奇跡

 オールヴァンスが、腕を持ち上げる。

 手のひらを俺たちへと向け、そこに込めるのは果てしなく膨大な魔力。


 まさか!

 俺はとっさに手をオールヴァンスへと向け、大量の魔力を集中させる。


「――たしか、こうだったか」


「――っ! 『魔力砲』!!!!」


 同時に放たれる、魔力の衝撃波。

 ほぼ同威力の『魔力砲』は、俺とオールヴァンスの立つちょうど中間地点で激突し周囲へと莫大な衝撃を振り撒きながら相殺される。


 まさか『魔力砲』を撃ってくるとは!


 たしかに他の魔法と比べて原理は簡単で、ただ魔力を撃ち出すだけのシンプルな攻撃だ。

 たしかに魔力量さえあるなら誰でも使えはするが。


「おっと、危ないな」


「っ! 斬れない!?」


 俺と『魔力砲』を撃ち合っている間に、オールヴァンスへと近づいたメリーネが斬りかかる。

 しかし、その攻撃は片腕を盾にされただけで簡単に防がれてしまった。


「お返し」


「うぐっ!」


 攻撃を防いだオールヴァンスがメリーネを殴り飛ばす。


「メリーネ、無事か?」


「ちゃんと闘気で防いで衝撃も流したので大丈夫です!」


 隣に戻ってきたメリーネに問うが、どうやらダメージはとくに無いらしい。

 遠くから見てる分にはかなり良い一撃が入ったように見えたが、しっかりと防御しているあたりはさすがだ。


「『剛力の雷衣メギンギョルズ』はどこまで上がってる?」


「まだ4倍くらいです」


「となると、オールヴァンスの身体能力は少なくとも4倍強化のメリーネを上回るほどか。それに、まだかなり余裕がありそうだ」


「防御力というか、頑丈さも異常です。わたしが本気で斬りかかったのに、薄皮一枚すら斬れませんでした」


 俺と同程度の魔力量にメリーネを優に上回る身体能力。

 12066人分の人間の能力を合算させた力――そんなものがあれば、この強さも当然か。


「こっちからも行かせてもらうかな」


 オールヴァンスが両手を広げる。

 すると彼の隣に透き通る水晶で出来たような、2体の巨大な狼が出現する。


「――『水晶獣』。綺麗な魔法だろう?」


 襲いかかってくる水晶の狼に魔法で対処する。


「――『劫火炎槍』」


 俺の放った魔法が水晶の狼を迎え討ちその体へと命中――が、破壊するには至らない。

 水晶の体が魔法を受け流し炎の槍が無効化される。


「ふふふ。この魔法は『水晶魔法』というんだ。かなり希少な魔法でね、魔法に対して絶対的な耐性を持つ」


「それも人から奪った力か」


「もちろん。どっかの国の魔法長だったかな。かなり強くて魔族を何人も殺した人間だった。まぁ、娘の体を奪えばその後は簡単に殺せたよ」


「外道め」


 俺は『魔力砲』を水晶の狼へと向けて放つ。

 今度は受け流されることはなく、水晶の体が粉々に砕け散った。


 どうやら魔法という形式をとっていない無魔法であれば問題なく通るらしい。

 水晶魔法は魔法の術式に反応して干渉する魔法なのだろうか。

 であれば、術式を持たない無魔法が通る説明がつく。

 まぁ、考察は今はいいか。


「外道って、よく言うよ。君たちだって魔族をたくさん殺してきただろう?」


 オールヴァンスは新たな魔法を発動させる。

 風、火、土、水、闇、光、氷、鉄、雷。


 魔法の適性は基本的に1つ、まれに2つというこの世界において異常としか言えない魔法適性の数。

 次々に襲いかかってくる魔法に対して、俺も魔法を使ってそれぞれに合わせた対処をしていく。


「それとも、レヴィは魔族だったらどれだけ死んでもいいと考えてるのかな。僕たちだって、生きているよ?」


「なら、出てくるなよ。お前たちの世界にずっと引きこもっていれば、こっちからは何もしないぞ」


「それは無理な相談だよ」


 空から落ちてくる隕石のような魔法を、無魔法で粉々に消し飛ばす。


「君だって、目の前にある超面白い名作ゲームをやるなって言われて我慢できるわけないだろ」


 オールヴァンスは笑みを浮かべながら朗々と語る。


「人間を殺すのは楽しいんだ。人が死ぬ瞬間の苦痛にまみれた顔、家族や友人、愛する者の苦しむ姿を前に痛みもないのに絶叫する姿。そんな彼らを見ていると、楽しくて楽しくて仕方がない。生きてるって実感できる」


「救いようがないな」


「救いなんて求めてないからね。僕が欲しいのは、君たちが苦しむ姿だけ。神の救いよりもよっぽど現実味があって素晴らしい」


「話にならない。やっぱ魔族お前らは害虫だよ」


「仕方ないだろ。魔王様の手によって、魔族はこういう風に作られた。――すべては人類を滅ぼし、人の女神を神の座から引きずり下ろすため。その先兵が魔族なんだ」


 魔法戦から一転、目で追うのもやっとな速度で接近してくるオールヴァンスの攻撃をメリーネが防ぐ。


「不満は一切ないけどね。今が楽しければそれでいい」


「なら俺たちは相容れない」


「ふ、そうだね」


 メリーネとオールヴァンスの戦闘は速度を増していく。


 俺はメリーネを攻撃の対象外にした黒炎魔法によって、オールヴァンスへと攻撃する。

 これならばメリーネへの誤射は無い。


 近接戦闘の只中にあるオールヴァンスに魔法を発動させる余裕はなく、『剛力の雷衣メギンギョルズ』の倍率が上がったメリーネの力もオールヴァンスに追いついてきた。

 俺たちの連携によって一方的にオールヴァンスが傷ついていく展開。


 このままなら勝てる――なんて思うほど俺は楽観していない。


「仕切り直そうか」


「っ!」


 オールヴァンスが膨大な魔力をその場で暴発させ、無理矢理メリーネを引き剥がす。

 時間を稼いだオールヴァンスは魔法を発動させると、一瞬のうちに距離をとった。


「空間魔法まで使えるか」


「だいたいの魔法は使えるよ。12066人分の力だからね」


 メリーネとの接近戦と俺の黒炎魔法による波状攻撃。

 すべてに対処しきれるわけもなく、オールヴァンスの体は火傷や斬傷まみれとなっていた。


 以前『変態』と戦ったときはダメージを与えるのにかなり苦労したが、今の俺の魔法はあのときよりも強力。

 メリーネの力も『剛力の雷衣メギンギョルズ』で跳ね上がっている今なら通じる。


 ボロボロのオールヴァンス。

 だが、彼は心底楽しそうにニヤニヤと笑い続ける。


「いやあ、強いね。本当に強い。僕はもともと戦闘が苦手だったから、権能を活かした暗躍で魔王様のために働いていたんだ。やっぱり、いくら強い体があってもセンスは僕のままだから普通にやっても君たちには及ばないかな」


「諦めたならさっさと死んでくれ」


「物騒だなあ。ともかく、そんなわけだから少し趣向を変えてみようか」


 オールヴァンスを中心に風が吹き荒れる。

 その風はやがて街を覆うほどに広がり、上空に巨大な魔法陣を浮かび上がらせた。


 俺はその魔法陣に見覚えがあった。


「七竜伯を――『聖女』を殺したとは言っていたが、まさかそれまで使えるのか!?」


「見ての通りさ。彼女を生かしておくと、人類の勝率が跳ね上がってしまう。なんたってこの力があるからね。ジークやレヴィ、『竜王女』と並ぶ人類の切り札の1人。だから、真っ先に殺したんだ」


 街が、魔法陣が。

 神々しい光を放ち、輝き出す。


「これなるは忌々しい女神の神技、その切れ端。実際に見るのは初めてだろう? 存分に楽しんでくれ――」


 『蘇生の奇跡』を――


 3体の侯爵級魔族が。

 上空を埋め尽くす100を超える魔族の群れが。


 再び、学園都市へと降り立った。

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