ムスペルヘイム

「アネット様! お戻りになったのですね!」


 学園へと転移した俺たち出迎えたのは1人の少女だった。

 見覚えがあるな。

 たしか、アネットの侍女だったか。モブキャラ的な立ち位置ではあるが、ゲームにも出てきていたはずだ。


 服は汚れているが怪我などはない。

 戦う力を持っているようには見えないし、おそらくずっと隠れていたのだろう。


「ええ、救援を連れてきたわ! これでみんな助かるはずですわ!」

 

「そちらの方々ですか! ……賢者様ではないのですね?」


「校長先生のところにはなぜか転移できなかったわ。でも、心配は無用よ。彼らならきっと学園を助けてくれるわ!」


 アネットと少女が言葉を交わす。


 どうやらアネットは俺に救援を求める前に、フロプトのところに転移しようとしていたらしい。

 七竜伯『賢者』であり、この学園都市の支配者であるフロプトへと真っ先に救援を求めるのは当然だな。


 しかし、フロプトの元へと転移しようとしてもできなかったと。


 現在フロプト含めた七竜伯が集まっているであろう王城には、魔道具などによって外部からの襲撃を防ぐ機構が備えられている。

 人の魔力をたどって、その人物の元へと転移するアネットの『空間接続』はその防衛機構に阻まれたのだろう。


 その結果、代替案として俺をあたったというわけだ。


 と、そんなとき――


「ひひ、人間見つけたあ。こんなところに隠れてたんだあ」


 1体の魔族が俺たちの前へとやってきた。

 犬頭の魔族だ。


 魔族は階級が上がるに連れて姿が人間へと近づく。

 人からかけ離れた姿のこいつは、おそらく男爵級だな。


「もう10人は殺したけど、まだまだ殺し足りなくてさあ。お前らも殺させてもらうよお」


「ひっ」


「っ!」


 せまる犬頭の魔族に怯える少女と身構えるアネット。


 俺は彼女たちを守るように犬頭の前に立つ。


「ああ? なんだあ、お前。俺とやろうってのかあ?」


「黙れ雑魚。さっさと死ね――『劫火槍』」


「!?」


 悠長に会話する気もない。

 魔法を発動させ、犬頭の魔族を炎の槍で貫き一瞬で灰にする。


「ま、魔族を一撃で……」


「こんな威力の『劫火槍』なんて見たことありませんわ……!」


 男爵級魔族程度なら『劫火槍』を1発あてるだけで簡単に倒せる。

 だけど、と空を見上げる。


「ちまちまと倒すのも面倒だな」


 100を超える魔族。

 わざわざ一体ずつ潰していくのでは時間がかかる。

 それに、その間にも被害者は増えていく。


「……まとめて終わらせるか」


 魔力を操り術式を構築していく。

 それは火魔法と闇魔法を混ぜ合わせた、黒炎魔法。


 対象は魔族のみ。

 範囲はこの学園都市すべて。

 魔力に糸目はつけず、威力を限界まで高める。


 迸る圧倒的な魔力が空間に軋みをあげ、魔力の余波が風をともなって吹き荒れる。


 そして、完成した魔法を解き放つ――


「『ムスペルヘイム』」


 膨大な黒炎が放たれた。

 世界が漆黒に染まり、舐めるように街を覆い尽くしていく。


 発生した黒炎は人や建物を燃やすことはなく、むしろ建物を包んでいた火災すら呑み干して。

 ただ魔族ばかりを燃やし尽くして灰へと返す。


 やがて黒炎が消え去ると、後に残されたのはかつて魔族であったはずの灰の山。

 それと、驚愕と困惑に包まれた学園都市の住民だけ。 


「久しぶりに撃ったが……魔力の消費はもはやたいしたことないな」


 この魔法は、いつぞやダンジョンの攻略で即席に作った超広範囲魔法だ。

 燃やす対象を厳密に定義して、炎では燃やせない煙すらも燃やし尽くす黒炎。


 その魔力消費は俺の魔法の中でも屈指。


 前に放ったときは魔力の9割ほどを消費して発動した大魔法だったが……今となってはなんてことはない消費量だな。


「レ、レヴィさん……予想以上にもほどがありますわ」


 アネットが呆気に取られたように呟く。


「ふふん、レヴィさまは世界で一番すごいですからね!」


「こ、これ僕を助けてくれた魔法だ。……うへへ」


「さっすがご主人様!」


 これでほとんどの魔族は一掃することはできた。

 だが、これで終わりにはならない。


「ほとんど倒しきったが、『ムスペルヘイム』を耐えた魔族が3体いる。おそらく侯爵級だ」


「では、わたしの出番ですねっ!」


 メリーネがぐっと拳を握って気合を表す。


「侯爵級が3体程度なら俺とメリーネの2人でいける。ネロとスラミィは生きている街の人の治療と保護を頼む。緊急事態だしエリクサーもいくらでも使っていい」


 俺の言葉に頷いて、ネロとスラミィはすぐに行動へと移す。

 ネロのアンデッドを使えば怪我人を迅速に保護することができるし、スラミィがいればどんな怪我だって生きている限りは助けられる。


 後は、俺とメリーネで襲撃を主導したであろう侯爵級魔族の3体を討伐すればそれで終わりだ。


 あれだけ派手に魔法を使えば、こちらから探しに行かずとも俺たちに会いにくるはず。


「アネット!」


「! ジーク、エミリー! 生きていたのですわね!」


 そんなとき魔族よりも早くやってきた者がいた。

 ジークとエミリーだ。

 体中をボロボロにして、怪我がかなりひどいが生きているようでホッとする。


「あ、レヴィ! 良かった、アネットは無事に救援を呼べたんだね!」


「さっきのすごい魔法もレヴィ君だよね? いや〜、本当に助かったよ。ありがとう」


「ああ。お前たちも、よく戦ったな」


 魔族と戦い続けたであろうジークの健闘を讃えるが、彼は沈痛な面持ちを浮かべる。


「ううん、オレはダメダメだ。助けられなかった人が何人もいる。オレがもっと、レヴィくらい強ければ助けられたんだ」


「あたしはジークほど優しくないから、余計な責任を感じることはないけどさ〜。……やっぱり悔しいね」


「その気持ちを糧にして強くなればいい。強くなって、今度はもっと多くの人を助けろ」


 顔を俯かせる2人の肩を叩く。

 きっと、この経験がこいつらをさらに強くするだろう。


 ジークたちは主人公だ。

 このままで終わるようなやつらじゃない。


「さて、そろそろか」


 こちらへと向かってくる強大な3つの魔力を感知する。


 俺はエリクサーを『影収納』から4つ取り出して、ジークに手渡す。


「魔法薬だ。お前らはこれで傷を治して少し隠れていてくれ」


「か、隠れる? どうして……?」


「危ないから」


 やがて空の向こうに見え始める3体の魔族。

 魔力の大きさ、人間に近しい姿。紛れもなく、その3体の魔族は侯爵級だ。


「あ、あれは……」


「侯爵級魔族……おそらく今回の襲撃で魔族たちを率いていた連中だ。今のお前たちでは絶対に敵わない。だから、隠れていてくれ」


「っ! わかった――」


 ジークは悔しげな顔をする。

 しかしそんな顔は一瞬。

 迷いを捨てるように首を横に振ると、真剣な顔で俺をまっすぐに見る。


「レヴィ、任せた!」


「ふっ、任せろ」


 そんな言葉を最後に、ジークはアネットたちを連れて離れていく。


 それにしても、主人公ジーク悪役レヴィに『任せた』か。

 何というか、不思議な話である。


 だけど、かの主人公様に頼られるなんて光栄というもの。


「メリーネ、やるぞ」


「ぼっこぼこにしてやりましょーっ!」


 俺はふっと笑みを浮かべて、せまる魔族を見据えた。

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