神獣遊戯 №1

白銀隼斗

第1話

【緊急事態発生 緊急事態発生 新宿駅近くにて邪神出現 ランクC 人型突然変異種 繰り返す 新宿駅近くにて邪神出現―――――】


 日本邪神対策本部より第一機隊、通称「神代組」の都部に要請があった。巨大な地下司令室にある巨大モニターに新宿駅付近のマップが展開され、そこに赤い点滅があった。

『本部オペレーターより連絡、対象は沈黙を続けている模様です』

 巨大モニターと階段状になったオペレーター達のデスク。それらを一望出来る位置から細眼で背の高い男が口を開いた。

「先に二式と卯野を向かわせ四式以下と民間で避難誘導を行ってください」

 軽く腰を曲げてマイクを通す。司令室に男、総隊長かつ司令官である蛇塚の声が響く。

『了解。隊長はどうしますか』

 淡々とした声に仮面のような微笑を浮かべたまま答えた。スーツの背を一つに纏めた髪が撫でる。

「避難誘導が完了次第、解放してください」


「ランクCの人型、突然変異種よ。それなりの相手だから気を引き締めるように」

 都部の車庫から二式を乗せた特殊車両が出発、先頭には二式式長である朝烏が乗っており、立ったまま後ろにいる隊員達に言葉を飛ばした。車内のマイクを伝って他の車両にも響く。

「朝烏式長、我々は援護のみなんですか」

 黒い衣装と眼元を隠すようにつけられた仮面、そして刀や槍、銃などの多種多様な武器。彼らは各自の武器を抱えたまま朝烏を見た。天井にある適当な金具を掴みつつ視線を巡らせる。

「貴方達は新人だったわね。丁度いいから教えておくわ」

 彼女の双眸は金色に近い色で、薄暗い車内のなかでは一際光って見えた。黒い長髪と装備、そして首からぶら下げたカラスをモチーフにした仮面が、より彼女を威圧的に演出した。

「一番死ぬのはどの式か知っているかしら。我々二式よ。一式は犬飼隊長の直属であり攻撃専門、三式は白鷹式長が率いる軍隊、特殊部隊仕込みのプロ集団。そして我々二式は一式の援護部隊であり、最初に送られる存在……言わば毒見役よ」

 車が揺れる度に金具や武器についているキーホルダーなどが音を起てる。然し軽く掴まっているだけで立っている彼女は一切影響を受けず、しっかりと踏ん張っていた。

「二式が一番人数が多い。それはそれだけ死ぬから。神代組にとって私達は捨て駒と同等よ」

 運転席側から低い声がかかる。

「式長、まもなく現着します」

 それに「分かった」と言いながら真っ直ぐに新人達を見た。

「けれどね、私達二式がいなければ一式も三式も初見殺しに遭う。戦闘向きのBEASTを持つ彼らを無駄死にさせる訳にはいかないの」

 片手を離し、首にぶらさげた仮面を取った。眼元に近づけながら強く言う。

「私達がいなければ、奴らは無様に死ぬ。奴らが無様に死ねば、私達も死ぬ。奴らの機嫌を良くして命と金を得る為にきちんと死ぬ気でやるのよ」

 ペストマスクの下を取り去ったようなデザインの仮面を装着すると、朝烏は先に車から降りた。黒髪と同時に長い裾が舞い上がる。

 続々と隊員達が降りてくる。今回は新人が多く、初めての現場と数キロ先に見える邪神の姿に怯える者もいた。その先頭で朝烏はBEASTを発動した。ゆっくりと指先まで黒に包まれた両手を広げる。

 八咫烏:解(カイ)、酷い頭痛と引き換えに三十秒先の未来を見る事が出来る異能力であり、彼女の瞳孔は細く呼吸は一時的に止まった。

 三十秒先、世間的に見れば短く大した力ではないかもしれない。だが対邪神においては例え五秒でも未来が見えるというのはそれだけで有利になる、特に初動は。

「距離詰め、左側から攻撃、しゃがめ!」

 朝烏が見えた景色を叫んだ瞬間、対応しきれた隊員は全員膝を折った。だが一瞬のパニックによって遅れた数名は、邪神の伸ばされたムチのような腕にぶつかり、首がぐちゃぐちゃに折れたり胴にヒットして吹き飛ばされたりと散々な目に遭った。

 だが誰も気にしない。近くにいた新人が怖気付くあいだに隊員達は動き出した。

「変異種は速いから嫌になるわ」

 邪神の初動はランク、形関係なく素早い。それもあって最初に投下されるのが予知能力を持つ朝烏だ。懐から頭痛薬を取り出して口に投げ込む、ばりっと錠剤を噛み砕いた。

 まだ二回は使える。ずきんずきんと脳髄にまで響く痛みに、枯れ木のように細く乾燥した不気味な邪神を見上げた。

『オペレーターAAより通達。対象の攻撃を確認』

 新宿駅に向かうヘリが一機、そのなかで棒付きのキャンディを咥えた、やつれた見た目の男が口元のマイクを調節した。

「了解。避難は」

 夜の東京都を上空から見下げる。

『八割完了。駅構内及び周辺施設もシステムが発動しています。問題なし』

 隊長補佐の卯野は軽く欠伸を漏らした。三白眼の下には酷い隈が出来ている。

「了解。武装解除を要請する」

 勿論欠伸もその後の緊張感のない声も司令室には聞こえている。

「病み上がりだと言うのに、申し訳ないですね」

 後ろで手を組みながら思ってもいない事を口にした。傍にいる総隊長補佐の七泉が彼を一瞥しつつ、要請を許可した。

『武装解除を許可。規則に従って使用してください』

 マニュアル通りの無感情な言葉に「了解」と気のない返事をし、卯野はヘリを新宿駅まで加速させた。

「卯野隊長補佐が到着した! 各自で動け!」

 地上では二式が邪神と対峙しながら情報を集めていた。今回は既存の個体の突然変異種、一部の動きや特徴は一致しているが身体全体が伸び縮みしたり、不意に痙攣したりするのはこの個体のみだ。

 朝烏の指示に従い、隊員達は予め組まれたチーム毎に動きを変えた。新人達は長い事勤めている男と朝烏のもとに分かれている。

「貴方達は先輩の動きを見ているだけでいいわ」

 腕を組み、邪神の様子を観察する。二式に配属されている隊員のBEASTは基本、陽動や援護系の力ばかりで何人か視界内、聴覚内のものをデータ化出来る者もいる。彼らがどのように邪神を挑発、刺激し行動を誘発させるか、そしてそれらを最低でも一分、安全を確保しつつ完璧にデータ化するか……新人達は将来の自分の姿を重ねるように見守った。

『こちら卯野。囮役を頼む』

 通信機器を通じて朝烏の耳に届く。上空から戦闘用ヘリの重厚な音が響いてくる。

「そこから動かないように」

 軽く振り返って新人達に言うと、彼女は前に出ながら指を口に近づけた。ぴいー!っと甲高い音が閑散とした街中に轟いた。

 すると邪神の動きがぴたりと止む。ややあってゆっくりと振り向いた。そのミイラを更に細く搾り取ったような顔で朝烏を見つめた。

 刹那、耳を劈く悲鳴に近い咆哮があがり、一瞬でムチのような腕が彼女に迫った。風が舞い、黒髪が大きく広がる。

 然しその数秒でしゃがんで避けると腰にあるハンドガンをとった。ノールックで発砲、着弾と同時にピンク色の粉のようなものが爆発し、邪神は興奮状態になった。

「さっさと追い込むか」

 邪神が完全に彼女だけを狙うようになったのを確認すると、卯野は口の中でキャンディを転がした。棒の位置が右から左に動く。とんとんっと右足を数回打ち付けた。

 アラミラージ:腕(ワン)・続(ゾク)、酷い睡魔と空腹を引き換えに一分間四本の腕を出現させる。白く半透明なそれらは操縦をこなしつつ、同時にスイッチやパネルを操作しはじめた。

 然しエネルギー消費が激しいせいで睡魔が特に酷く、貧乏揺すりが秒針のように時間を刻んだ。また思考能力も低下する為、彼は最優先事項である邪神への攻撃に集中した。

 一分間だが実際には三十秒だ。卯野の能力に合わせて改造されたヘリは、機関銃、ミサイル、ショットガンの三種を同時に展開、朝烏に被弾する可能性も考慮せず一気に放った。

「相変わらずねっ」

 一瞬BEASTを使い予測していた彼女は数秒前に離れており、邪神がそれを追ってその場から消える前に対邪神用の弾丸やミサイルが着弾した。片膝をつきつつ様子を見る、火薬の臭いと煙が充満し対象の姿は闇に紛れた。

 三十秒が経過、すると弾幕が止み、二丁の機関銃は余韻で少し回転した。

『すまん。病み上がりでキツい。帰還する』

 唸るような声に耳にある通信機器を軽く触った。

「お疲れ様です」

 卯野は大欠伸を漏らしながらもヘリを都部に向けた。キャンディはかなり小さくなっており、頭がぼーっとする。

「クソでかいキャンディ、ねえのかな」

 甘いものならなんでもいい。いっその事砂糖でも持ち込もうかと考えつつ、卯野は一旦帰還した。

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