策
リルフィオーネとの戦いは、熾烈を極めた。
「あは! ほらほらぁ! そんなんじゃあたしには勝てないわよ!」
「くっ!」
メリーネが接近戦を挑むが、リルフィオーネはなんと身体能力に優れるメリーネ以上の動きを見せる。
速さと力をあわせ持つメリーネの2本の剣を的確に防ぎ、押し負けることなど一切ない。
「――『レーヴァテイン』!」
「またその魔法? まったく、危ないわね!」
口ではそう言うが、リルフィオーネは余裕をまったく崩さない。
「そ〜れ!」
気の抜ける掛け声とともにリルフィオーネが剣を振るうと、水の盾のようなものが現れ俺の魔法を防ぐ。
だが、その隙を逃さずメリーネが渾身の1撃を叩き込む。
「やあっ!!」
光をまとうミストルテインによる斬撃は、見事にリルフィオーネの体に深い傷跡を刻み込んだ。
しかし、見るからに大ダメージを負ったはずのリルフィオーネはとくに気にした様子もない。
「あは! ざぁこなのにやるわね〜!」
にやにやと人を小馬鹿にしたように笑うリルフィオーネは、剣を持つ手とは逆の左手に小さな短剣を作り出す。
そしてそれを、あろうことか自身の腹に突き刺した。
「ま! 無駄なんだけどね!」
すると、リルフィオーネの傷はまるで逆再生のようにみるみる回復していく。
「っ!」
「クソが、ボスに回復技を持たせるなよ」
目の前の光景を見た俺は思わず愚痴ってしまう。
「レ、レヴィさん、なんですかあの人の力は。水の盾を出したり回復したり……そ、それなのに魔力の動きを感じません」
「そりゃ、あれは魔法じゃないからな」
「ま、魔法じゃない?」
「リルフィオーネの力は『権能』だ」
リルフィオーネの強さに怯えるネロに、そう答える。
俺の持つ魔法の中でも屈指の威力を持つレーヴァテインをたやすく防ぎ、どんな怪我も回復というより巻き戻しと言うべき力で再生する。
それはリルフィオーネの持つ『権能』という力によるものだ。
上位魔族が持つ権能は、魔法を超える力を持つ異能。
上位魔族は人間をはるかに凌駕する圧倒的な身体能力と、膨大な魔力を持つ。
そしてさらに、この権能による力があるからこそ理不尽な力を持つのだ。
「おにーさん、本当に何者? よわよわな人間のくせに、な〜んでこんなにあたしたちのこと知ってるのかな?」
「理由を言ったら逃してくれるのか?」
「あは! むりむり! だってあなたたちを殺すってもう決めたのよ!」
リルフィオーネが新しい剣を作り出す。
その剣は、炎のようにゆらめく赤い剣だった。
「自分の魔法で死んじゃえ! ――『レーヴァテイン』!」
「レ、レヴィさまの魔法!?」
メリーネが驚愕する。
この事態を予想していた俺はとくに動揺もなく即座に魔法を発動する。
「『レーヴァテイン』!」
2つの炎剣が交差する。
威力は完全に同じ。競り合う力はやがて相殺され霧散した。
「あは! まあこうなるよね〜! でもすっごく使いやすくて強い魔法! こんな良い魔法をあたしに見せてくれてありがとう! これからはおにーさんの魔法でたっくさん人間を殺してあげるわね!」
「魔族って、やっぱクソだな」
リルフィオーネの権能の名は――『剣魔再臨』。
自身が見たことのある能力を付与した剣を創造し、それを振るうことで発動する能力。
いわゆる、コピー能力だ。
能力の使用に魔力を必要とせず、コピーできる能力のストックに上限はない。
長く生きれば生きるほど、無限の手数を手に入れて強大化していく恐ろしい権能。
リルフィオーネが持っていた剣を投げ捨てて、両手に1本ずつ新たな剣を作り出す。
「人間と戦うのって久しぶりなの! さあ、もっとも〜っとあたしと遊んで?」
リルフィオーネが剣を振るう。
右の剣を振れば不可視の風の刃が俺たちを襲い、左の剣を振れば土の壁が現れて俺たちに叩きつけられる。
かと思えば、それらの剣も投げ捨てて。
今度は雷が空から落ち、無数の氷が礫となって降り注ぐ。
影が狼の形をとり、無数の光線が乱舞する。
「くっ、強すぎます……!」
「な、なんでもありじゃないですかあ!」
俺たちは必死にリルフィオーネの攻撃を防ぎ続けるが、防戦一方で何もできない。
メリーネも、ネロも、スラミィも、俺も。
すでに全員が傷だらけだ。
「あは! あはははは! 楽しい、楽しい〜! よわよわでかわいそ〜な人間をいたぶるのって、ほんっと最高ね!」
「……クソゲーすぎる」
だが、リルフィオーネがこの調子だからこそ俺たちはまだ生きているのだ。
彼女の本来の強さはこんなものではない。
リルフィオーネが本気を出していれば、おそらく俺たちはとっくに死んでいるだろう。
俺たちにとって良いのか悪いのか、リルフィオーネはその言葉通り本当にただ遊んでいるだけなのだ。
「レ、レヴィさま! どうにか勝つ方法とかないんですか!?」
メリーネが必死にリルフィオーネの攻撃を防ぎながら声を上げる。
「レヴィさま、きっと何かあるんですよね! レヴィさまが、こんな魔族に負けるわけないんです! だって、レヴィさまは強くてかっこよくて、わたしの英雄なんですっ!」
「メリーネ……」
それは願望のようだった。
こうであってほしいと、目の前の現実から目を背けて一方的に願う現実逃避のような言葉。
しかしメリーネの声音には悲痛なものなど一切ない。
力強く、確信に満ちたような声。
俺に対する、メリーネの底知れない信頼の証。
彼女が信じる俺なら、どんな困難でも乗り越えるだろうと言う確信。
――勝つ方法。
事実として、このひたすら耐えることだけを強いられる長い戦いの中で実は1つだけ思いついていた。
もしかして、メリーネは俺がそれを思いついていることを勘付いたのだろうか。
だが、その策を実行するのはためらわれた。
それを実行するとなると、メリーネやネロにはかなりの負担をかけてしまうからだ。
もしかしたら2人は俺の作戦のせいで死んでしまうかもしれない。
俺が答えに窮していると、ネロが叫んだ。
「レ、レヴィさん! な、何かあるならやってください! ぼ、僕はどんなことでも手伝いますから!」
「ネロさんの言う通りです! わたしたちはレヴィさまを信じています! レヴィさまに勝つための作戦があるなら、そのために命を賭けることだって構いません!」
「お前ら」
2人の言葉を聞いて、俺は決断する。
どうせこの状況を続けてもいつか俺たちは死ぬだけ。だったら、一か八かの賭けをするべきは今この瞬間か。
「メリーネ、ネロ。俺抜きでもリルフィオーネの攻撃を凌ぎ切れるか?」
「そ、それが必要なことなら、頑張ります……!」
「レヴィさま、わたしはあなたの騎士ですよっ! なんとでもしてやりますっ!」
「……そうか。なら、俺に少し時間をくれ」
俺は2人に言って、走り出した。
その向かう先はボス部屋の奥。ダンジョンの最奥へと続く、最後の階段へと。
「あは! 何がしたいのかわからないけど〜! 作戦とかなんとか、そんなのあたしが黙って見てると思うの? ほら、死んじゃえ!」
部屋の奥を目指す俺へとリルフィオーネが斬りかかる。
だが、俺は走るのをやめない。
頭上へと迫る剣は見慣れた白銀の剣によって防がれた。
「あなたなんかにわたしの大好きな人を殺させませんっ!」
「愛ってやつね! あたしたちにはわからない感情よ! じゃあ、まずはあなたを殺してあげる! そうすれば、愛し合ってるおにーさんはきっと絶望するでしょ? それで、絶望したおにーさんをあたしの手駒にするの! そういうの略奪愛って言うんでしょ? 素敵ね! あたしに愛の快楽を教えて?」
「レヴィさまは絶望なんかしませんよ! だって、わたしが幸せにしますからねっ!!」
俺は全力で駆け抜け、ついに階段の前へとたどり着く。
振り返るとメリーネとネロ、スラミィが傷だらけになりながらもリルフィオーネの猛攻を必死で防いでいた。
「お前ら! 絶対に死ぬな!!!!」
俺はボス部屋に響くような大声で叫び、返事を待たずに階段へと飛び込む。
時間はない。
すぐに戻らなければ、メリーネたちが殺されてしまうかもしれないという不安と恐怖が心臓を締め付ける。
だから、さっさと寄越せ。
この状況を打開する起死回生の一手を。矮小な種族でありながら、上級魔族すら打倒しうる人間の可能性を。
階段を降りた先にたどり着く。
そこに鎮座する、見上げるほど巨大な女神像を前に俺は叫ぶ。
「――今すぐ神器をよこせ!!!!」
瞬間、俺の視界は白く染まった――
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