【第1章】第2話
リンカが倒れきる寸前、十郎が駆け寄り、何とか受け止めることが出来た。
「リンカさん!?」
獣の顔を持つ不思議な人達も、こちらの異変に気付いたようで何事かと集まってくる。
「お姉さん、大丈夫!?ひょっとして怪我でもしたの!?」
そう先に声を掛けてきたのは、猫の顔を持つ女の子だった。
他の二人も不安げにこちらを覗き込んでいる。
「…ん、大丈夫。ちょっと立ちくらみしただけ」
どうやら意識はあるようで、心配してくれた女の子にリンカが返事をした。
…見る限り、外傷はないように思える。
とすると、思い当たるフシがあるとすれば疲労だろう。
「リンカさん、やはり無理をしてなすってたんですね?」
先ほどの戦闘では気を張る場面もあった。
疲労が溜まっていた上にあの出来事だ、倒れても不思議ではないし、万が一のことも考えると、やはり何処かでしっかりと休ませるべきだろう。
それに、餓鬼にも見える物怪が潜んでいることが分かった以上、野宿は避けたかった。
「私は大丈夫、ちょっと気が抜けただけですから」
リンカがフラフラと立ち上がり、そう返してきたが、大丈夫なものか。
十郎は一旦リンカを無視し、彼らに問いかける
「お兄さん方に、おたずねしてぇんですが。この辺に旅籠屋、えぇと…宿などはありやせんでしょうか?」
「宿か、そうだなウチの村は…いや、とにかく案内するよ。寝床くらいは用意できるハズだから」
犬のような顔つきの青年が、少し逡巡したように見えたのは気になるが、休める場所があるなら助かる。
今はリンカを安全に休ませる目処が立ったことを素直に喜ぼう。
「そいつはありがてぇ、じゃあリンカさん」
十郎は背負ってたリュックを体の前に掛けなおし、背中に空きを作ると、リンカの目の前で背負う姿勢をとった。
「えっ、あのっ」
「はやく」
嫌がろうが何だろうが、もう関係ないし有無を言わせる気もない。
「すみません、ジューロさん…」
リンカも観念したのか、大人しく十郎の背中に体を預けた。
彼女の柔らかな体が布越しに背中に触れ、良い匂いが鼻腔をくすぐる。
リンカを背負うのは二度目なのだが、今まで意識する余裕が十郎になかったのだろう。
一瞬たじろいでしまいそうになるが、何とか平静を装った。
流石に自分から背負っておいて、これでは格好がつかない。
「荷物は僕が手伝うよ」
頭の中がゴタゴタしている時、声を掛けてきたのは犬の顔をした少年だった。
「ありがとうござんす、お願いできやすか?」
しどろもどろにならないだけマシだが、若干早口になってしまう。
「もちろん!」
十郎は少年が話し掛けてくれたことに感謝した。
気が紛れたお陰で、リンカを必要以上に意識せずに済みそうだし、残りの荷物もどうしようかと悩み所でもあったので、その申し出は助かる。
少年には振分荷物とリンカの杖を任せることにした。
一通り、こちらの準備が整ったのを見計らって、犬のような顔つきの青年が続けて話し掛けてくる。
「…えっと、誘っておいて言うのもなんだけどさ?到着しても気分を悪くしないで欲しい。ウチの村…【ラサダ村】っていうんだけど、あまり余所者は歓迎してないから」
「ふむ?そいつは普通の事でしょう。休めるアテが出来ただけでも僥倖でござんす。それにそっちにも事情ってもんがあるでしょうし、出来るだけ長居はしねぇようにしやすよ」
そもそも余所者が歓迎されないのは当然の事だろう。
十郎の故郷だって例外ではなく、流れ者など不審なだけだし、流行り病を持ち込まれる心配だってある。
つまり、彼の言うことは当たり前の事なのだが、わざわざ忠告したという事は…。行った所で追い出される可能性がある事くらいは留意しておくべきか。
そうなった場合そうなった時に考えよう。
「…すまない、そう言ってくれると助かるよ。僕の名前はグリン、そして弟のピィスと、女の子はソラ。短い付き合いになると思うけど、よろしく」
「ご丁寧にありがとうござんす。あっしの名は十郎、そして背中の娘さんがリンカさんと申しやす」
「リンカです、よろしくお願いします」
「うん、よろしく。早速案内するよ、さっきの【ゴブリン】共が戻ってこないとも限らないからね」
彼の話から推測すると、ゴブリンというのが先ほどの物怪の名前らしい。
彼が言うように、再びゴブリンとやらが戻ってくる事態になったなら厄介だ、この場から速やかに離れたい。
それに、グリンという青年が案内してくれるなら道中は心強い限りである。
彼の弓取りとしての腕は中々のものだと思えたからだ。
「ピィス、ソラ、周囲に異変があったらすぐに僕に知らせてくれ」
子供二人が緊張した面持ちでグリンにうなずくと、尻尾と耳をピンと立てる。
「それじゃ行きましょう、僕の後についてきて下さい」
「うむ、承知しやした」
十郎達はグリン達の後に続き、彼らの村…ラサダ村に向かって移動を始めるのだった──
道中、しばらくして十郎がリンカに疑問を投げ掛ける。
「リンカさん、お訊きしてぇことがありやして」
「えっ、なんでしょう」
「彼らは何者なのでござんしょうか?」
「えーっと…、それってどういう…??」
質問の意図が分からないといった様子でリンカが困惑している。
「あっ、すまねぇ。なんというか…説明しやすと、あっしの故郷じゃ獣の顔を持った人を見たことがありやせんので、リンカさんは知らねぇかなぁ?と」
彼らに直接これを聞いていいのかどうか、判断がつかないのでリンカに訊いてみた次第だった。
不用意にこんなことを聞いて、失礼に当たる真似は避けたかったこともある。
「…えーっと、あの人達は【獣人】さんです」
「獣人さん、でござんすか?」
「はいっ!あの…本当に知らないんですか?珍しい人達ではないと思うんですけど」
「うむ、知らぬし初めて見やした」
「そ、そうなんですか?えっと、人より鼻が利いたり夜目が利いたりするくらいで、他は人間とさほど変わらない人達です」
「ふぅむ、なるほど…!?教えて頂き、ありがとうござんす」
リンカの反応から察すると、異国では常識なのかも知れないが、十郎だって知らないものは仕方がない。
万が一にも妖怪のたぐいかもしれないと勘ぐっていたが、そういうものではないようで一安心である。
「リンカさんが居てくれて助かりやすよ、あっし一人だけだったら彼らを妖怪のたぐいと勘違いして、一悶着あったかもしれやせんし」
「いえ、そんな…私も知らないことは沢山ありますよ」
リンカが背中で謙遜したように言う。
「しかし、リンカさんが知ってる事だけでも色々と教えて貰えるなら有難いでござんす。あっしは余りにも異国の事を知らぬから、お願いしやすよ」
「…はいっ!私が知ってることで良ければ」
しかし異国は凄いなぁ~…と、十郎は染々と思った。
自分が知らないだけで、ひょっとすれば故郷にも獣人とかいうものがいたかもしれないが、見たこともないようなものばかり目にしているのは、異国だからこそと思える。
(危険な目にもあってはいるが、貴重な経験ほど財産になる──)
かつて親分が言っていたことを思い出す。
一家の元に急いで戻りたいのは山々だが、その道中くらいは色んなものを見たい…という気持ちも十郎には湧いてきていた。
「そういえば、王都はリンカさんの故郷であると言っておりやしたよね。やはり彼らのような人もいたのでござんすか?」
「ええ、友達にも獣人の子がいたんですよ?他にもエルフの子とか色々…みんな、元気にしてるかなぁ。こんな状況ですけど私、帰ってみるのが少し楽しみなんです」
リンカを背負っているから表情は見えないものの、彼女の弾んだ声を聞く限り、少しだけ元気を取り戻してくれたように思えた。
「お姉さん達は王都に行くの?」
そんな折、リンカとの話を聞いていたのか、猫の顔をした少女がリンカに話し掛けてくる。
名前は確か…ソラと言ったか。
「うん、ちょっとした里帰りみたいなものかなぁ?ジューロさんは、えーっと…」
リンカが少しの間を置く、話せる内容を選んでいるのだろうか?
イゼンサ村での出来事はともかくとして、故郷の手掛かりを探しに向かうことは別に隠すものでもないし、少女との話は彼女に任せておこう。
そう判断し、口を挟むこと控えていると…。
「私を誘拐してる途中なの」
などと、シャレにならない事を言ってのけた。
これには十郎もたまらず「ぬぁっ!?」と、素頓狂な声をあげる。
その話を聞いていたのか、先導していたグリンとピィスが一斉に視線を向けてきた。
「えっ!?」
「ええっ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっている二人を見て、犬のような顔をしてるのに鳩みたいななぁ…などと、肝を冷やしながらも、一周回って現実逃避めいたことを十郎は考えていた。
「えっ!本当!?」
一方でソラという少女は、何故か目を輝かせている。
「ふふっ、冗談ですっ」
リンカが十郎の背中で楽しそうに笑う。
脱力感から、突っ伏して倒れたい気持ちになったが、ぐっとこらえた。
…何というか、リンカとしては冗談の範疇かもしれないが、一概に否定し難い事を言うのは勘弁願いたい…、いや本当に!
でも、軽口を言えるくらいの元気が戻ったのは良いことだ(良いことか?)と前向きに捉えることにした
「いやぁ、複雑な事情でもあるのかと思ったよ」
グリンは軽く笑って流してくれた。
「ぬはは、いやぁ…。あっしは故郷を探しておりやして。リンカさんには、手掛かりのありそうな王都までの道案内をして貰っている次第で」
まぁ、複雑な事情もあるにはあるのだが、そこは説明する事でもないと思う。
「故郷を?」
「うむ、日ノ本という国でござんすが。グリンさんは存じ上げてはおりやせんか?」
「ヒノモト?うーん、僕は聞いたことないなぁ…。力になれなくてすまない」
「左様でござんすか、気にしないでおくんなさい。手掛かりがたやすく見付かるとも思っちゃおりやせんので」
とは言ったものの、やはり少しは期待していたのだが…残念だ。
「手掛かり、見付かるといいね!」
励ますように声が掛けられた、確か名前は…ピィスという少年だ。
気付かぬ内にガッカリとした表情が顔に出てたのか、こちらを気遣ってくれたように思えた。
「うむ、ありがとうござんす!」
何はともあれ、リンカの冗談は十郎の肝を冷やしたものの、グリン達と会話をする良い切っ掛けになったのは間違いないだろう。
その足のままグリン達と会話を交えつつ、少しだけ打ち解け合いながら村へと向かうのだった───
グリン達の村、ラサダ村に到着すると、まず最初に目に入った光景は子供達の姿だった。
グリンと同じく、皆が犬のような顔つきをしていて、そんな子供達が蹴鞠(けまり)のような、丸く弾むものを追いかけあって遊んでいる。
その子供たちがグリンに気付くと声を掛けてきた。
「グリンさん、おかえり~!今日は帰ってくるの早かったね」
あっという間にグリンが子供たちに囲まれる、彼が好かれているのが良く伝わってくる。
「ただいま皆!途中で旅の人を見つけてね、宿を探してるらしいから案内してるんだ」
「旅の人?珍しいね。でも村に宿はないのに、どうするの?」
「僕の部屋を貸すつもりだよ、僕は弟の部屋で寝ればいいし、弟には説きょ…この後じっくり話もあるからね、なぁ?ピィス?」
「うっ…」
グリンの言葉にピィスが少し引きつった笑顔を見せ、そのまま動かなくなった、どうやら硬直しているようだ。
そんなグリンの一言で、子供たちがピィスとソラに気付くと、硬直してるのなんてお構い無しといった感じで、ピィスとソラを囲むと質問を投げ掛けてくる。
「あっ、ピィスとソラもいるじゃん!」
「見掛けないと思ってたけど、三人でどこかに出掛けてたの!?」
「ズルいなぁ!何で誘ってくれなかったのさぁ」
子供たちがワイワイと二人に詰め寄っているが、責めるというような感じではない。
揉みくちゃにされたり、くすぐられたりしているが、ピィスもソラも、その笑顔は柔らかいものだった
きっと、みな仲が良いのだろう。
「あぁもー!違うってば、くすぐったいってみんな」
ピィスが揉みくちゃになっているのを見かねてか、ソラが子供たちに口を挟もうと声を掛けようとした。
「あ、あのね?別に遊びに行ってたんじゃなくて…えっと…」
しかし、ソラは何かを説明しようとしたものの、言い淀んでから口ごもる。
「ふ~ん?…それにしたって、黙って行っちゃうなんて、どうせなら今度は私たちも誘ってよね?」
子供たちの話を聞いていたグリンは呆れたといった風に大きな溜め息をつく。
「まったく…堂々とそういう話をするんじゃない。みんなには散々言ってるだろ、村の外に出ちゃダメだって」
「え~?でもさぁ!今日は三人で出掛けてたんでしょ?」
子供の一人がグリンに抗議する。
「たまたま村の外でピィス達と遇えただけさ、それで一緒に帰っただけだよ。それにピィス達はゴブリンに襲われてて本当に危ない所だったんだぞ?旅の人が居なきゃ、どうなってたかさえ分からないんだ」
「そ、そうなの…?私も村の外にも行ってみたかったのにな」
獣人の子達はガックリと肩を落として意気消沈する。
十郎がそんな彼らのやり取りを眺めていると、獣人の子供の一人が、十郎の顔を下から覗き込んでいることに気付き、その子と目が合った。
三度笠で顔が隠れているのが気になったのだろうか?
「…あっ、旅の人たちって…ヒト族!?」
「えっ?ヒト族?ホント?」
子供達が今度は十郎達に気付くと、興味津々といった様子で周りを囲んでくる。
先ほどまで意気消沈していたのが嘘のような元気さだ。
「本当だ!ねぇねぇ、二人共どこから来たの?」
「ここに来るヒト族って配達屋さんくらいしか見たことないわ!」
「分かった!迷子になったんでしょ!」
子供達の元気さ加減に圧倒される。
前に居たイゼンサ村では、ある事情から子供は一人しか残って居なかったのだが、子供が数人いるだけで活気に満ちるものなのだろう。
「う、うむ?まぁ、あっし自身は迷子みてえなもんかもしれやせんけど…」
十郎は圧倒されるまま、思わず返事をしてしまい、しまったと思った。
こういう事こそリンカに任せておくべきだっただろう。
「変な格好だし、それに変な言葉使い!ヒト族って皆そうなの?」
「そんなに変でござんすかね?」
「うん!旅芸人みたい!」
「左様かぁ…変でござんすかぁ、ぬぅ?そんなに?」
どこの国であっても、子供というものは良くも悪くも自分に正直なのだろうか?
歯に衣着せぬような物言いである。
そんな子供達と十郎の会話を聞いていたリンカが「んっ!ふっ…!」と、声を押し殺して笑っているのが分かった。
「それにさ、女の人は不思議な匂いもするし!」
「ふえっ!?」
子供の話題が不意にリンカの方へと向くと、それまで背中で笑っていたリンカが、驚いたような声を小さく上げた。
そして、その一言がどうにも気になったようで、リンカは自分で自分の匂いを嗅いでいる。
「…あの、ジューロさん、私ってそんなニオイます?」
「ふむ、相変わらず良い匂いでござんすが?」
「…」
何故かリンカがピタリと黙ってしまった。
正直リンカに黙られるのは困る、十郎は異国の事を知らないのだ。
知らず知らずに変な事を口走ってしまう可能性があるから、異国の人との会話は極力避けたい。
なので出来ることなら子供たちへの対応は彼女にして貰いたかったのだが…。
「はいはい!皆ストップ、そこまで!旅の人が困っているだろ?二人とも疲れているみたいなんだ、話とかは後、いいね?」
「「はぁ~い!」」
グリンが助け船を出してくれると、子供達も素直に従って十郎達を解放してくれた。
「ピィスもソラもまたね~!」
「後で外の話も聞かせてね~!」
そう言って子供達は、また蹴鞠のようなモノを追いかけ、行ってしまった。
「ごめんね二人とも、あの子達も悪気があるわけじゃないんだ。大目に見てやってほしい」
「あっ、いえ!元気なのは良いことですから!ね?ジューロさん」
「そうでござんすな、子供は元気が余ってるくらいが安心ってもんで」
「はは、ありがとう二人とも。…あっと、家までもうすぐだから」
再びグリンが歩き出し、その背中について行く。
それを見たピィスとソラも一緒に歩きだし、互いに何か喋っているようで良い顔を見せていた。
「二人を助けられて良かったですね!ジューロさん」
リンカが耳元で囁く。
ピィスとソラ…その子らの笑顔を見てそう思ったのだろう。
だが、十郎だけはチクリと心に痛みが走った。
情けない話だが、あの時…十郎は助けに行くことを躊躇した。
いや躊躇ではない、厄介事は御免だと、親分にも言われていた侠気を忘れ、子供さえ見捨てようとしていたのだ。
「うむ、リンカさんのお陰でござんす」
「?助けたのはジューロさんじゃないですか、私は何も出来なかったです…」
彼女はそう言うが、果たしてそうだろうか?
あの時、リンカが動かなければ、きっと子供を助けたりはしなかっただろう。
あの時、グリンが来ていなかったら、リンカが危なかったかもしれない。
何も出来ていないのは十郎の方だろう…。
いや、出来ていないだけならまだ良い。
イゼンサ村で、十郎が余計な真似さえしなければ、リンカも平和なまま、あの場に居られたのかも知れないのだ。
色々な思いが渦巻いていて、十郎はそれを彼女に伝えたいと思ったのだが…、気持ちを言語化するのは難しいもので、それでも十郎は一言だけでもと、何とか言葉を発してみせた。
「リンカさん」
「はい?」
「ありがとうござんす」
「…えっ??」
背中でリンカがまた黙ってしまう、何を指して礼を言われたのか分からないといった感じなのだろう。
やはり思っていることを言葉にするのは難しいものだなぁと十郎は思いながら、グリンの後に続き、歩みを進め、彼の家へと向かうのだった───
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