わたしが、両親に頼らずに一人で生きていくだけの覚悟と強さがあれば、もっとなにかできたはずだ。
打算的ではあるけれど、アイドルになって有名になれば、子供でも家族に頼らずに自活できるだけのお金を得られる。
そうすれば、もう二度とあんな選択をしてしまうこともない……唯を失うことはない。
大人たち——あの女たちや両親——の事情に振り回されることもない。
わたしの選択——アイドルとして活動すること——が、両親から反対されたのは言うまでもない。
わたしの両親……いや両親に限らず親族……は非常に保守的だ。
子供の時からわたしは、ずっと彼らが敷いた道……水無月家にふさわしいお嬢様……を進むよう強いられていた。
ある時から、それはわたしにとって、苦痛になった。
唯はそんなわたしのいつも側にいてくれて、自然体で接してくれた。
それが、どれだけわたしの支えになったか……。
だから……今度はわたしが唯を助けなければならない。
わたしは、両親を必死に説得した。
そして、最後には両親はしぶしぶながら承諾してくれた。
両親は、当時のわたしの茫然自失な状態を酷く心配していた。
だから、何でもいいから何かに打ち込んでほしかったのだろう。
それにどうせアイドル活動なんてすぐやめるとも思っていたのだろう。
でもわたしは覚悟を決めていた。
唯を再び取り戻すために……。
そうして、わたしはアイドルになった。
きっと唯が知ったら、驚きとともに苦笑するだろう。
真衣がアイドルなんて似合わない……と。
実際、わたしは人前で笑顔なんて見せることはできない。
わたしが笑顔になれるのは……いえ笑顔を見せる価値がある相手は唯だけ……。
だけど、ユカリさんに言われたアドバイスに従ったら、意外にもその問題は思わぬ形で解決した。
「真衣ちゃん、大切な人を頭の中に思い浮かべて、その人に見せるような笑顔をするのよ」
わたしはステージに……ファンの目の前に立つ度に脳裏に唯の顔を思い出した。
そして、唯がわたしのアイドル姿を見て、苦笑いしている姿を想像して、わたしが唯に向けられるとびっきりの笑顔を作った。
それでもいつも笑顔を振りまけるまでにはならなかったけれど……。
それがよかったのかはわからない。
でもアイドル活動はわたしの目的に沿う形で徐々に勢いに乗ることになった。
一年も経たないうちにわたしはアイドルとしてそこそこ有名になっていた。
ライブをする場所はどんどん広くなっていき、わたしの姿が掲載されるメディアの数も増えていき、考える間もないほどに忙しくなっていった。
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