第50話 新たな企み(※sideオーブリー子爵夫人)
王宮で催される祝賀会の招待状が我が家にも届いた時、悠長に構えてなどいられない状況にあるにも関わらず、私の胸はときめいた。
元々豪華に着飾って華やかな集まりに出かけて行くことが何よりも大好きな私。結婚して母となってからもそれはずっと変わらなかった。
(さすがは氷の軍神騎士団長ね……。また大きな武勲を挙げたってわけ。その妻であるエディットの養家の者として、私たちも一家で招かれたわ。なかなか誇らしいことじゃないの。きっと会場では軍神騎士団長に次いで注目の的になるわね)
ほんの一瞬、あの小娘がどんな様子でその場に出てくるのかが気になった。だけどあの気弱で従順な娘に限って、妙なことを喋るはずがない。そうなるように散々躾けてきたんだもの。暴力と暴言で恐怖を植え付け、抑えつけ、私たちに逆らうことができないようにした。
(あんなにビクビクと怯えきって育った子だもの。王宮での祝賀会になんか、出て来られないかもしれないわね。もしかしたら、ナヴァール辺境伯はお一人で参加されるのかも。だってあんなオドオドした小娘なんか連れて来たって、恥をかくだけでしょうしねぇ……)
居間のソファーに腰かけ招待状を見つめながら、私は考えた。あの子が辺境伯に嫁いでいってからもう一年以上が経つ。今のところ、辺境伯からあの子に対する苦情や返品の申し立ては来ていない。……あの子がどうにか上手くやってるってことかしら。恐ろしい軍神の元で、ただの性奴隷のように歯向かうことなく従順に暮らしている……?
(……いずれにせよ、いい機会だわ。あの小娘がどう暮らしているのか辺境伯に探りを入れられるかもしれない。それに……、相談したいこともあるしね)
なぜかどうしてもエディットを貰い受けたい様子だったナヴァール辺境伯は、この屋敷からあの子を出すことを渋る私たちに破格の支援金を提案してきた。私と夫は可能な限りその金額を吊り上げ、最終的に喜んで小娘を差し出した。あの娘が氷の軍神の元でどんなひどい目に遭おうがどうでもいい。これで当面はまた優雅に暮らすことができる。バロー侯爵家の莫大な財産をすでに食い潰しつつあった私たちにとって、それは渡りに船のありがたい提案だった。
あの子が余計な情報を得ぬよう、そして余計なことを喋ってしまわぬよう、生涯この屋敷の中に閉じ込めて過ごさせるはずだった計画は、辺境伯から提示された大金の前に頓挫した。だからこそエディットがこの屋敷を出て行く前に、一層厳しく言い聞かせ、脅し、洗脳したのだった。エディットはすっかり怯えきった目で、夫と私の言葉にガクガクと頷いていた。
「えっ?!王宮での祝賀会に、私たち一家も出席できるの?!すごいわ!嬉しい……っ!」
招待状が届いてから日を置かずして、私は上の娘アデライドと、すでにラフォン伯爵家に嫁いでいた下の娘ジャクリーヌも呼び寄せてそのことを伝えた。
ジャクリーヌは飛び上がって喜んだ。この子の夫となったラフォン伯爵家の嫡男は見目の悪い陰湿な男で、ジャクリーヌは上手くいっていなかった。時々伯爵邸を飛び出してここへ帰ってきては夫や義母の愚痴ばかり言っていた。そんなジャクリーヌにとって、王宮でのパーティーに出席できるなど久しぶりに胸がときめくイベントなのだろう。
私たちが選んだ相手との結婚生活が不幸なものとなってしまったようで申し訳ないが、ラフォン伯爵家との繋がりは命綱でもあった。あちらは領地経営が順風満帆のようで、いざとなったら援助も期待できるかもしれない。
「他家のご令嬢たちから話は聞いているわ。かなり大規模な祝賀会みたいよ。高位貴族の人たちは軒並み招かれているみたい。……お母様、新しいドレスを作りましょう。国王陛下から表彰されるナヴァール辺境伯の姻戚である私たちもきっと、大勢の方々から注目されるわ。着たことのあるドレスで列席して、着回しがバレてしまったら恥ずかしいもの」
アデライドも私と同じことを考えたらしい。この子の夫として我が家に婿入りしたドラン子爵家の次男もまた、パッとしない男だった。いつもおどおどしていて要領も頭も悪い。領地の仕事を手伝わせても、何一つまともにできやしなかった。せめてこの婿がもっとマシな仕事をしてくれれば、うちの経営状態も少しは持ち直したかもしれないのに……本当に使えないわ。
こちらの夫婦もジャクリーヌのところと同様、すでに関係は最悪だった。
うちはうちで金がどんどん減る一方で夫も私も最近では心にゆとりがなく、オーブリー子爵家は皆ギスギスした気持ちで生活していた。
だけど。
「……そうね。せっかくだから奮発していいドレスを作らせましょう。私たち一家がみすぼらしい格好をして列席したら、ナヴァール辺境伯にも恥をかかせてしまうことになりかねないわ。何せ姻戚ですもの。ふふ」
私は悠然とそう答え、口角を上げた。
大層な武勲を挙げて国王陛下ご夫妻から表彰されるエディットの夫。間違いなく、多額の褒賞金も与えられるだろう。
(祝賀会の場でエディットのことを引き合いに出し、また支援金を強請ってみせる。あれほどしつこく食い下がってまで、あの小娘をうちから連れて行ったのですもの。差し出してあげた我がオーブリー子爵家には頭が上がらないはずだわ)
そんな算段をしながら、私はほくそ笑んだ。
その夜帰宅した夫と部屋で二人きりで話をした時、彼も安心したように笑っていた。
「いいタイミングじゃないか。今後どう金策していけばいいかと頭を悩ませる必要がなくなりそうだな。……何でもナヴァール辺境伯の今回の働きは凄まじかったらしい。南方に攻め入ってきた軍勢を、王立騎士団が到着する前に制圧してしまっていたらしいからな。噂に違わぬ軍神ぶりだ。相当の謝礼が出るはずだぞ。あの小娘をナヴァール辺境伯に嫁がせることができたのは幸運だった」
「……あの夫婦に仕組んだことが成功したことといい、私たちは強運だわ。神は私たちの味方なのよ。ここぞという時に必ずチャンスが巡ってくる……」
思わずそう呟くと、夫が厳しい目で私を制す。人差し指を口元に当て、ニヤリと笑って言った。
「そのことはもう口にするな。……あれはただの事故だ」
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