王都防衛

 王都では、エレアを中心とした防衛戦力が魔族の襲来に備えて待機していた。

 国民の避難も済み、厳戒態勢の敷かれた王都は普段の賑やかさが嘘のように静まり返っている。


 そんな中、王都を囲む城壁の上でエレアとアネットが並んで街の外へと視線を向けていた。


「殿下、本当に魔族はここに来るのでしょうか。レヴィさんは確信していた様子ですけど」


「間違いなく来る。おそらく、魔族の1番の狙いは王都じゃからな」


 アネットが隣に立つエレアへと訝しげに尋ねると、エレアは『魔族は来る』と断言する。

 ハッキリとした断定に対してアネットは疑問を抱いた。


「いったい、王都には何がありますの……? それに、そもそも魔族はどうしてエレイン王国を狙うのでしょうか」


 魔族――魔王の狙い。

 アネットが知っているのは、人類の根絶という目的のために魔族や魔王は動いているということ。

 それは、レヴィから教えられたことだった。


 だけど、それだけならエレイン王国を真っ先に狙う必要はないはずだ。

 この大陸には他にも国がある。

 海を越えれば別の大陸や島が存在し、そこにもまた人類の国はあるだろう。


 なぜ最初に狙われたのがエレイン王国なのか。

 魔族側の視点から考えると、七竜伯という人類最強戦力が集うこの国を攻めるのは、後にした方がいいのではないかとアネットは思うのだ。


 そんなアネットの疑問に対して、その答えを知っているであろうエレアは首を横に振った。


「悪いが、王都に何があるかは言えん。言えるのは、この王都には王国だけでなく人類全体にとって大切なモノがあるということ。魔王がそれを狙っているであろうと予想ができているということ。それくらいじゃ」


 人類全体、なんていう想像以上にスケールの大きな話にアネットは驚く。

 だけど、人類規模で秘匿されるべきことであるというのならば、アネットは自分に伝えることができないということに納得するしかなかった。


 しかし、それはそれで新しい疑問も出てくる。


「ですが、レヴィさんは知っていますのね。やっぱり、七竜伯だからでしょうか?」


 アネットは辺境伯家の娘だ。

 当然のこととしてアネットは、七竜伯のレヴィほど王国の機密に触れることはできない。

 

 だけど、王国の重鎮である七竜伯だから重要な機密を知っているだろう。

 そんな考えから出た推察だったが、それに対してエレアは不思議そうに首を傾げてみせた。

 

「いや、レヴィは七竜伯だからこのことを知っているというわけではないのじゃ。実際、七竜伯で他に知ってるのは1000年以上を生きるフロプトくらいだしな。これは代々、玉座に着いた王と『竜の力』の継承者のみが口伝で知らされてきたこと。あまりに事が大きすぎて、七竜伯だからと簡単に伝えるわけにはいかんのじゃ」


「そ、そんなに……ですか?」


「うむ。これを知れば、見ている世界がひっくり返るぞ」


 アネットは驚愕する。

 世界がひっくり返るなんて、さすがに信じられない気持ちだった。

 しかし、これだけ大袈裟に言われてしまうと、アネットはなおさら疑問に思ってしまう。


「……殿下、レヴィさんのことをどうお思いですの?」


「友達じゃ」


 少しの疑念を抱えて尋ねたアネットだったが、にっこりと笑うエレアを前に何も言えなくなる。


「怪しいと思うのは仕方のないことじゃ。わらわとて、レヴィは何かと知りすぎているとは感じてる。それについて、本人は隠す気があるのかないのかわからんし。誤魔化し方も雑すぎるしの」


 ――だけど。

 そう言って、エレアは続ける。


「レヴィは良い奴じゃ。本気で魔王を倒そうとしておる。性格的にあまり戦いは好きではなさそうだが、直向きに努力して人類を救おうとがんばっている。多少怪しいところがあろうとも、わらわはレヴィを信じてるのじゃ」


「殿下……そうですわね。レヴィさんは、いつもがんばってますわ。労を惜しまず、自分の時間も削ってでも私たちを鍛えてくれたました。その傍で、七竜伯に至った今でもたゆまず努力を続けている。それもこれも、すべて魔族との戦いに勝つためですわ」


 怪しいと思ってしまう部分があるのは事実。

 だけど、それを加味した上で信じられると思えるのも紛れもない事実だ。


「それに、友達ですものね。私もそうですわ」


「うむ! レヴィといると楽しいし、わらわはあやつと仲良くなれたことが本当に嬉しいのじゃ! また一緒に王都を歩きたいし、他にもいろんな場所で遊びたい……レヴィの故郷であるアルマダにもいつか行ってみたいの!」


「殿下、レヴィさんとそんなことしてましたの?」


「あっ……えっと……」


 どうやら、エレアは言うつもりのなかったことを言ってしまったらしい。

 口元を手で押さえ、顔を少し赤くして恥ずかしがっていら様子だった。


 アネットは、そんな普段とは違う年相応のエレアの姿を見て「これはもしかして……?」と目を輝かせた。

 恋愛話が大好物なアネット。

 そんな彼女の恋話センサーが、どうにも反応を示すのだ。


 気になる。とても気になる。

 しかし、人類と魔族の決戦中である今はそんなことを根掘り葉掘りと聞いている状況ではない。

 アネットは仕方なく詳しく聞くのを諦める。


「殿下、その辺の話は今度聞かせてくださいね?」


「う、うん」


 目をギラギラさせたアネットが言うと、エレアはその圧に負けたのかこくこくと頷いた。


 アネットはぐっと拳を握る。

 こうなってくると、戦いにもより一層気合が入るというものである。


「そ、それよりアネット。さっきの話の続きをするぞ」


 エレアがこほんと咳払いをして、気を取り直したように切り出した。


「そんなわけで、この王都に何があるかは悪いが教えることはできん。だが、それが王都のどこにあるのかはある程度アネットに伝えておきたい」


「そうですわね。場所を教えてくだされば、私の神器の守りを厳重にすることが可能ですわ」


「頼りになるの。まず、魔王の狙うモノはこの王都の地下にある。だが、そこには普通の手段で行くことはできない。王城にある隠し通路を使う必要があるのじゃ」


「となると、守るべきは王城ですわね」


 アネットの言葉に、エレアは頷いた。


「その通りじゃ。頼めるか?」


「もちろんですわ。そのために私は、ここにいますもの」


 アネットは王都を守護するため、魔族や帝国による侵略の危機にさらされる故郷――エンデ辺境伯領を置いてこの場にやってきている。

 そのため、やる気も覚悟もこれ以上にないほどだ。


 絶対に守る。そして絶対に勝つ。

 そんな意思を込めて堂々と言ったアネットの言葉を聞いて、エレアは満足そうに笑った。


「さて、そろそろこっちも始まるみたいじゃな」


 城壁の上に立つエレアが、街の外へと視線を向けて言った。

 その視線を追いかけるアネット。

 王都近郊の空に、突如としてヒビが入る。それはすぐに大きくなり、やがて割れ――その先に異形の姿が見えた。


「開戦じゃ」


 アネットは、王都に迫る魔族の群れを睨んだ。

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