柔道小説の影響

鳥越敦司

第1話

柔道小説の影響


憧れは行動へ


 私は小学校六年生の時に「姿三四郎」上、中、下を国道沿いの本屋で買った。お姉さんが丁寧に包装してくれたのを今でも思い出せる。その書店は福岡市の大型書店だったが、今は倒産している。で、その本を買ったのが1974年の事だった。その頃の小学生男子の放課後の遊びは野球だった。私も放課後は、小学校の校庭で野球をみんなとやった。柔道場など近くにはなかった。

その姿三四郎は富田常雄さんの小説だが、最近でもセガタ三四郎などという言葉が耳に入ってくる。小説だから実生活に影響はないだろうと普通は考えがちだが、私はこの本で柔道をやりたいと思った。というより、その世界の雰囲気にひかれたというところだ。作品は小学校六年生中に読み終わり、中学に入った時に柔道部に入りたかったのだが、その中学に柔道部はなかった。それで野球部に入った。そのころはまだ、サッカーも今みたいに知られてはいなかったし、プロ野球の実況は小学生でも見ていたのだ。

父の仕事の関係で私は中学二年の時に大阪市へ引っ越した。その転校先の中学には柔道部があったので、さっそく入部して一年間やった。二年の終わり頃には三級の試験を大阪城内のホールで受けて、合格した。ただ、試合に出たけどすぐに負けてしまった。三年生になると又、父の関係で福岡市に戻ったが転校先は柔道部はなかった。私は町道場を探して通ったのだが、月謝の関係というか親が払わないと言ったため、数ヶ月で断念した。それから柔道をやることはなかったけど、何かの時に倒れても受身をするので怪我などしないから、ずいぶんと役に立っている。

ただ、女性にもてたい向きの男性は柔道をやらない方がいいかもしれない。中学二年で転校してしばらくは気楽に話していた女子生徒も柔道が少し上達してくると、やがて恐怖を含んだ目で私を見るようになり、気楽に話もしなくなった。一部の女性以外は柔道を知らない。したがって、投げ飛ばせば受身も出来ないので頭から落とせば首の骨を折って、あの世行きだ。こわいのは当たり前だろう。

この事からも、たかだか小説というなかれ、と私は考える。富田常雄さん自身が柔道の有段者で、父親は講道館の四天王のひとりだった。そういう人が書いたから影響力も大きかったのかもしれない。


その後


その後、といっても中学二年生の頃、私は柔道の入門書や評伝などを読んだ。その中で、富田常雄さんの父親の富田常次郎がアメリカで大男のレスラーに負けた事実を知った。それは少し失望したが、だからといって姿三四郎の価値が下がるものではないと思う。富田常雄さんは私に柔道への憧れを起こさせた人である。それだけで、富田常雄さんの筆の力を今でも思うのである。

私は柔道をその後、全くしなくなったが今でもYOUTUBEの動画で青木真也君が異種格闘技で、しかもグローブをはめても寝技にもっていき相手が参ったの合図をするのを見てやはり柔道が最強かな、と思ったりする。吉田秀彦が空手家の佐竹雅昭に勝った時も柔道の方が強い、と思ったりするので、姿三四郎から受けた影響は一生続くと思う。そうやって、動画でみるばかりでなくネット検索をしては色々と見ていると、合気道は単なる型とか柔道より弱いとかいう事実も明らかになって面白いのだから、とても深い影響を受けたといえる。それどころか、小説といえども人生を変えるものだという事を私は思うのだ。


近年、活字離れが進んでいるというのはひとつは本が文庫本でもかなり高いせいもあるのではと思ったりするのだが、本当はやはり近頃の若者は本そのものを読まなくなってしまったのだろうか。それでは何ともつまらない話だと思う。今の活字離れの世代と私は違って、本に大きな影響を受けてきた。その中でもまず最初に思い出すのが、姿三四郎なのでここに書いておくことにした。もはや、今の世代の人達には理解不能な話かもしれないが、理解してくれる人もきっといると思う。


この姿三四郎がきっかけとなって、中学一年生の時に吉川英治の宮本武蔵を全巻読んだ。つまり、一冊の本がその後の読書傾向まで決めてしまったような気もする。さらに中学二年生の頃には城戸禮さんの三四郎シリーズを三四郎という名前があるだけで買って読み始めたものだった。これだけ考えれば、どれだけ影響が大きいか分かると思う。そして、三四郎という言葉が少年時代の気持ちを蘇らせるものがあるのだから、世間一般で考えられているほど小説というものは軽々しいものや、くだらないものではないとはっきりと宣言したい。小説なんてさ、と言う人がいたら私はその人がいい小説にめぐり合わなかった可哀想な人だと考える。

やはり私はいい小説に今でもめぐり合えているので、その事は自分を幸福な気持ちにさせてくれるものだ。





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