第34話 セレスタンの報告(※sideマクシム)

「じゃあ、行ってくる」

「はい、いってらっしゃいませ、マクシム様。どうぞお気を付けて」

「……。」


 ……可愛い。


 日課となった、出勤前の朝のエディットの見送り。油断すれば鼻の下がだらしなく伸びそうになるのをぐっと堪え、最後にもう一度チラリと愛妻の顔を見る。

 星々が瞬いているような、キラキラしたネイビーブルーの瞳で俺を見上げ、微笑むエディット。いまだに毎朝この笑顔を見るたびに胸が甘く締め付けられる。


「……また夜にな」

「はいっ」


 名残惜しくもう一度言葉をかけ、俺は屋敷を後にした。






 その日騎士団の詰め所に顔を出すと、久しぶりにあいつの姿があった。


「お、やっと来た。おはようございます団長」

「セレスタンか。戻ったんだな。ご苦労だった」


 数ヶ月ぶりに見る部下の色男に労いの言葉をかけた。


「収穫はあったか」

「はい、それなりに。早急にお伝えしておきたい情報を得ましたよ」

「そうか。一段落したら早速聞こう」


 こいつがそう言うということは、何か重要なことを得て戻ったのだろう。

 はやる気持ちを抑えながら、俺は溜まっていた仕事を次々と片付けていった。




「────そうですか。奥方、ついに打ち明けてくださったんですね。……やはりあのオーブリー子爵一家はろくでもない人間どもだったというわけか。上の娘には、俺も当たってきたんですよ」

「そうか。何と言っていた」

「たしかにエディット嬢の言うとおり、オーブリー子爵夫妻が折檻をしていたのは間違いないようです。娘もそう言っていましたからね。ただ、自分たち姉妹もそこに加担していたことは一言も言わなかったなぁ。陰湿な女だ」

「……お前まさか、オーブリー子爵家のその娘にまで手を出してはおるまいな」

「まさか。勘弁してくださいよ。俺だってその気がありそうなら誰でもいいってわけじゃないんです。食指が動かない相手もいますよ」


 俺の執務室のソファーにどっかりと腰かけケタケタ笑ってそう言ったセレスタンが、ふいに真面目な顔をして前のめりになる。


「その上の娘からオーブリー子爵家に関するいろいろな情報を聞き出して、関係の深い人物たち数人に当たってみたんです。その中で、どうも気になる話を聞きまして……」

「……どんな話だ」


 俺が急かすと、セレスタンは眉間に皺を寄せながら腕を組んだ。


「ええ。それが、バロー侯爵夫妻がまだご存命だった頃に、長年オーブリー子爵家に勤めていたという使用人たちがいましてね、もう子爵家での勤めは辞めていたんですが。そのうちの何人かと直接会って話を聞くことができたんです。……何でもその昔、オーブリー子爵夫妻はある時期頻繁にバロー侯爵夫妻の屋敷を尋ねていたというんです。その元使用人らが言うには、その頃、オーブリー子爵家は今のように羽振りが良くはなかったそうで」

「……。……それで」

「侯爵夫妻との話を誰にも聞かせないよう、話し合いの場ではバロー侯爵家の使用人たちをはじめオーブリー子爵夫妻に付き従っていた使用人たちも、いつも全員部屋の外に出されていたそうです。だから話の内容ははっきりしないのですが、おそらくは金策の相談だったのだろうと言っていました。というか、金を工面してほしいという要求だったのではと」

「……オーブリー子爵夫妻は、バロー侯爵夫妻へ金の無心をしていたということか」

「ええ。まだ下の娘が生まれる前、オーブリー子爵家はかなり困窮していた時期があったそうで。長年領地経営が順調で、王宮での要職にもついていた遠縁のバロー侯爵をかなりアテにしていたようなんです。子爵夫妻は困窮していることを周囲にバレてはいないと思い込んでいたようですが、杜撰な性格で商売も下手だった子爵や浪費家の夫人の普段の言動から、数少ない子爵家の使用人たちは皆うっすら気付いていたそうです。こりゃこのままじゃ我々の給金もそのうち滞るかもしれんな、と、使用人たちの間ではひそかに囁かれていたそうですよ」

「……やはりそうか」


 あのバロー侯爵夫妻に限って、領民の税金に手を付けるだの、莫大な借金をこさえて縁戚に迷惑をかけるだの、あり得ないことだと分かってはいた。

 セレスタンは続ける。


「バロー侯爵夫妻は何度かまとまった金額をオーブリー子爵夫妻に渡してやっていたようです。侯爵邸からの帰り際、やたら子爵夫妻の機嫌が良い時が何度かあったと。……しかし、ある時を境に状況が一変したと言います」


 セレスタンは俺の顔をじっと見据えると、神妙な面持ちで言った。


「どうやらバロー侯爵夫妻とオーブリー子爵夫妻は、その後大きく揉めて仲違いをしているようなんです」






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