常識がおかしくなってるよ

「――やぁ!」


 メリーネが剣を振るい、狼型の魔物――スクワッドウルフの首を斬り飛ばす。

 あたりにはすでに多くのスクワッドウルフが倒れており、今の個体を最後に群れは壊滅した。


「ふぅ、なんだか魔物の数が多いですね」


 戦闘を終わらせたメリーネが、ふっと息をつく。

 ダンジョンで遭遇した魔物は何種類かいるが、総じて群れを形成している魔物が多かった。


 例えば、今戦ったスクワッドウルフという魔物は、基本的に10体前後の群れを成して襲いかかってくる。

 最初に戦った単独のアーミーラビットが珍しい個体だっただけで、アーミーラビットの群れとも遭遇した。


「魔物は弱いから苦戦はしないがな。ただ疲れるだけだ」


 ダンジョンは基本的に奥に進むほど強い魔物が現れるようになる。

 第1階層に出現するのは、魔物の等級で言えばE級の魔物。E級は下から2番目の等級で、人間で言うとある程度訓練を積んだ大人なら問題なく倒せるくらいの強さだ。

 ただ、このダンジョンの場合群れを形成してくるから実際の危険度はD級くらいあるかもしれない。


 どちらにせよ、俺たちにとってはかなり弱い相手だが。


「この魔道具も切っちゃいけないんですよね」


 メリーネが手首に着けている重量付加の魔道具をいじりながら言う。


「ただでさえ歯応えのない魔物が相手だ。魔道具を使用していないと鍛錬にならないだろ」


「300キロですよ、300キロ。レヴィさま、300キロの重りを持ちながら戦闘できます?」


「何だその『わたしはできますが!』みたいなドヤ顔。俺は魔法使いだぞ。闘気があるお前とは違う」


 闘気は、この世界の人間が持つ魔力とは異なる力だ。

 人間は生まれつき、魔力か闘気のどちらかを体に宿して生まれてくる。

 魔力を持つ者は魔法を使え、闘気を持つ者は身体能力に優れる。


 そしてこの2つの力を同時に持つ人間はただ1人を除いて存在しない。

 そう、『エレイン王国物語』の主人公を除いてな。

 羨ましい限りだ。


 魔力と闘気、それぞれに良い点と悪い点があるが基本的には魔力持ちの方が扱いは良い。

 これに関しては魔力持ちの方が闘気持ちと比べて希少だからという理由が大きく、別にどちらの方が圧倒的に優れているとかいうことはない。


 それはこのメリーネを見れば明らかだろう。

 300キロの重りを背負って激しく動き回るなんて闘気持ちの専売特許だ。魔力持ちにはこんなことできない。

 もっとも、メリーネが闘気持ちの騎士として上澄みの実力者だからこそという面もあるが。

 闘気持ちだからってみんなメリーネと同じことができたら、この世界は筋肉とパワーに支配されてしまう。


「それに、俺だって魔道具のせいで常に体中が痛い状態でやってる。文句言うな」


「うぐっ、レヴィさまがあまりにも平然としてるから忘れてました……」


 ダンジョンを進むこと、数時間。

 第1階層のほとんどを踏破したところで、草むらの中に下へと続く階段を発見した。


「わぁ、こんなところに次の階層への階段があるのですね」


「運良く見つけられたが、これは素通りしかねないな」


 草むらの中にぽつんとあるせいか、その階段はよく観察していないと見つけることが難しそうだ。

 何というか魔物が潜伏したり足を取られたり階段を隠されたりと、第1階層は魔物との戦いよりも足元に生い茂る草の方が厄介だな。


「この先は第1階層のボス戦だ。行くぞ」


 メリーネに声をかけ、階段を降りていく。

 階段の下は開けた空間になっていて、目の前には大きな両開き扉だけが存在する。

 その大げさな感じは、まさにこれからボスとの戦いが始まりますよと主張しているようだった。


 俺たちの強さを考えれば第1階層のボスに負けることはないだろうが、油断はしない。

 気を引きしめて、俺は目の前の扉を開いた。


 扉の先は、広い部屋だった。

 自由に動き回れるほどのスペースが確保されていて、部屋の中心には大きな石像が置かれている。


「あれは、魔物の石像?」


 メリーネが呟く。

 石像は2メートルを越える体高を持った巨大な狼の姿をしている。


「ローウルフだ。来るぞ」


 やがて石像はパキパキと音を立て、その表面が剥れていく。石像の表面が剥がれ、中から現れるのは真っ黒な毛皮をした狼型の魔物。


 ――ローウルフ。

 それがこのアルマダのダンジョン、第1階層のボスであるC級魔物だ。


「――アオォォォォオン!!!」


 石像の中から現れたローウルフは、自身の存在を主張するかのような遠吠えを上げた。

 あまりの声量と迫力に空気がびりびりと振動し、俺たちを威圧する。


 睨みつけてくるその目は血のように赤く、口から飛び出すほどに伸びた2本の大きな牙が不吉だ。


「つ、強そうですね……」


「――『劫火槍』」


 冷や汗を流すメリーネを後目に、俺は即座に魔法を放つ。

 先手必勝だ。


 この部屋は第1階層のような草原エリアではなく、壁や床が石や土でできている。

 そのため、俺の火魔法は遠慮なく使える。


 思うように魔法が使えなかったストレスを晴らすように、過重魔法によって威力を高められた劫火槍がまっすぐとローウルフに襲いかかった。


「!?」


 しかし、ローウルフは軽やかな身のこなしで劫火槍を躱してしまう。

 その目は、なんとなく『こいつマジか、いきなりすぎるだろ……』みたいな非難がましい目をしている気がする。


 しかしなるほど、さすがはボスと言ったところか。

 火属性の汎用魔法である劫火槍の一撃では簡単に終わらせることはできないらしい。


 ならばこれならどうだ。


「『劫火槍』――10連」


 今度は先ほどと同じ威力の劫火槍が10本。

 連続でローウルフに襲いかかる。


 ローウルフはなんとか躱そうとするが、さすがに包囲するように放たれる劫火槍の雨は躱しきれない。


 1本の劫火槍が命中すると、たて続けに他の劫火槍も突き刺さる。

 やがてローウルフは圧倒的な火力に包まれて火だるまと化し灰になった。


「あ、しまった。これじゃあ素材が手に入らないな」


 倒してから気づいた俺は、失敗したと後悔する。

 これだから火魔法は難しい。魔物を倒すには火力は高ければ高いほど良いが、逆に高すぎるとこれだ。

 そもそも、火魔法では威力を弱めたところで倒した魔物への火傷などの傷が必ずついてしまう。


 前世的な価値観によるとダンジョンといえば、倒した魔物の素材を回収するものと相場が決まっている。

 せっかくダンジョンに来てるのだから、より楽しむために魔物の素材を綺麗に回収できる方法を何か考えないとダメだな。


「レ、レヴィさま。ダンジョンのボスなのに、こんなに簡単に倒していいのですか……?」


 メリーネが呆気に取られたように言う。


「そうは言っても、ローウルフはC級の魔物だぞ? 雑魚だ」


「C級って、小さな村なら単独で滅ぼせるような危険度の魔物なのですが」


 この世界の魔物についての知識の拠り所が主に『エレイン王国物語』の俺にとってC級はただの雑魚だが、現実的に考えるとかなり危険な魔物らしい。


「そうは言うがな。C級の魔物であれば強くなった今のメリーネなら余裕で倒せるだろ。この間のゴブリンジェネラルもC級だし、あの魔族はA級相当の強さだった」


「うぅ、レヴィさまのせいでわたしの中の常識がなんだかおかしくなってるよぉ」


 メリーネがそう言って遠い目をする。

 強くなることはいいことだろうに変なやつだな。

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