第3話 大きな騎士様
(…………?)
優しく凛とした声。私の心臓がまた大きく跳ねた。
黙っていても立ち去る気配がないので、おそるおそる顔を上げてその人を見る。……銀髪に翡翠の色の瞳をした、優しそうな美しい男性だった。でも体は大きい。騎士のような格好をしている。けれど、騎士を見たことがないので本当に騎士様かどうかは分からない。
「驚かせてしまって申し訳ない。私の上司が、あなたがご本人かどうか確かめてくるようにと言うものですから。……エディット・オーブリー子爵令嬢、ですね?」
「……っ、」
どうしよう。この人、誰なのかしら。上司って……?私はただ黙ってここに立っているように言われているんだもの。勝手に会話をしたら、また子爵夫妻に怒られてしまうかもしれない。
男性は立ち去る様子がない。その翡翠の瞳でじっと私のことを見つめている。パニックになり、呼吸が浅くなる。どうしよう。どうしよう……っ。お、お願い、私を放っておいてください……っ!
はぁっ、はぁっ、と夢中で浅い呼吸を繰り返していると、その男性が心配そうに私の顔を覗き込む。
「……大丈夫ですか?どこか具合が……?苦しいのですか?」
どうしよう。目が回るし、チカチカする。早く一人になりたい……。ここは怖い……!
その時だった。
「おい、何をしているセレス。聞いたのか」
より低くお腹に響くような男性の太い声がしたかと思うと、私の前にいた翡翠の瞳の男性の背後から、もう一人の男性が、ヌッと現れた。
(……っ!!)
見上げて、驚いた。
これまでこんなに大きな男性を見たことがない。肌が浅黒く、髪は漆黒。濃いグレーの瞳は神秘的な銀色の光を帯びていた。この人も騎士のようだ。厳しい格好をしたその二人が目の前に並ぶと、圧巻だった。
漆黒の髪の大きな男性が、グイと私の前に進み出る。あまりの威圧感にヒクッと喉が鳴った。胃袋がビクビクと痙攣しているような感覚がする。
その大柄の男性は真顔で私を見下し、低く響く声で唸るように語りかけてくる。
「……エディット・オーブリー嬢で間違いないんだな」
(──────う…………っ……!)
恐怖と緊張、極度の焦りに、私はついに限界を迎えた。食道を何かが駆け上ってくる感触と、脳がぐるりと回転するような気持ちの悪さ、血の気がすうっと引いていく感覚……。
きゃあっ!という甲高い女性の声に重なるように、おい!どうしたしっかりしろ!……という男性の焦ったような声。そして、何かしっかりとした、とても力強く温かいものに支えられ、体がふわりと宙に浮く感覚がした──────
◇ ◇ ◇
(……。…………ん……?)
ふと、私は目を覚ました。
……あれ……?私、何してるんだろう……。
見慣れない天井をぼんやりと見つめながら、何だかやけにふかふかするな、などと考えているうちに、先ほどまでいた夜会の会場をふいに思い出した。
(……っ!そ、そうだわ、私……っ)
一気に記憶が呼び起こされ、目を見開く。そうよ私……っ、大きな騎士様に話しかけられて、ついに限界を迎えて……。
ま、まさか私……、あの方に……。
「……気が付いたのか」
「ひっ!」
ふいに低く響く声がして、私は慌てて視線を動かした。するとあの漆黒の髪の大きな騎士様が、私のすぐそばにやって来て跪いた。……どうやら私はどこかの部屋のベッドの上に寝かされているらしい。
「突然倒れたから驚いた。具合はどうだ?」
「……あ……、は、はい。だ、大丈夫、です……」
まだ少しムカムカするけれど、さっきよりずっと楽になっていた。大きな騎士様は神秘的な銀色の光を宿した瞳で、私をじっと見つめている。……よく見れば、とても端正なお顔立ちをしていらっしゃることに気付いた。それに、さっきの騎士の正装のような姿ではないわ。目の前の大きな男性は、さっきとは違うシンプルな黒い服をお召しになっていた。
「……ならばよかった。驚かせたようですまなかった。あなたの両親は先ほどまでここにいたのだが、今少し席を外している。……呼んでこよう」
「あ……」
騎士様はそう言うと立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。それに入れ替わるようにもう一人の男性が私に近付いてくる。……さっき私に声をかけてきた銀髪に翡翠色の瞳の男性だ。
「いやぁ本当によかった……。あなたが突然倒れた時はビックリしましたよ。大丈夫ですか?体が弱い?」
「あ、い、いえ……。その、……緊張してしまって……。わ、私はあまり、あんな華やかな場に出たことがありませんので……」
「……そうなのですか」
さっきのすごく大きな騎士様に比べると、この方は柔和な雰囲気で何となく緊張が和らいだ。どうしても気になったので、私は勇気を出してこの騎士様におそるおそる聞いてみる。
「あ、あの……、私はさっき、騎士様方に失礼をしてしまいましたか……?」
「え……っ、ああ、まぁ、どうぞお気になさらず」
……やだ。すごく気になる。
怖いけど聞かないわけにはいかず、私は食い下がった。
「お、お願いします。どうか教えてください……。私は、どのような粗相を……?」
私の切実な言葉に、銀髪の騎士様は困ったように指で頬をカリカリと掻いた。
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