Vチューバーは、推しの為に

目取眞 智栄三

第1話 その日、私の人生が……



「みなさーん! こんばんはー天上てんじょうスカイだよー! 今日は私の大好きなアニメ、『ドラララ』の同時視聴の続きやって行こうと思いまーす!」

 コメント欄に『待ってた待ってた』や『いつも通り、声でっか!』など多くの文字が流れる。あ、85P(やごぴー)さん、スパチャありがとう!

 私、天上スカイはVチューバーである。個人として活動していたが、大手アイドルVチューバー事務所から声が掛かって所謂いわゆる企業Vになった。

 主な配信はゲーム実況やアニメ視聴。そして、雑談。

 まぁ、それ以外にも歌ったり、踊ったり。私の母ちゃん(私のイラストモデルを描いてくれたイラストレーター兼Vチューバー)とのコラボ配信で、ドッキリで闇鍋食わされたりと色々やってる。あれは辛かった。何が辛いって、完食しないと見た目を全身アヒルに変えると脅されて……(泣)。

 だって私、可愛いんだよ! あ、私自身じゃなくてVの方。

 青い短髪に大きな黒目。そして、元気はつらつと言った表情。もう、可愛いくて仕方ない。……緑のジャージなのは、ちょっとって思うけど。

「前回はリーゼを守る為にドラゴン退治に向かったマッスル団長だけど、絶対生きて帰って来て欲しい。私の推しが死んだら配信休むまである」

 事実、私の部屋はその団長グッズで埋め尽くされている。視聴者におすすめのアニメを視聴して欲しいと言われて観たが、そのキャラに惚れた。ガチ恋だ!

 主人公の師匠的なポジションで、筋骨隆々金髪ロングのストレート。そして碧眼。

 別に見た目に惚れた訳じゃない。生き様に惚れたんだ!

 好きな村人の女性の為に頑張ったが、その女性の知らないところでの活躍なので気付かれない。

 更に、その女性は別の男と結婚。それにマッスル団長はショックを受けるが、その女性が幸せならそれで良いと身を引く。

 もうね、好きな人の為に頑張ったのに報われて欲しいよ。私このアニメ観て、報われないキャラがへきだと自覚したよ。

 まぁ、報われないにしても、流石に死なないよね?

「それじゃ、観るけどネタバレ禁止ね。何度も口を酸っぱくして言ってるけど、私、ネタバレがこの世で一番嫌いだから! レッツ、ドラララ!」

 そして、再生ボタンを押す。あ、流石に権利守らないとだから、視聴者に映像観せてないよ? 


 *


「よう、ドラゴンさんよぉ。俺と遊んでいけよ」

 甲冑を身にまとい、湖から姿を出したドラゴンに大剣を向けるマッスル団長。彼がここにやって来たのはただ一つ。

「お前、これから街に行って破壊の限りを尽くすらしいな?」

「……それの何が悪い?」

 老いた老父の様な声で、眼前の男を睨む巨大なドラゴン。しかし、それに怯む事なくマッスル団長は冷静に煽りながら口を続ける。

「何が悪い? ドラゴンってのは、無闇に殺戮をするなとママに教わってねーのか? なら、餓鬼からやり直せ」

「何を言うかと思えば。笑わせてくれる。貴様等人間も殺戮を繰り返しているではないか? 生きる為に家畜を殺すのと、何も変わらぬ」

「その発言だと人を食う為に襲うって聞こえるが、聞き間違いじゃねーよな?」

「当然だ」

 言うと湖から黒く大きな爪を出し、マッスル団長に振り下ろす。

 それを大剣で防ぐが、やがて吹き飛ばされて樹木に背中をぶつける。

「ぶふっ⁉︎」

 背骨が数本折れ、口から大量の血液が流れる。目眩さえする。

「どうした? 我を散々煽っておいて、その程度か?」 

 湖から離れる事なく、ドラゴンは男に目を向けるのを止める。その程度なら、いつでも倒せると言う様に。

「馬鹿にしやがって。ママに喧嘩が強い奴がモテるって教わったのか? おいおい、モテモテじゃねーか」

 血反吐が止まらぬまま立とうとするが、上手く身体が言う事を聞かない。たった一撃だけでそうなる己に、嫌気がする。

「貴様が人間の中でどの程度の実力か知らぬが、その程度なら人間なぞすぐに狩れる。だが、心配する事はないぞ? 一人残らず骨のずいまで食べてやるからな」

 何かドラゴンが言っている。しかし、上手く聞き取れない。

 おいおい、聴力までやられたか? これはいよいよお迎えが来るかもな。

 樹木に身体をくっ付けたまま、笑うマッスル団長。

 思い返せば、自分の人生とは何だったのだろうかと考える。

 国を守る為に両親に鍛えられ、友人を作る事さえ許されなかった少年時代。

 やがて、軍の中で団長と呼ばれるポジションに着いたが、部下の死を目に入れるばかり。

 そして、何より。 


 好きな女に、好きだと伝える事が出来なかった自分。


 その結果が、他の男に取られちまった。俺はやっぱり不甲斐ない男だと、笑うしかねーよ。

「もう、動ぬか。では、我は行くぞ」

 湖から翼を出し、街の方へ飛んで行こうとする悪意。その姿を、ボヤけた視界で確認する。

 ああ、俺が死んだら街が終わる。奇跡的に生き残った奴に、俺が死神扱いされるかもな。

 けどな? 

 満身創痍の中、最後の力を振り絞って両手で剣を握る。

 それなりに重量のある剣だ。重たくて仕方がない。

 だが、やるしかない。

 街で幸せに暮らしている惚れた女を守る為に、剣を全力でドラゴンの方に投げ飛ばして。

 勢い良く発射されたそれは標的の目に刺さり、悲鳴をあげて陸に落ちる。

「き、貴様⁉︎」

 再びドラゴンが、マッスル団長を刺されていない目で睨む。その視線にニヤリと笑い、身体がどうなろうと知った事ではないと走って自分の剣の

「お前にとっての死神だぁぁぁ!」

 柄頭つかがしらを、全力で殴る。目から脳に届くまで、何回も。このドラゴンが動かなくなるまで、ずっと。



「……団長! マッスル団長! しっかりして下さい⁉︎」

 自分を呼ぶ声に瞼を開ける。だが、それが誰なのか良く見えない。解るのは、男っぽい声だという事だけ。

 けど、それが誰かなんてどうでも良い。

 俺は好きな女を、人生の最後に守れたんだから。

 だから

「もう、悔いはねーよ」

 そう呟いて、男は目を閉じた。


 *


「え?」

 私は固まる。だってマッスル団長が……。

「いや。いやいやいや、まさかマッスル団長が死ぬ訳ないって! 次の話で生きてるって、証明されるから!」

 私は冷や汗を頬に伝わらせながら、次の話を再生させる。

 生きてる。絶対マッスル団長は生きてる!


 *


「団長、何で一人で行ったんだよ」

 晴天の草原。そこに多くの軍人が規律正しく並んでいる。

 だが、地面に掘られた穴に棺桶を入れられたと同時に、涙を流す主人公の青年。

 軍に入隊して何も出来なかった自分を、罵倒しながらも鍛えてくれたマッスル団長。

 まだ、貴方から教わりたい事があった。自分には剣の実力も、戦いの心構えも足りないというのに。

「そこ! 泣くんじゃない! 命懸けで死んだ者の前で泣くなど、侮辱行為だぞ!」

 涙目の主人公の前に立ち、怒鳴る上官。しかし、その彼の瞳も潤っていた。

 が、それを指摘する事はせずに手で涙を拭い「申し訳ありません!」と声を上げる。旅立って行った恩師に届く様に、大きく……大きく。


 *


「……」

 空いた口が塞がらない。コメント欄に、『今、どのシーン?』『もしかして、トイレに行ってる』とか書き込まれるが、何も返せない。

 え? マッスル団長が死んだ? 

 ……。

 ……。

 いや、そんなはずはない!

「マッスル団長が死ぬなんてあり得ない。きっとこれは、視聴者に死んだと思わせるミスリードだよ! だから、今日の配信の終わる予定過ぎてるけど、本当はマッスル団長がまだ生きてるシーンが来るまで全部観る! あと、二十話以上あるけど関係ない! 私はマッスル団長が生きてるって信じてる!」

 このアニメの主人公の様に泣きそうになったけど、我慢。だってまだ死んでないし。仮に泣きそうになったとしても、生きてたって嬉し泣きの為にとっておく。

『え? いや、でもこの先は……』

『ここで視聴終えた方がスカイちゃんの精神的に……』

「うん? 私の精神? 大丈夫! 滅茶苦茶良好!」

 読み上げたコメントを、いつも通りの元気さで答える。あ、おららさん、高額を意味する赤スパチャありがとう。『これで、美味しいの食べて気を確かに』か。うん、食べる! マッスル団長が生きてたお祝いで、私がマッスル団長の次に大好きなカレーをたくさん食べるんだぁぁぁ!



 しかし、どれだけ観てもマッスル団長は姿を現さない。

 それどころか、もう終盤。

「これで、終わりだー!」

 主人公が海賊船の上で、怪物に身体を乗っ取られた友人の腹に剣を刺す。マッスル団長が愛用していた、大剣を。

「ありがとう。最後に……見たのが、お前で……本当に良かった」

 刺されて意識を取り戻した友人が、主人公にその言葉を渡す。

 そして、やがて目から光が消えたのを確認すると主人公は剣を引く。

 腹部から大量の血が吹き出し、友人は船の床にバタンと倒れる。幸せな笑みを浮かべて。

 大事な人を、生きて助ける事が出来なかった主人公。友人も、恩師のマッスル団長も。

 いや、何を言ってんだ主人公! マッスル団長が死んでる訳がない。これから、来るんでしょ⁉︎ さぁ、カモン! マッスル団長カモン‼︎ 

 だけど、来ない。その代わりにやって来たのは、旅に出たきり行方不明だった主人公の父親。

「……親父?」

「よう、久しぶりだな」

 陸に戻って来た主人公に、大きな袋を肩に預けながら笑う父親。

 その姿を見て、良かったと年甲斐もなく大泣きする主人公。

 うん、確かに良かったよ。死んでたと思ってた父親が生きてたのは、私も嬉しいよ。

 でも、あと一人いるよね? 生きてなきゃ、おかしい人が!

 しかし、物語はそれで終わった。ただ主人公がひたすらに、泣いて。



「え? 嘘? マッスル団長は……」

 衝撃のラスト。リスナーからのコメントには、『あのラストは賛否あるよなー』とか『でも、父親が生きて良かった』とか流れる。

 良かった? いや、

「良くなぁぁあい!」

 全力の叫び。おそらく私の今までの人生で、一番の絶叫だったと思う。このマンションが防音じゃなかったら、管理人に注意どころか追い出されてたと思う。

『うるさ!』

『落ち着いて、スカイちゃん!』

『oh. crazy ASMR』

 画面の文字を観て我に帰り、謝罪する。

「あ、ごめん! うるさかったよね? でも、でも……マッスル団長が……⁉︎」

 その刹那、読んでしまった。赤スパチャで、長文のそれを。

『お? ようやく観終わったか。大好きなマッスル団長が死んだ気分はどうだい? 俺は嬉しいぜ! あんなヘタレ男、死んで当然。それを好きとか、お前馬鹿じゃねーの? 二次元にガチ恋とか、もう本当に馬鹿』

 初めて目にする名前。ただのアンチか。

 いつもなら無視するが、今、心に深い傷を負った私は……。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 泣いた。さっきの叫びよりも、大きな声で。

『スカイちゃん⁉︎』

『何だあのクソアンチは! 許せない!』

『俺達、私達のスカイちゃんを泣かせるな!』

 慰めてくれるリスナーのみんな。ありがとう。でも、でも、


 大好きなマッスル団長が死んだ気分はどうだい?


 あの文字が、私の心に刺さる。

 マッスル団長が……死んだ。私の大好きな……マッスル団長が。

 続編もなく、もう生き返らない事実に私は涙を止める事が出来ない。今、出来るのは

「私の配信を、観てくれたみんな。今日の配信は……ここで終わるね。バイ……バイ」

 嗚咽混じりに言って、配信を終了。そして、


 私はマッスル団長が死んだショックで、活動を休止した。

 

 

 




 

 



 

 


 


 


 





 

 

 

 

 



 







 

 


 

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