買い物

 ダンジョンの第1階層を攻略し終えた俺たちは、きりがいいところで今日の探索を終わらせることにした。


 ダンジョンから出て、近くにある適当な店で手に入れた魔物素材を買い取ってもらう。

 その際、影収納を店員に見せることになって一悶着あったが些細な話だろう。


 とはいっても所詮は第1階層の魔物だ。

 流通量が多いため1つ1つは大した額にはならない。

 まあ俺は影収納のおかげでほかの人より持ち帰れる素材が圧倒的に多いのだから、単価が安くとも全部合わせればそこそこの額だ。


 俺は受け取った売却額をメリーネと2人で分けて店を出て街を歩く。

 そんな中、ふと俺は思う。


「これ、初めて自分で稼いだ金ということになるのか」


 もちろん前世では働いていたから給料をもらっていた。

 しかし、レヴィ・ドレイクとしては初めて稼いだ金だ。貴族の子息という立場上、働く機会なんて今までなかった。


 そう思うと、なんだか感慨深いな。

 前世では初任給で何をしたんだったか。


「レヴィさま、初めていただいたお給金は大事ですよっ」


 メリーネが訳知り顔で俺に言う。


「人生の先達として、わたしがレヴィさまにお金の使い方を教えてあげましょう」


「2歳差だぞ」


 腰に手を当てて得意気に胸を張るメリーネに呆れる。


 まあ、貴族の俺はこの世界ではまともに買い物をしたこともほとんどない。

 使用人に頼めば欲しいものは用意してもらえる立場だったからな。

 初めての買い物はミストの魔道具だったくらいだ。


 浮世離れした俺よりも庶民の感覚に近いであろうメリーネにいろいろ教えてもらうのも悪くないか。


「メリーネは初任給で何を買ったんだ?」


「美味しいものをたくさん食べました!」


「食いしん坊かよ」


「むっ! 女の子を食いしん坊呼ばわりはひどいですよっ!」


 とは言ったものの、美味いものを食べるという案は悪くない。

 初任給の使い道としてはかなり参考になる。

 この世界には前世ほど娯楽などが無いのだから、きっと美味いものを食べるというのは自分へのご褒美の代表例なのだろう。


 問題なのは日本や侯爵家の食事に慣れている俺が満足できる味の料理を出してくれる店が、この国にどれくらいあるのかという点だが。


「メリーネ、他に何か案はないか?」


「……欲しいものでも買えばいいんじゃないですか?」


 頬をふくらませながら拗ねたように答えるメリーネ。


「欲しいものか――」


 首をひねって考える。

 欲しいものは何かと問われると、意外と難しい。理想で言えば『エレイン王国物語』に出てきた優秀なアイテムなんかはどれも欲しい。

 しかしそんなアイテムたちは簡単に手に入るものではない。だから欲しいと言っても理想でしかない。


 現実的な範囲で今すぐ手に入れられる欲しいもの。

 俺はしばらく考え、1つ思いつく。


「従魔が欲しいな」


「従魔、ですか?」


 従魔とは、人に使役された魔物のことだ。

 ゲームでは多種多様な魔物を従魔として仲間に加えることができ、戦力の1つとして活躍させることができた。

 また、現実となったこの世界でも魔物を使役して戦わせたり、芸をさせたりといった人がいる。


 俺としては空を飛ぶ魔物が欲しい。

 背中に乗せてくれるような、移動手段になりそうなのがいい。

 この世界には鉄道や自動車がなく、移動の基本は馬や馬車になる。

 それでは、なかなかに不便だと思ったのだ。


 馬より速く大地を駆け。

 あるいは空を飛び障害物を越えて目的地に辿り着ける。

 そんな移動手段があればとても便利だ。


「よし、メリーネ。魔物を買いに行くぞ」


 そうと決めたら即行動だ。

 アルマダの街で魔物販売を行なっている店を探して回る。ややあって見つけたのは大きな館のような店だった。


 中に入ると、ぴしっとした服装をした店員に出迎えられる。


「いらっしゃいませ。魔物をお探しでしょうか」


「ああ。できれば騎乗用の魔物がいい」


「なるほど。それでしたら、ちょうどよくグリフォン種の魔物が入荷したところですよ。レッサーグリフォンですが、戦闘ではなく騎乗が目的なら十分すぎるほどでしょう」


 グリフォンは良いな。

 大地を走れば馬よりも速く、その上空も飛ぶことができる。図体は大きく、背に乗るのに苦労することもなさそうだ。

 俺の求めるものを全て満たしている最高の魔物だ。


 しかし、今回は初めて自分で稼いだ金で買い物をするということで来ているのだ。

 そうなるとグリフォンはさすがに高すぎて手が出ない。

 影収納によって大量の魔物素材を売却できたとはいえ、所詮は第1階層の魔物の素材。

 全部合わせてもグリフォンのような魔物を買うにはさすがに届かない。


「レッサーグリフォンを買うには手持ちが足りないな」


「そうなのですか? もしお気に召していただければ、お客様にでしたら少々勉強させていただきますよ」


 そう言って店員は、にこやかに笑う。


 これはおそらく俺が貴族だと気づいているな。


 今の俺の格好はドレイク侯爵家の騎士が着る軍服っぽいデザインの黒い騎士服に、コートを羽織ったものだ。

 性別によるデザインの違いはあるが、この騎士服はメリーネが来ているものと同じ。


 この騎士服は特注品の特殊素材でできており、布の軽さを保ちながらも金属鎧並みの防御力がある優れもの。

 そのため、俺は普段からこれを着るようにしている。

 貴族の格好が俺の価値観的にあまり好きではないのも理由の1つだ。

 妙にヒラヒラしてたりする貴族の服は好んで着たいとは思えない。

 逆にこの騎士服はスマートで機能的だ。


 そんなわけでぱっと見では俺の姿は侯爵家の騎士だ。

 しかし上に着ているコートにはドレイク侯爵家の貴族という身分を示す徽章きしょうが付けてある。

 これを見れば、わかる人は俺が貴族だと見抜けるだろう。

 この店員はわかる側の人間だということだ。


 おそらく安く売ることで俺に覚えてもらえればという魂胆か。商人にとって、貴族との繋がりは喉から手が出るほど欲しいものだろうからな。


「いや、それには及ばない」


 だが、俺は彼の申し出を断った。

 残念そうな様子の店員には申し訳ないが、大幅な値引きをしてもらってまで買うのであればそれは侯爵家の金を使うのと大して変わらない。


 今回の買い物はそういうつもりじゃないのだ。

 とにかく手持ちの金で購入できそうな魔物から選ばなければならない。

 俺は少し考えてから、店員に言った。


「――魔物の卵はあるか?」


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