【第1章】第8話
ソラが…ゴブリンに拐われた──!?
十郎は、ピィス達のように匂いという特殊な痕跡など知る由もないが、彼には確信できるものがあるのだろう。
(どうする、どう動くのが最善だ?)
あまり考えたくはないが、既にソラは手遅れである可能性が高いように思う。
このまま探したとして、徒労で終わるのではないか?…何より危険すぎる。
「…ピィスさん、あっしらが出来ることは二つ。匂いを辿ってソラさんを探すか、村に戻ってグリンさんに助けを求めるか…」
十郎は決断出来なかった。
卑怯極まりないし、残酷なことだが…選択はピィスに委せることにしたのだ。
一瞬だけピィスと目が合う。
その眼差しには動揺こそ残るものの、諦めまいとする意志がハッキリと見て取れた。
「僕は、ソラの匂いを追うよ」
「ならば、急ぎやしょうか…」
「でも、ジューロさん…危ないし戻っていいよ。これは僕の責任だし…。でも、ワガママだけど、兄さんを呼んできてくれると嬉しいかな…出来れば、だけど…」
ピィスがぎこちなく十郎に微笑む。
「そういうワケにもいかねぇ。雨で匂いが散って見失ったと、そう言ってたのはピィスさんでしょう?後からピィスさんを追えるかどうかが分からねぇ…。あっしも一緒に参りやすよ」
十郎は腕が立つ人間ではないが、子供を一人だけ危険な場所に残したとあっては、侠が廃る以前の問題だろう。
「…ありがとう、ジューロさん」
「お礼なら、ソラさんを見つけてからにしやしょうや」
「う、うん!分かった」
ピィスは決意を固め、力強く頷いてみせると、匂いを嗅ぎつつ進み始めた。
正直言って不安しかないが、このままじっとしていても何も解決などしない。
期待は薄いが、後からグリンが来てくれることを願おう。その場合、リンカも一緒に来ることになるのだろうが…彼と一緒ならば、まず安全だろう。
雨が森の木葉を打ち鳴らす中、十郎はピィスと共に、森の奥へと足を踏み入れていくのであった。
───十郎達が匂いを辿り、ソラを探して森の奥へと進んでいく一方で。
…グリン達の方は未だ会議を続けていた。
ジューロがピィスを追い、出ていってからどのくらい経っただろうか?
あの後すぐに雨が降り始め、日光を隠したこともあり、長い時間が経った気もするし、つい先ほどの事にも思える。
ジューロの連れであるリンカは、村の中をもう一度探すと言い、出て行ってしまった。
その時、会議室の外から此方の様子を見ていた村の子ども達も、リンカと一緒に居るのが見えたのだが…。
今、姿が見えない所を考えると、恐らくはソラを探しに一緒について行ったのだろう。
ピィスの事は、ジューロが追ってくれていることもあり、多少は安心できるが。ソラに関しては不安が募る。
一人で森へ行ってしまったなどと…、祖父が言うように思い過ごしであって欲しい。
会議室では、ゴブリンの目撃情報や動物の変死体を発見した地域でのレンジャー隊による監視、対策などを議論していたが…グリンは心配事ばかりで、集中出来ず上の空だった───
「…と、いうワケで。村の男性を中心として対策の為、笛による合図を行い、有事の際には防衛すべき拠点を把握できるよう、私達が今後指導していきますので、ご協力お願いします」
レンジャー隊の隊長が、最後の挨拶に入り、会議が終わろうという頃。
グリンは、リンカと村の子ども達が扉の外から様子を伺っているのに気付いた。
ソラを無事に見付けることが出来たのだろうか?それとも、村には居なかったのか?
リンカ達の表情に焦りが見える…。それから察するに、結果はどうやら後者のようであった。
隊長の話が済むと、集まっていた村人達が帰り支度を始める。
それを見たリンカは会議が終わった事を察して、グリンに近づき、話し掛けてきた。
「あのっ、グリンさん!ソラさんは村のどこにも…。他の子達も一緒に、心当たりのある場所も探してくれたみたいなんですけど…見付からなくて」
この雨の中、探し回ってくれていたようで。彼女の服は雨に濡れ、足元は泥にまみれている。
「分かった、すぐに行く!ピィスが探しに行ったんだ、既にソラを見付けてる可能性だってあるし、ジューロさんも一緒なら…きっと大丈夫さ」
「は、はいっ!」
気休めだった…そもそも大丈夫だと思いたかったのは、誰よりもグリンの方なのだ。
「でも、急ぐに越したことはないからね…行こう!」
部屋から出て行こうとした時、グリンの祖父…ノーザンの声が耳に届いた。
「グリン!!」
会議も終わり、もう個人で動くのは自由の筈だし、それにソラが村の中に居ないことも、ほぼ確実と見ていい。
何より村の子ども達もリンカと一緒に探したのだ、外へ探しに行く理由として充分の筈だ。
「じいちゃん!もういいだろ?一体なんの…」
今度は止められても森へ向かう。それだけはハッキリ伝えようと、グリンは声の方へ振り向く。
するとノーザンはローブを二着、そしてレンジャー用の武器を一式、投げて渡してきた。
「持っていけ!」
どうやらグリンが出ていく事は見越していたらしく、出発の準備だけは整えてくれていたようだ。
「じいちゃん…分かった、行ってくる」
「行ってきます!」
リンカと頷き合い、外へと駆け出そうとしたその時…、誰かが会議室で声を響かせる。
「あ、あのぉ!ウチの子…どなたか見てませんか?」
どうやら会議に出ていた村人の一人のようで、その声を皮切りに、集まっていた村人達がざわつき始める。
「えっ!?…そういやウチのも居ないな?さっきまでそこに居たのに、どこ行ったんだ?まったく」
「…ソラちゃんを探しに行ってるんだろ?」
「いや…でも、さっき戻ってきてたんだって」
ざわめきが徐々に大きくなり始め、村人の一人がリンカに訊ねてきた。
「あの、嬢ちゃん…子ども達と一緒に居たよね?どこに行ったか知らないかい?」
「えっ…?いえ、村を一緒に探してくれた後、みんなここに戻って来てたと…思いますけど」
「そ、そうなのかい?じゃあ何処に」
「…子ども達で遊びに行ったんじゃないの?」
「この雨だぞ?遊ぶにしても屋敷の中か…トイレに行ってるだけとかか?」
──嫌な予感がした。
グリンも辺りを確認するが…確かに先程まで、リンカと共に会議室を覗いていた子ども達の姿が何処にも見えない。
いや、一人だけ…女の子だけがポツンと立ち尽くしている。
会議室の混乱が大きくなる中、その子は何か落ち着かない様子で目を泳がせていた。
「リンカさんゴメン、少しだけ待って」
「えっ?…あっ」
グリンが女の子に近づくと、リンカもそれを察したようで、後に続いて来た。
「ちょっといいかい?」
グリンが話し掛けると、その子はどうしていいのか分からないといった感じの動揺を見せる。
「グリンさん…。あ、あの…」
女の子が何か言いたそうにしているが、何か戸惑うように言葉を出せないでいた。
「何かあったんだね?大丈夫…怒ったりはしないから、教えてくれないかな」
グリンが跪き、視線を合わせる。
「皆に…、内緒にしてねって言われたから…」
「内緒?分かった、僕も秘密は守るから…何があったのか聞かせてくれないかい?」
グリンがそう約束すると、ゆっくりと…女の子が話し始めてくれた。
「…ソラとピィスを探しに行くって。私も行こうとしたんだけど…女の子だから危ないって。他の皆は行っちゃったの…」
どうやら嫌な予感は当たったようで、最悪な出来事ってのも重なるようだ。
「……分かった、話してくれてありがとう。後は僕に任せてくれ」
「あの、ごめんなさいグリンさん!皆もきっと、心配だっただけだから」
「大丈夫、皆は無事に連れ戻すよ」
グリンは女の子の頭を軽く撫で、微笑んでみせた。
しかし、事態は最悪の方向に動いている。
とりあえずは内密に…隊長にこの事を伝えて、動いて貰うしかないだろう。
そう思って立ち上がろうとした時、女の子がグリンの背後を見て、固まっていることに気付いた。
どうしたのだろうと不思議に思い、女の子が見ている方へ振り返ると、背後には祖父のノーザンが立っていた。
…どうやら全てを聞かれていたらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ノーザンは黙ったまま踵を返すと、レンジャー隊の隊長を呼び、耳打ちをし始めた。
「じいちゃん、ちょっと待っ…」
話を止めようとするが、グリンはノーザンに片手で口を塞がれた…老齢とは思えない力だ。
「グリン、お前は先に森へ行け…」
ノーザンが一言だけグリンに言う。
「…でも、あの子の事は」
この件は内緒にすると約束したばかりなのだ。
それを迂闊に喋っては、女の子も責められる可能性だってある。
そんなグリンの心配などを余所に、ノーザンは隊長にもう一言なにかを呟く。
隊長はそれに頷くと、レンジャー隊のメンバーに合図を送り、他の隊員と共に会議室から出ていった。
「みな!すまないが…落ち着いて聞いてくれ」
ノーザンは村長として声を響かせる。
ざわめき立っていた村人達の視線が一斉に村長へと向けられた。
「ワシは、子ども達がここから出ていくのを見ていた…のだが。あの子達を止めず…ただ傍観してしまっていた、申し訳ない…」
ノーザンは村人達に深々と頭を下げた。
「そ、村長?」
「…どういうことです!?」
村人達に動揺が走り、再び会議室がざわつき始める。
「すまない、ワシの話を聞かれていたのだろう。…まさか子供達だけでソラ達を探しに行くとは、思いもよらなかったのだ。…子供の行動力を甘く見ていた」
ノーザンは頭を下げたまま、微動だにしなかった。
「村長!!?あんた、何で…見ていたのに黙ってたんだ!?」
「そ、そんな…何でそんな!万が一の事があったら」
「…すまない、全ての責任はワシにある。…処罰はどのようにも受ける」
村人達が村長に対し、罵倒したい気持ちと早く子供を連れ戻したい気持ちで葛藤している焦燥感が伝わってくる。
子供の親は特にそうだろう、錯乱一歩手前といった感じだった。
「お、俺は森に行くぞ!ウチの子に何かあったら堪えられねぇ!」
「わ、私も行くわ!あぁ…あの子、怖がりなのに…どうしてこういう時は相談もしないの…」
ざわつきが混乱へと変わりつつあった。
不安と焦燥は伝播し、村人達が今にも飛び出して行きそうな時だった。
レンジャー隊のメンバーが会議室へと戻ってきたのだ。
「村長ッ!!準備出来ました!いつでも行けます!」
レンジャー隊は皆、既に装備一式を身に付けており、隊長を含めたレンジャー隊それぞれが村人達の元へと行くと、落ち着かせるよう説得と説明を始めた。
「子ども達を見付けたら笛で合図を送ります!皆さんも向かうのであれば、レンジャーを含めたフォーマンセルで向かうようにして下さい、…無茶はしないようにお願いします!」
グリンもレンジャー隊の一人ではあるが、彼らの迅速な対応に一瞬だけ見入ってしまっていた。
それを、ノーザンが頭を下げたまま、グリンのことを半ば睨むようにして…視線を向けていることに気付く。
「グリンさんっ──!」
リンカも既にノーザンの意図は気付いていたようだった。
そうだ、先に行けと言われていたではないか…!
「──ッ!ごめん、行こう!」
ノーザンに渡されたローブを羽織ると、屋敷から飛び出し、リンカと共に村の外へと急ぐ。
雨脚はやや弱まってはいたが、匂いの判断がつく程ではなかった。
ソラ、そしてピィス…。
何もなければそれが一番良い、村人からの信用を失ったとしても構わない、弟たちの命の方がずっと大切だ。
今の頼みの綱はジューロだった。願わくば皆を守って欲しい…。
厚かましい願いだと思いつつも、グリンは子ども達の無事を祈りながら、リンカと共に森へ向かって駆けていくのであった───
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