第8話

 アルテは鬼だった。

 魔術や体の捌き方や解体の基本中の基本だけは丁寧に教えてくれた。だが魔術では魔術陣の作り方を教えて、後は幾つかの魔術陣と効果を教えて貰っただけだ。


 無理矢理に数学で例えると幾つかの公式の使い方と使う場面を教えてくれたが、公式が何故そうなるかの説明は後回しにされた感じだ。


 ただひたすらに公式を書く速度と使い分けと計算の練習だった。

 まあ、この事についてはアルテも時間がないから仕方なくこうしたらしく、今度の授業ではこの公式の理屈の説明をするつもりらしい。


 魔術もある程度慣れたら体捌きの基本の型を教えてもらった後に、型の反復をしながら魔術を作っては消し作っては消しの繰り返し。

 その後は実際に襲ってくる魔獣を捌きつつ魔術を放っての繰り返し。


 まあ吸血鬼の体が高性能なおかげで殆どの魔獣の攻撃は遅く、こちらの動きは速いので落ち着いて動けば掠りもしなかった。

 そして全ての魔獣が魔術一発で倒せたのだが、いかんせん日本に居た頃は襲われても飼い犬がせいぜいだったため、ビビりまくって最初はまともに体当たりを喰らってしまった。

 だけどダメージはほとんど受けなかったので、そのまま慣れるまで只管に避けた後に魔術を放っていた。


 その後に貯まった魔獣で解体の練習。恐らく20は解体した。

 まあ、血抜きに関してはアルテが倒したら直ぐに血の魔法で魂と一緒に抜いていたので必要なかった。


 一度余りのハードな扱きに魂の裏側に逃げ込んだら、体を構築している怨霊達から俺を守っていた光を消されて襲われてしまった。


 本当に怖かった。

 今まで経験したことのないほどの恐怖と呪詛の念に圧し潰されそうになった時にまた光で怨霊達を払い、守られながらアルテに優しくして貰ったおかげで落ち着くことができた。その時は本気でアルテが女神様に見えて、感謝の気持ちや安心感、他にも色々と好意的な気持ちに包まれ、一生アルテについて行くと決意し訓練に取り掛かった。

 そのおかげでアルテから及第点をもらえたが、落ち着いた今は怨霊達を寄せ付けない光を消したのはアルテだと気づいた。

 守って貰っているのは事実だし感謝もしているが、途轍もなく納得いかない気持ちになってしまった俺は狭量ではないはずだ。


 「ギルドに着いたよ。ごめんね、私も少しは悪かったよ。だから、そろそろ機嫌を直してくれないかな」


 苦笑気味のアルテの声に現実に戻されて周りの景色を見ると目の前には堅牢な造りのでかい建物があった。どうやらこの建物が冒険者ギルドらしい。


 『別に機嫌は悪くないし、俺も悪かった。ちょっと昨夜からの訓練しごきを思い出してただけだ』


 「全く、やっぱり根に持ってるじゃないか。少し器が小さいと思うよ?」


 『誰が器が小さいだ!あんな目に逢わされたら誰だって根に持つわ!』


 「まあいいや。中に入るよ」


 納得いかないが俺の事を流してアルテはギルドの中に入った。


 「ようこそ、冒険者ギルドへ。どの様なご用件でしょうか」


 「冒険者になりに来た。ランクの試験の手続きを頼む」


 俺は誰にも気づかれずにギルドの受付まで来たアルテに対して、当然のように声をかけてきたエルフの受付嬢に驚いた。


 彼女は思わず目を見張る程に際立った美女なうえ、今のアルテは魔道具によって気配を隠していたにも拘らずこちらを把握していたらしい。アルテは幽闇の衣という完全に顔と音と気配を隠すフード付きローブ型の魔道具で全身を覆っている。とある伝説級の魔道具の模造品らしいが、かなりの出来で元となった物には劣るが高位の魔道具だとか。

アルテは受付嬢が目で追っていたことに気づいていたらしく平然としていた。


 「承知しました。では、こちらの書類にご記入下さい」


 「わかった」


 アルテが渡された書類に書き込んでいくが、俺には文字がさっぱりわからなかった。文字が書けない俺はどうしたらいいんだ。

 よくある異世界転移の小説とかだと代筆を頼んだりするのが多かったけど、アルテが代筆をするか聞かれてなかったことを考えるとこの世界は識字率が高いのか?


 『なあ、俺は字が全く読めないんだが俺がやるときはどうすればいいんだ?』


 「ああ、普通は代筆をするか聞かれるからその時に頼めば良いよ。彼女は私の動き方や装備品から高度な教養のある人間だと分かったから聞かなかっただけだと思うよ」


 『そんな事まで見てわかるのか?というか、なんでそんな事ができる人が受付なんかやってんだよ!』


 「さあね、でも余り気にしない方が良いかな。こういったことは首を突っ込むと大抵面倒なことになるからね」


 『...そうか、わかった』


 なんか酷く実感の籠った言葉だった。いったい何があったんだ。知りたいような知りたくないような。


 「ご記入が終わりましたらフードをお取りになった後、この水晶をお覗き下さい」


 「わかった」


 アルテがフードを下し顔を見せると少しだけ目を見開き見つめた後、アルテが水晶を覗き込んだことに気づき受付嬢が作業を進めていった。


 「もう被ってもいいか?」


 「はい、ありがとうございました。これで登録は完了です。試験は明日の木の時にナタキ迷宮で行いますので、この番号札をお持ちになり事前に門番にお渡しください」


 「わかった」


 「試験が終わりましたら、翌日にまたこちらにお越しください。ランクの入った冒険者のバッジをお渡し致します。次にギルドの規則の説明を致します」


 アルテが頷いた事を確認した受付嬢は説明を始めた。

 説明の内容はよく異世界ものの鉄板と同じでギルドは依頼者と冒険者の仲介又は斡旋をするのでその手数料を冒険者の報酬から引き抜くという事。討伐した証明として指定された部位を持ってこないと依頼達成扱いにしないので気を付けること。


 また、指定部分以外でも獲物次第では買い取りをするし、貴重な薬草や鉱石も買い取るということ。ただし、傷があったり、解体が適切でない場合など品質が悪ければ買い取り額が減るし、良ければ額が上がる事。


 基本ギルドは冒険者が怪我をしたり、死んだとしても何もしないし冒険者同士の喧嘩などにも無干渉だが、犯罪行為を行った場合は衛兵に突き出すし、風評被害の賠償金も払わせるので気を付けること。


 ごく稀に強制召集をかけることがあり、無視すると罰金又は降格、最悪の場合は資格の剥奪をするので注意すること、等だ。

 他にもあるが真面目に生きれば関係なさそうだった。


 「これで説明は終わりです。お疲れさまでした。これからのバルリアでのご活躍を心より願っております。どうかこれからも宜しくお願い致します」


 受付の女性がとても恭しく頭を下げてきた。


あれ、もしかしてなんか気づかれてる?


 「……敵対しない限りはバルリアの事も気にかけておくようにする。それでいいか?」


 「問題ございません。こちらの願いを聞き届けていただき、誠にありがとうございます」


 「気にしなくていい。元々ここは気にしていた場所だ。何かあればこれを使え。私の部下に繋がる」


 「謹んで受取らせて頂きます」


 受付嬢が頭を上げる前にアルテはギルドを出て行った。


 『なあ、アルテの事気づいてた?』


 「何処かの種族の貴族辺りだとは思われてそうだね。吸血鬼だとは気づかれてはいないはずだよ」


 『そうなんだ。あの受付嬢は何者なんだろうな』


 「彼女はここの領主の妻だよ。相当な実力者で、今の私でもギリギリ勝てると思うけど、いくら体は強くても戦闘経験の浅い君なら絶対に勝てない相手だよ。多分Aクラスの中位以上の実力はあるんじゃないかな。

 ちなみにここの領主は今の私なら負けると思うよ?」


 『なんでそんな人が受付嬢なんてしてんだよ。しかも、人間てそんなに強い人がゴロゴロ居るもんなの?てか、さっき言えよ!』


 「さあね。分からないけど、何かあるんじゃないかな?下手に詮索はしない方がいいしね。

 あと英雄クラスの、他の種族でいう侯爵クラスの実力者の人間が多いのは王都とここを含めた3つの城塞都市だけだと思うよ。

 まあ、人間は数が多いからね。英雄は一番多いんだよ。

 多分各種族に王が居なかったとしたら、魔族と龍族以外の種族は人間達と一対一の戦争をしたら負けると思うよ」


 「そうなんだ」


 「だけど、ここの領主は龍族と人間のハーフだからね。妻もエルフと人間のハーフで、此処に居る実力者、いや住人の半分以上はハーフやクォーターだよ」


 危険な魔族の国との国境付近にハーフが多いってことは。


 『差別?』


 「そんなところかな。

 まあ領主はバルリアの管理人として来たし、妻は領主に人間の王から助けて貰って、そのまま結婚して来たから違うけどね。

 ちなみにこの話はとても有名だよ。本当にあった英雄物語だからね。ここは娯楽が少ないからあっという間だったよ」


 『多くてもこの手の話は広まりそうだけどな』


 実際に現実であった波乱万丈な人生を送った人の事を、地球でも映画化や小説化したものがあったはずだ。


 「確かにね。さて、宿をとったら外で訓練を始めるよ」


 『ちょっと待て。バルリアに潜入してからやったことはギルドの手続きだけだろうが。もっと見て回ってからでもいいだろ。というか、このまま町を回るだけにしない?』


 「それは君がCランクになってからにしようか。まだまだ君は未熟だから訓練は当分の間、厳しくするからね」


 俺はアルテのその固い意志を変えることができなかった。


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