第49話 大広間へ
ついに迎えた、祝賀会当日。
宿泊していた高級宿の、一番大きな部屋の中。私はカロルたちをはじめとする侍女たち5人がかりで身支度を整えてもらっていた。
「……素晴らしいですわ、このドレス。急だったのによくこんな素敵なドレスを作ってもらえましたこと」
「本当ですね!エディット様の優しくて柔らかい雰囲気にもピッタリですし、辺境伯夫人としての気品も感じられます。それに、膨らんできたお腹に負担もかからず、なおかつこんなに可愛いデザインで……!」
……たしかに。これはすごいわ……。
姿見の前で自分のドレス姿を見ながら、私は感心していた。
目の覚めるような美しいサファイアブルーの生地はとても柔らかで、胸下の切り替えから下にふんわりと広がっている。お腹が全然締め付けられず、苦しくない。とても繊細でしっとりとした生地なので寂しい印象になってしまわないようにと、上から同系色のふわふわしたオーガンジーの生地が幾重にも重なっている。そして全体的に施された、ゴージャスな銀糸の刺繍。それはもちろん、マクシム様の瞳の色に合わせて作られたものだった。
アクセサリーはパールで統一され、華やかにふんわりと編み込みを作ったハーフアップの髪のところどころにも、同様にパールの飾りを付けてもらっている。
正直、あまりの美しさに圧倒されてしまう。鏡の中に映る人物は、まるで別の誰かのよう。どこかの国からやって来たお姫様みたい。
知らなかった。私って、こんなにも……。
「はぁ……。本当にお美しいですわ、エディット様……」
「ええ。お姿は見慣れていたつもりですが、まさか最大限に着飾るとここまで神々しくなられるなんて……」
「っ!」
惚れ惚れとした様子で私の姿を上から下まで眺めてはため息をつくカロルとルイーズ二人の言葉に、ハッと我に返る。……自分の姿に見とれていたなんて。恥ずかしくて真っ赤になってしまう。
「きっと会場の誰よりもお美しいはずですよ。どれほど注目されることか……。ですが、お任せくださいませね、エディット様!私たちがずっとおそばで見守っておりますので。怖くありませんよ」
「そうですよ!せっかくこんなにもお美しくドレスアップされたのですもの。旦那様の晴れ姿を見て、どうぞ目一杯パーティーを楽しんでくださいませ」
「……ふふ。ええ。ありがとう二人とも」
私を勇気づけてくれる二人の言葉に微笑みを返す。その時、別の侍女が私に声をかけてくれた。
「奥様、旦那様がお部屋の外でお待ちでございます。お支度は整ったかとお尋ねで」
「あ……、ありがとう。今行きます」
カロルたちに付き添われ、私はドキドキしながら部屋の外に出た。そこにはすでに、騎士の正装をしたマクシム様が私のことを待ってくれていた。
「…………っ!」
(す……、素敵……)
部屋から出てきた私のことを見たマクシム様が、驚いたように目を見開き、口を開ける。そんなマクシム様は、白を基調とした衣装に身を包み、漆黒の髪を後ろに撫でつけるようにきちんと整えてあって、息が止まるほど素敵だった。その白い正装のところどころにはネイビーブルーの装飾が施され、それが私の瞳の色に合わせてのものだと思うと、嬉しさのあまりますます鼓動が高鳴る。
「……とても素敵です、マクシム様……」
「…………。」
「……?……マクシム様?」
私がそう話しかけても、押し黙ったまま唇をぎゅっと引き結び、ただ私の顔を見つめ続けるマクシム様。
もしかして、このドレス姿がお気に召さないのかしら……、マクシム様の要望通りのものを作らせたと仰っていたけれど……、などと私が不安になった頃、マクシム様はふいっと明後日の方に視線を逸らした。そして、
「……綺麗だ、エディット……」
と、ただ一言、絞り出すような声でそう言ってくれた。
マクシム様の耳も首筋も、真っ赤になっていた。
◇ ◇ ◇
あの日以来久しぶりにやって来た王宮は、相も変わらず荘厳で華やかで、私の緊張も最高潮に達した。マクシム様に手を引かれておそるおそる馬車から降りると、そこはすでにきらびやかに着飾った大勢の人々で溢れ返っていた。皆がにこやかに談笑しながら、会場となる大広間へ次々に吸い込まれるように入っていく。
「行こうか、エディット」
「……は……はい……」
そう答える声は掠れ、情けなくも足がガクガクと震えている。
(……大丈夫、怖くない。こんな時のために、この日のために、これまでマナーを勉強してきたのだもの。それに、私の隣にはマクシム様がいてくださる。それに皆も……)
チラリと振り返ると、同行してくれているセレスタン様やカロルたちが微笑んでくれる。
「大規模な祝賀会ですねぇ。せっかく出てきたんですから、たっぷりこの雰囲気を楽しんでから帰りましょうね、エディットさん。美味しいものも食べられますよきっと」
セレスタン様はそう言うと私の顔を覗き込むようにしてにっこりと笑う。パーティー用に着飾ったセレスタン様も、とても素敵だ。
「は、はい」
「……俺に掴まっていろ、エディット。何も心配しなくていい。今夜のお前は、誰よりも綺麗だ。練習していたとおり、堂々と歩けばいい。なかなか様になっていたぞ」
旅立つ前に先生と歩き方やカーテシーの練習を繰り返す私を見守っていたマクシム様が、優しくそう言ってくれた。
「……ありがとうございます、マクシム様」
「ほら、腕を」
「はい」
マクシム様の腕にそっと手を添えピタリと寄り添い、私も大広間に向かって歩きはじめる。
豪華なシャンデリアの灯りがきらめく会場の中に、二人並んで足を踏み入れた。その瞬間、大勢の貴族たちの視線が一斉にこちらを向き、ざわめきは徐々に静まっていった。
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