第37話 おじさん、見守る

(まるでイタチだな……)


 頭を低く下げてぬるぬると洞窟の先を進んでいくスカウトのテンを見ながら俺は舌を巻く。


 カイザスをって馬車で揺られること五日。

 ワイバーン襲来の原因となった『誘いの宝珠オーブ』のあった洞窟にたどり着いた俺たちは、エルくんパーティー四人を先陣に中へと入っていた。

 俺、キングくん、ジャンヌの両騎士団長の三人は彼らの探索を後ろから見守る形。


 あっ、それから荷物持ちのレイン。

 無口な彼は、エルくんパーティーと俺たちの中間に位置どっている。


(荷物持ちか……。俺は利用したことがなかったが、上手く気配を消してみんなの邪魔にならないようにしてるな。うん、なかなかのやり手だ)


 ソロで冒険してた俺だからわかる。

 クエストを成功させる一番の要因は「敵に気づかれないこと」。

 いくら強かろうと敵に不意打ちされちゃどうしようもない。

 だから「気配を消せる」というのはとてつもなく重要な才能なんだ。


 ガシャン、ガシャン……。


 まぁ俺の隣で鎧をガシャガシャ鳴らしてるこの二人がいる限り、あんまり意味がないんだけど……。


「キングくん? ジャンヌ? もうちょっと鎧の音に気を遣ってもらえると嬉しいんだけど……?」


 ただでさえ鎧なんて金属の匂いがして敵に気取けどられやすい。

 冒険者なら泥や汚物で汚して匂いを消したりするんだが……。

 まさか騎士様にそんなことをお願いできるはずもなく。


「あぁ、これは失礼。しかしこの『聖なる鷹セント・グリフィス』の鎧を脱ぐことは騎士としての誇りにたがえますのでご容赦ください」


 したり顔でニヤリと答えるキングくん。

 え? ……馬鹿にされてる?


「先生! 逆にガンガン音を出して威嚇いかくしながら進んではいかがでしょうか!?」


「ジャンヌ? 郷に入っては郷に従えだよ? これまで先人の冒険者たちが培ってきた経験とノウハウに敬意を払おうね?」


「はひぃ……! さ、さすが先生……! 含蓄がんちくのあるお言葉です! よしっ、ではここならセオリア団長もいないですし、どうか詳しく私と二人で個人レッスンを……」


「ジャンヌ? 何を言ってるのかな? 命がけの探索なんだからね? ダンジョンではミス一つでパーティー全員が命取りになる可能性だってあるんだよ?」


「はわわ……! す、すみません! 気をつけます!」


 このジャンヌって子、いつも楽観的すぎる……。

 これでよく今まで生きてこられたなってくらいの軽率・オブ・軽率。

 よほどの幸運ラッキーの星の下に生まれたんだろう。

 しかも副団長だもんな。

 セオリアは実力で団長の座を勝ち取ったみたいだけど、この子はコネとかで副団長に据えられたっぽい。

 しかも「先生、先生」って言って俺につきまとってくるし。

 なんか子犬っぽいんだよな~。

 まぁセオリアが抱え込みがちな性格だから、副団長はこれくらいあけっぴろげな方がバランスは取れてるのかもしれない。


 なんて思ってると、先行してるテンがいつの間にか俺たちの脇へとぬめりとやってきていた。


「ジャンヌさんよ、あんたが宝珠オーブを見つけたのはここなんだよな?」


「はい、ここです!」


 俺のさっきした注意を全く理解してない大声で元気に返事をするジャンヌ。


「なら、俺からわかったことを報告」


 テンが静かに語りだす。


「まず、この先にトラップの仕掛けられた扉がある」


「そうなんですか! 全然気づきませんでした!」


「あんたがここで宝珠オーブを拾った時、なにか異変は感じなかったか?」


「異変ですか? そっちの壁の方で雄叫びが聞こえてガツンガツンぶつかる音が聞こえたから逃げてきました! で、外に出たらワイバーンさんがず~っと追ってきて……」


 ……ん?


「え、ちょっと待って? それ初めて聞いたんだけど?」


「だって初めて聞かれましたし」


 ア、アホだ……!

 この子、どこか抜けてると思ってたけど、底まで抜けちゃってるよ……!


「そっちの壁ってのは隠し扉の方だな。で、どうする騎士様よ? 隠し扉を開けるか。開けないか。ここで引き返すのも手だぜ?」


 鼻に傷のある男、テンがそう言ってキングくんを光る目で見つめる。

 このテンという男。

 俺を襲ってきた時とは大違いだ。

 この五日間の馬車旅でわかったが、彼はエルくんパーティーの中でも生粋の冒険者。


『手柄を立てて名をげる』


 それに向けて一直線に突き進む根っからのヤカラ気質。

 だからといってセオリアに手をかけようとしたことを許すわけじゃないが、オレの中では落ちていた。


(こういうタイプの冒険者もいる)


 そして、このタイプの冒険者は──。


 頼りになる。


 ものすごく。


 そして彼を制御するパーティーリーダーのエルくんの手腕も見事だった。

 理屈をもって「やるべきこと」の手順を説明する。

 何度も、何度も、何度も。

 しつこいくらいに何度も。

 この依頼クエストが成功したら自分たちにどんな報酬メリットが待ち受けてるのか。

 だからまずは何をし、どう動くべきなのか。

 誰が依頼主で、その要望を叶えるための最低ラインはどこなのか。

 反復こそが習慣になり、実力になる。

 何度も繰り返し伝えられるその手順は、パーティーメンバーの体に染みついていき、やがて咄嗟とっさの状況でも自然と体が動いて連携を取ることができるようになる。


(なかなかいないんだよな、ここまでの練度を練り込めるパーティーってのは……)


 冒険者ってのは大抵が馬鹿でわがままで気分屋だ。

 オレがそうだったように。

 そんな冒険者たちをまとめてるってんだから、このエルくんのリーダーシップはマジですごいし、俺が思ってたよりもこのパーティーはレベルが高い。


(こりゃ、俺の出番はないかもしれんな……)


 そう思ってると、キングくんが話を振ってきた。


「ん~……、ケント様はどう思われますか?」


「いっ……!? お、俺……!?」


「はい♡ 伝説の冒険者のケント様ならどうされるかな~と思って」


 めちゃめちゃにこやかなイケメンスマイルを向けてくるキングくん。

 ジャンヌもまるで尻尾をふりふりしてる犬かのように目をキラキラ輝かせてこっちを見てる。


「え~っと……」


 とりあえず。

 俺に出来ることをやろう。

 守るって決めたんだからな、みんなを。


(ふぅ……)


 静かに目をつぶって集中を高める。



「──潜るダイブ



 俺を中心に広がっていく波紋。

 キングくの波紋は相変わらず研ぎ澄まされている。

 エルくんたちの波紋もなかなかに深い。


(──!?)


 荷物持ちのレインの波紋が一瞬おどろおどろしかった……?

 いや、けどすぐに消えたから多分俺の気のせい。

 気を取り直して隠し扉の先の気配を探る。


(これは……)


 俺は感じ取ったことを皆に伝える。


「向こうは広間になっている。そこにいる魔物の数は──三十」


「さ、さんじゅう!?」


 大声を上げたジャンヌがすぐに自分の手で自分の口を塞ぐ。


「ああ──この先にあるのは」


 俺が十年前に冒険者を引退することになったのと同じトラップ。



魔物部屋モンスターハウスだ」

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