神狼

「アォォォォォオオオオオン――!!!!」


 フェンリルが遠吠えが、戦闘開始の合図だった。


 ネロが杖を振り、3体のデスグローラビットが現れる。

 アンデッドのうさぎたちはすぐに分身し、総勢300の軍勢となって雪崩のようにフェンリルに襲いかかった。


「――!」


 それに対し、フェンリルは口から炎を吐き出すことで迎え撃った。

 吐き出される炎がデスグローラビットを薙ぎ払い、なんとたった1度の攻撃でその半数近くを消し飛ばす。


「す、すごい火力ですね」


「なら、火力勝負といこう――『レーヴァテイン』」


 出し惜しみをする気はない。

 初手で、俺の持つ魔法の中でも最高レベルの威力を持つ魔法を放った。


 手の中に現れた炎の剣を下から斬り上げるように振るいフェンリルを攻撃する。

 伸長する炎の剣に対し、フェンリルも再び焔を吐く。


「焼き切れ!」


「グゥゥゥゥアアアア!!!!」


 2つの業火によって洞窟が真昼のように明るくなる。

 熱波が舞い、灼熱が辺りを包む。


 炎と炎のぶつかりは、やがて俺の魔法に軍配が上がった。


「――!」


 炎の息を押し返し、俺の魔法がフェンリルの体を焼く。

 とっさに顔を逸らしたようで急所へと命中とはならなかったが、それでも炎剣は神狼の体に大きな火傷を負わせた。


「勝てない相手じゃないな」


 超火力を持つ魔法であるレーヴァテインで倒せないあたりはさすがだ。

 しかし、ダメージが通るのであれば勝てない敵ではないということ。


 魔物の最高峰に位置するSS級魔物。

 そんな相手に俺の魔法が通じたというのは、俺だけでなくメリーネやネロを奮い立たせることになった。


「レヴィさますごいですっ! わたしも負けていられませんっ!」


 闘気を爆発させ、メリーネが駆ける。

 その手に持つのはミストルテイン。光輝く魔剣を振りかぶり、助走を乗せた全力の1撃を放つ。


「撃ち抜け――!!」


 ゴオ、と空気を裂く音を立てて飛翔するミストルテイン。

 フェンリルは自身に巻きつく巨大な鎖を操り防御しようとする。

 ミストルテインは何重にも張られた鎖の壁を貫き、やがてその剣はフェンリルの体へと突き刺さった。


「ルルォォン!」


 しかしさすがはSS級の魔物。

 体に剣を突き立てられたところで、致命傷にはならないようだ。


 フェンリルが吠えると、いくつもの鎖が俺たちめがけて鞭のように振るわれる。

 巨大な鎖だ。

 それが音速の勢いで迫ってくるのだから、恐ろしい。


 だが、ミストルテインを引き戻したメリーネが鎖を前に立ち塞がる。

 両手に握る剣で、俺やネロに命中する軌道で動く鎖を的確に斬り飛ばして無力化。


 フェンリルの攻撃をメリーネが防いだところで、今度はネロが攻撃に転じた。


「『ネクロバースト』!!」


 いつのまにかフェンリルを囲むように動いていた100近くのデスグローラビット。

 それが、ネロの言葉を合図に一斉に巨大な爆音を響かせて爆発した。


「うへへ、奥の手です。こ、これは効くんじゃないですか?」


「アンデッドの魔力を意図的に暴走させて爆弾にしたのか」


 S級の魔物は大きな魔力を持つ。

 それはデスグローラビットの分身体とて同じく。


 それを同時に100体も爆発させたのだ。

 相当なダメージが期待できる。


「どうやら、まだ終わらないみたいですね」


 メリーネが猫耳をぴこぴことさせながら言う。

 爆発によって生じた煙が晴れると、そこには全身を傷だらけにしたフェンリルが佇んでいた。


 しかし、先ほどまでとは様子が違う。


「く、鎖が解けてますね?」


「ここからが本番ってことだろ」


 フェンリルの全身を拘束していた鎖がすべてなくなっている。

 攻撃にも使っていたが、それでもあれは一部の鎖の端を動かしていただけに過ぎない。


 おそらく鎖の役割は力を封印するためなのだろう。

 その証拠に、相対しているフェンリルの威圧感が先ほどよりもかなり増しているようだった。


 ふと感じる、魔力の動き。

 俺はとっさに魔法を放つ。


「――『黒炎波』!」


「アォォォォォオオオオオン――!!!!」


 ほぼ同時に放たれる魔法。

 洞窟のすべてを範囲内に収めたような超広範囲の氷魔法がフェンリルから放たれ、過重魔法によってぎりぎりまで威力を引き上げられた黒炎波がそれを相殺する。


 まったくの、互角。

 氷と黒炎がせめぎ合い、ちょうど俺たちとフェンリルとの中間地点で同時に霧散する。


 鍾乳洞はもう、ぐちゃぐちゃだ。

 半分は焼け焦げ、半分は凍りつき。まるで地獄のような光景が広がっている。


「た、助かりましたレヴィさん」


「まさか魔法までこの強さなんて、レヴィさまがいなかったら氷づけでしたね」


「礼はいい、それより来るぞ」


 フェンリルが、動く。

 大きな体で俺たちをひき殺すつもりなのか、すごい勢いで向かってくる。

 なんというか、大きな家が車並みの速度で突っ込んでくるような感じだ。

 巨体による突進は、それだけで強大な武器になる。


「わたしに任せてくださいっ!」


 メリーネが前に出る。

 光輝くミストルテインを両手で構え、突進してくるフェンリルの鼻先へと叩きつけた。


 剣聖ロータスすら絶賛するメリーネの身体能力。

 人間の規格をはるかに超えたパワーでもって、フェンリルを受け止める。


「ぐぎぎぎぎ――」


 じりじりと少しずつ下がりながら。

 それでも見事にフェンリルの突撃を止めて見せたメリーネ。


 俺はその隙を逃すはずもなく、魔法を放つ。


「『レーヴァテイン』『劫火槍』」


 炎剣を振るい、さらに炎の槍を絶え間なく放ち続ける。


「――!?」


 これにはたまらず、フェンリルの突撃する力が弱まる。


「ここです! ぐぐぐ――そりゃあ!!」


 メリーネが気合いの声を発しながら、なんとフェンリルの巨体を跳ね返す。

 これにはさすがに俺も唖然とした。味方とはいえさすがに力が強すぎる。


 ……なんて思ったけど、よく考えたら普段から600キロの重りを背負いながら生活しているメリーネだ。

 戦闘時で闘気を全開にしていることも加味すれば、頑張ればフェンリルを跳ね返すくらいできてもおかしくないか。


 うん、おかしくないおかしくない。


「――いや、やっぱおかしいよな。どんなパワーだよ」


「レヴィさま! 女の子にそんなこと言っちゃダメですって! というかチャンスなんだから攻撃してくださいっ!!」


「わ、悪い。――『レーヴァテイン』」


「むー! あとでお説教ですからねっ! ――ミストルテイン!」


 ひっくり返って隙を晒すフェンリルへと、俺は両手に2つのレーヴァテインを作り同時に放つ。

 さらにそこに、メリーネのミストルテインが撃ち込まれた。


 そして、最後にネロもたたみかけていく。


「うへへ、こ、今度は500体分です――『ネクロバースト』!」


 500体のデスグローラビットが魔力爆弾と化してフェンリルを呑み込む。

 大爆発。


「や、やりましたよね?」


「さすがにこれだけやれば、わたしたちの勝ちじゃないですか?」


 なにやら2人がフラグを立て始めるが、俺もこれには同意見だ。

 あんな大火力の連続攻撃。

 これで生きていられるとは思えない。


 やがて煙が晴れる。

 そこにいたのは、全身が黒焦げでボロボロになったまま倒れ伏すフェンリルの姿。

 その体はぴくりとも動かない。

 どうやらちゃんと倒しきれたようだった。


「ふー! なんとかなりましたねっ!」


「か、かなり準備してきたので、少し拍子抜けだったかもです」


「まぁ、戦力は揃っていたからな」


 俺とメリーネは死にものぐるいの努力をしてきたし、ネロはデスグローラビットの軍勢を整えてきた。

 この勝利は全員が頑張った結果だ。


 この戦いにはさすがについて来れなかったスラミィにフェンリルを食べるよう指示を出す。

 スラミィがフェンリルを消化しきるまで少し待機だ。


 これで後は最後の階段を降りてダンジョンの最奥の部屋に行けば神器が手に入る。

 さすがに感慨深いというか。

 ずっと目標にして数ヶ月頑張ってきたからこそ、達成感がすごい。


「なんとか、学園入学までには間に合ったな」


 これで、俺の死亡フラグは一気に減るだろうか。

 少しの安心感を覚えた俺は、すっかり終わった気になって肩の力を抜いていた。


 ――だから、気づくのが遅れた。


 メリーネの背後、何もない


「メリーネ――!!!!」


 俺はとっさに駆け出しメリーネを突き飛ばす。


 ひび割れたその先から、鋭く輝く剣のきっさきが見えた――

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