第16話

「これでぇ、終わりだー!」


雷の槍がキメラの頭を貫き、恨みの咆哮を最後に崩れ落ちる。


『良くやったね。これで今日は終わりにしようか』


俺は昨日全く歯が立たなかった相手に勝った達成感よりも、アルテに褒められた喜びよりも、今日の特訓が終わった安堵と疲労感で意識は落ちていった。


『あれ、気絶したの?

まだ迷宮内に居るんだから、気を抜いたらいけないのに。

…まあ、良く頑張ったしね。今日はゆっくり休むといいよ』



『あれ、ここは?』


余り頭が働かないまま、周りを見回したが完全な暗闇で何も見えない。

これではお約束を言うことも出来ない。

何処だここ。


「おはよう。起きたのなら体の支配権を渡してギルドに行って欲しいのだけど、大丈夫かな?」


暗闇にアルテの声が聞こえてきて、漸くわかった。

ここ、アルテの中だ。


『ああ、おはよう。今何処に居るんだ?』


「酒楽園という宿の1室だよ。昨日君が意識を失った後、迷宮を出たら既に深夜だったからね。酒場兼宿屋のここ位しか泊まれる場所が無かったんだよ。因みに今はお昼ごろだよ」


『そうなのか、ありがとう。

でも、今俺が表にでたら店主に訝しがられるんじゃないか?

 俺は幽暗の衣は使わないんだろ?』




「大丈夫だよ。

 私がこの宿を取る時、君が使うローブと仮面を被って取ったんだ。

 それに軽く魔術を掛けといたから大丈夫。同じローブを着て出て行けば何の問題も無いよ」


 『・・・なら大丈夫か』


 「大丈夫大丈夫。じゃあ交代しよう」


 アルテの軽い言葉とともに体の支配権が替わり俺が表に出ていた。

 俺の初めての宿の部屋は小さいし薄い板の作りの様だけど、まあ個室であるし、何よりベッドがあるので良しとしよう。

 それにしても、此方に来て初めてベッドで寝れるチャンスだったのか。

 なぜ気絶した、昨日の俺。


 『どうしたの?』


 「何でもない。行くか」




 「ようこそ、冒険者ギルドへ。どの様なご用件でしょうか」


 俺がギルドに入ると領主の妻は居なく、別の受付嬢のもとに向かったが、その隣の受付嬢に声をかけらた。


 「冒険者になりに来た。ランク試験の手続きを代筆でお願いしたい」


 「わかりました。では、試験の注意と冒険者の説明を致します。承諾頂けたならば名前と戦闘方法を教えてください」


 「説明は要らない。名前はシン。魔術を使った戦闘だ」


 「…わかりました。しかし、試験後に如何な抗議も受け付けませんし、ひどい場合は処罰の対象となることをご了承ください。それでもよろしければ、仮面をとってこの水晶を覗いてください」


 受付嬢は慣れた手つきで手続きをすべて終わらせてくれた。

 だけど、何故か滅茶苦茶興味深そうに見られている気がする。怪しさ全開の格好してるからしゃあないけど、居心地は良くないな。

 さっさと出るか。


 『あの受付嬢、私がギルドに行くたびに見ていた人だったね。

 服装と期間が開いていなかったから、私の関係者に思って注視していたのかな?』


 「そうなんだ。てっきり怪しい奴だと警戒されてんだと思ってた。試験終わったら観光してさっさとここ出ていった方が良いかな?」


 『君も言っていたけど、格好が怪しい事には変りがないから何処に行っても警戒されるよ?

 それに魔獣を多く狩って力を取り戻したいから、ここで当分活動していくつもりなんだ。

 あと幽闇の衣ほどの力はないけどその魔道具もかなり強力だから、活動するときはそのままで頼むよ。怪しさはそのうち慣れてくれると思うからそれまでの辛抱だね』


 「いや、仮面までつけてたら無理でしょ。絶対慣れてくれるまでに捕まるから。若干弱くてももう少しまともな格好にさせてくれ。幽闇の衣と違って、みんなに気づかれんだから」


 『ならこの試練の内容次第で決めるとしようかな。

 君がもっとまともな格好が出来るように、昨日できなかった魔法の講義を宿でしっかりとしよう。

 さあ、早く宿に行こうか』


 藪蛇だったか。

 いや、まあどう転んでもこの展開になるとは思ってはいたけども。


 「結果が良かったら、観光がてら買い物だからな!約束だからな!」


 『やる気があって嬉しいよ。なら、それに応えて今日は張り切っていこうか!』


 …なんでこうなる。






 明日は試験だからと早めに切り上げてくれたおかげで、初めて暖かい夕飯とベッドを満喫できた。


 満足だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る