第23話 朝食の席で
翌朝マクシム様の腕の中で目を覚ました私は、昨夜の幸福感が一瞬にして吹き飛んだ。
(……え……?ちょっと待って……。どこからが夢?私……っ、何か余計なことを喋ってしまった、気がする……っ)
マクシム様と二度目の夜を過ごし、そのまま彼の腕に抱かれてたくさんお話をした。体力なんてまるっきりない私は営みの後すでに疲労困憊していて、そんな中で与えられるマクシム様の温かくたくましい腕枕の感触と、低く響く心地いい声に、我慢できずに眠ってしまった。……けれど、その前に……。
(ここに来て以来初めて、マクシム様とあんなにたくさんお話できて嬉しかった、けど……、父や母の話を聞いたのは、現実だったわよね……?わ、私、その後、オーブリー子爵夫妻から言ってはいけないと言われていることを喋ったりはしなかった……?どこからが夢……?)
心臓がドクドクと激しく音を立てる。私は……病弱な娘で、だからずっとオーブリー家の屋敷に引きこもっていて……。だけどそれは表向きの理由で、本当は私が口を滑らせて、父母であるバロー侯爵夫妻の悪行を誰かに漏らしてしまわぬため……。オーブリー子爵家にとっても、縁戚の醜聞は恥となるから……って……。
「エディット。目が覚めたのか?」
「っ!!」
声をかけられ慌てて顔を上げると、マクシム様がいつもと変わらぬ優しい眼差しで私を見つめていた。ますます緊張した私は固唾をのむ。
「……っ、お、おはようございます、マクシムさま……」
「ああ。おはよう。……可愛い寝顔だった」
「っ!」
そう言うとマクシム様は私を抱き寄せ、頬に口づけをした。素肌の触れ合う感触が、気持ちいい。
けれどふいにマクシム様は私から離れ、起き上がるとガウンを羽織った。チラリと見えた筋肉の盛り上がった大きな背中には、いくつもの古い傷痕があった。戦いの最中に負ったものなのだろう。
「……もっとお前に触れていたいが、朝から自制がきかなくなりそうだ。……先に行く」
そう言うとマクシム様はいそいそと寝室を出て行ってしまった。しばらく時間が経ってからその言葉の意味を悟った私は、一人赤面した。
朝食の間、私はずっとビクビクしていた。思い返せば思い返すほど、やはり自分が余計な話をしてしまった気がするのだ。ど、どうしよう……。何か突っ込まれたら……。両親の借金とは何の話だ?とか言われたら。どう言ってごまかせばいいだろう。
そんなことを考えながらマクシム様の顔色をチラチラ覗っていると、マクシム様の口から私の予想とは全く違う言葉が出た。
「お前がここに来てもうだいぶ日が経ったな。極力早めにまとまった休みを取ろうと思っているから、南方の別邸にいる両親の元へ顔を出そうか」
「は、はい」
「結婚式に関する相談もしておきたい。……お前は誰か式に招きたい人はいるのか?」
「い、いえ……」
私にはそんな人はいない。オーブリー一家はもちろん私の結婚式になんか来る気はないだろうし、私には他に知り合いもいない。
「友人や知人は?いないのか」
「はい……。私はオーブリー子爵邸に引き取られてから外に出たことがありませんので、友人などもおりません。……び、病弱、でしたので……ずっと……」
言い訳がましく聞こえはしないだろうかと怯えながらも、オーブリー子爵夫妻に言われていた通りにそう答える。少しでも昨夜の失態を挽回しなければ。
するとマクシム様は特に気にする様子もなく言った。
「そうか。俺の方も社交は苦手で他の貴族家の人間で呼びたい知り合いなどはいない。俺の両親と、まぁ仕事仲間ぐらいで内々でやろう」
「はい」
それからしばらくの間、マクシム様は食事をしながら当たり障りのない会話を続ける。……よかった……。昨夜の私の話、特に気になさってはいないみたい。大した話じゃないと思っていらっしゃるのかも。寝ぼけた私の妄言だと思って、早く忘れてくれたらいいな。
「……他には?エディット。何かここでやってみたいことはあるか?」
「……えっ……?」
「俺の両親に会い、式を挙げる。その他に、興味のあることがもしあれば何でもやってみたらいい。……ああ、領地の視察は今度俺がまわる時に連れて行くが」
「……っ、えっ……と……」
突然そんな風に話を振られて少し焦る。やってみたいこと……。考えたこともなかった。そういうことを考えない人生だったから。私はただ、命じられるままに掃除や洗濯をし、義母や義姉妹の世話をしてきただけで……。
(……っ!そうだ……)
ふと思いついたその考えだけれど、口にするのを躊躇してしまう。……言ってみても、いいのかな。厚かましくはない……?お金がかかるかも……。
逡巡していると、すかさずマクシム様が私に問いかける。
「どうした、エディット。何でも言えと言ったはずだぞ。お前の望みは何でも叶えると」
「は、はい……」
ドキドキしながらも、私は自分の要望を口にしてみた。
「私……、勉強がしてみたいです」
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