ジーク、戦う

 レヴィたちが公爵級との戦闘へと入っていく中、ジークは侯爵級魔族と相対していた。


「ふぅ、きっついね……」


 今まで経験したことのない強敵との連戦に次ぐ連戦。

 疲弊したジークは、なんとか息を整える。


「だ、大丈夫ですか?」


「ちょっと休憩してるだけで、大丈夫ですよ!」


 ジークが体を休めている間、近くにいたネロがなんとはなしに話しかけてくる。


 レヴィと同期に七竜伯となった――『冥黒』ネロ・クローマ。

 ジークも当然話には聞いている。

 うさぎ姿のアンデッドを率い、国防に多大な貢献をしているという噂は王国中に知れ渡っているのだ。


 七竜伯というのは、庶民からしたら雲の上のさらにもっと上くらいにかけ離れた場所にある存在。

 しかし、彼女の場合は実際に身近で国民の身を守っている。

 たまに街中で見かけるうさぎのアンデッドは愛らしい見た目で人気だし、直接助けてもらったという国民の話もよく聞く。


 ネロは今、国の象徴的存在である竜王女と並んで王国で圧倒的な人気を誇る時の人であった。


 彼女は『ドレイク塾』にもたまに顔を出していたので、ジークは何度か話したことがあった。

 強さや立場におごらず、ひかえめで常に他者を尊重する姿勢はとても尊敬できる。


「ネロさんこそありがとうございます。おかげですっごい戦いやすいですよ!」


 ネロはこの戦いでも大活躍している。

 王国軍と帝国軍の戦いでは、直接的な戦いには関与していないが数的劣勢の王国軍が瓦解しないよう、常にアンデッドを使って帝国軍を牽制している。


 加えて、侯爵級魔族との戦いにもアンデッドを投入。

 数体の強力なアンデッドがすでに侯爵級を何体か討ち取っており、それ以外にも数的不利を補うアンデッドの大軍を用意して戦力の均衡に多大な寄与をしていた。


 ジークにとって、強さの象徴かつ目的でもある存在のレヴィとメリーネ。二人の仲間であるという事実に恥じない、八面六臂の大活躍だ。


「うへへ、レヴィさんのためなので……ジ、ジークさんは、レヴィさんがかなり期待しているみたいですから、がんばってくださいね……!」


「はい! 頑張ります!」


 ネロに鼓舞されて、ジークは気合を入れ直す。

 レヴィに期待されてるとなれば、その期待に応えるくらいの活躍はしないといけない。


「スラミィちゃん、回復もらっていい?」


「は〜い! すぐ治るよ〜!」


 ネロと一緒にいたスラミィに頼むと、その手がジークのお腹にぽんと触れる。

 それだけで魔族との戦いで負った傷が、すべて治るのだから本当にすごい。

 魔族との戦いに投入された人類側の戦力が、いまだに誰一人欠けていないのはスラミィのおかげだ。


「よし、まだまだやるよ!」


 人類と魔族にアンデッドを加えて入り乱れる戦場。

 少しだけ休憩したジークは、ダメージと気力としっかりと回復させてから再びそこに飛び込んでいった。


 戦況はかなり人類側が有利だ。

 公爵級の極めて強力な個体を、ジークたち七竜伯やメリーネがまとめて引き受けてくれたのが大きい。


 無論、侯爵級も油断できない強さだ。

 中には公爵級に肉薄するような力を持った個体もいる。

 だが、それを踏まえた上でも人類側が有利。

 ネロのアンデッド、スラミィの回復、メアリの強化と戦場を漂う海水による援護。

 公爵級を倒し終えた『剣聖』と『聖騎士』の参戦。


 さまざまな要因があるが、ジークもかなり目立つ活躍をすることができていた。


「これで5体目だ!」


 ジークが魔族を討伐する。

 これで討伐数は、ついに5体目となった。もちろん、そのすべてが侯爵級魔族。

 それを5体というのはかなりの活躍だ。


 これだけの活躍をジークができるのにも理由があった。

 それは、彼が女神より授かった神器の能力。


「『叛滅はんめつの神意』――レヴィが言うには魔族特効で、オレの攻撃は普通の5倍くらい魔族が痛がるって言ってたけど、本当にその通りだね。5倍って、何の根拠の数字なのかわからないけど」


 ジークの神器である『滅魔の神気』の能力は、彼の攻撃のすべてが魔族にとって大ダメージになるというもの。

 加えて、魔族の力によって受けるダメージや影響を半分にするという力もついている。


 ジークは、なんで自分がこんな魔族討伐専門の神器を与えられたのかよくわからなかった。

 しかし、この決戦においてとにかく心強い力ではある。


「本当はメリーネさんの剣とか、エミリーの靴みたいなわかりやすい武具の神器が良かったけど。かっこいいし」


 魔族を倒して人々を守りたいと願うジークにはぴったりで、とても強力な神器であることに間違いはない。

 しかし『滅魔の神気』は女神曰く、体そのものの形質を変化させて宿る神器だという。

 それが少しだけ、ジークにとって不満だった。


「派手さがないんだよね。結局、やれることは今まで通り剣を振るか魔法を撃つかだけだし」


 通常の攻撃に魔族への特効が自動付与される神器……ということは、魔族へ与えるダメージ以外は神器を手に入れる前と何も変わらないということでもある。


 大量の海水を操るメアリとか、ビリビリと雷をまとうメリーネのような派手さがまったくない。

 とはいえ一応だが、必殺技はある。

 だけど使うには制限があり、無闇に使えない必殺技なのであまり意味はなかった。


 ジークの神器は、とにかく地味。

 年頃の男子としてまっとうな感性を持つジークにとっては、わりと本気で残念なことであった。


「――まぁ、でも。おかげで魔族を倒せるんだから、いいんだけどさ! 6体目!」


 そんな不満があるとしても強いものは強い。

 ジークはまたも魔族を討伐し、これで合計6体目の戦果となった。


 この1年ほど、レヴィの元で血反吐を吐きながら鍛えた力。

 それに魔族の天敵となる神器の能力。それらが合わさったジークの強さは本物だ。


「?」


 魔族と戦いながら戦場を走るジークだったが、ふとを感じ取って足を止める。


 振り返ると、そこには知らない男がいた。


「え、誰ですか……?」


 黒い髪、黒い目。感情が読み取れない無表情な顔。

 中肉中背で、無表情なところ以外に特徴はなくどこにでもいるような青年。

 羽根は生えてないし、角もない。

 どこからどう見ても人間だ。魔族には見えない。


 だけど、ジークはその男に見覚えがなかった。

 この戦場にいる人間は全員きちんと把握しているが、こんな男は知らない。


「――」


 誰何すいかに対する返答はなく。

 ゆっくりとこちらへ向けて歩いてくる場違いな男の姿に、ジークはどこか不気味なものを感じて身構える。


 少しずつ、少しずつ、距離は近づく。

 戦場の只中であるにも関わらず、周囲が静寂に包まれたような異様な感覚。

 誰にも邪魔されることはなく、ジークと男の距離は手を伸ばせば届くほどに縮まり。


「――ジーク、退け! 『劫火炎槍』!」


「っ!」


 自身を呼びかける声にジークは我を取り戻し、男から距離を取るように飛び退いた。

 直後、無数の炎槍が男の体へと降り注がれた。

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