閑話(おじさん周りの方々)

第31話 エル、大志を抱く

 【まえがき】


 今回は元盗賊ギルド団員、エルくん視点でのお話です。


 ────────────



 俺は主人公じゃない。

 自分が主人公だなんて思ったことは一度もない。

 めかけの子の俺は、ずっと脇役。

 嫡子ちゃくしこそが主人公。

 第一王子、それこそが主人公。

 そんな世界で生まれ、暮らしてきた。


「エル・カリブ」


 それが俺の今の名前。

 本名エスタビア・ルーデンス。

 砂漠の国イストリア王家の十二男。


 弟のヤリスは十三男。

 どちらもめかけの子。

 それぞれ、別々の。


 ヤリスの母親はヤリスを生んですぐに死んだ。

 それからヤリスは俺のことを「兄ちゃん」と呼んで後をついてくるようになった。

 今ではすっかり体がデカくなっちまったヤリス。

 優しくて強いやつだ。

 こいつにだけは幸せになって欲しい。

 心からそう思う。


 俺の母親は病弱だ。

 医者が言うには治療には相当な金が必要。

 しかし妾の子。

 暮らしていけるだけの金は与えられているが、それ以外の金も自由も与えられていない。

 金を稼ぐには──外に出るしかない。


 イストリアの外の国へ。


 名をげる。

 そして金を稼ぐ。

 俺達のことを誰も知らない場所で。

 なんなら武功でも引っ提げて国へ帰れば。

 王族内での俺たちの立場も強くなり。

 母を助けるだけの金を動かせるようになるかもしれない。


 そう誓って旅に出た。

 ヤリスと二人。



 小さい頃からヤリスに頼られていた俺は、物事を建設的に考えるクセがついていた。

 目的を成すためには何をすべきなのか。

 どういった順序で取り組むべきなのか。

 外に出て気づいた、俺の才。

 段取りの才能。

 それは道中でも都度つどきた。


 ある都市でコビットという狩人と出会った。

 コビットは流しの「冒険者」だと名乗った。

 初めて出会った冒険者という存在。

 胸躍った。

 己の腕一本で悪を倒し、すべてを手に入れる。

 それが冒険者。

 いいね。

 特に。


 悪を倒す。


 って部分が。

 今にして思えば、小心者のコビットがカッコつけで言った言葉だ。

 でも当時の俺達には、その言葉の魅力にあらがうすべも知識も持ち合わせてなかった。


 俺とヤリスは冒険者になった。

 俺は剣士に。

 ヤリスは戦士に。

 砂漠の王族が、今では駆け出しの剣士と戦士。

 悪くない。

 資本は体、ただひとつ。

 王族としての見栄も誇りも、そして束縛もない。

 自由だ、俺たちは。

 こうしてコビットと共にクエストをこなしつついくつかの街を周り。

 やってきた。

 緑豊かな土地、ゼスティア王国へと。



 ゼスティアの王都カイザスで、俺たちはテンという男とパーティーを組んだ。

 テンは有能なスカウトである反面、性格に難を抱えていた。

 目の前の報酬にすぐ目をくらませて周りが見えなくなる。

 それがテンの欠点。

 スカウトとしては致命的。

 だが、俺の段取りの才。

 それによって俺達は上手くテンを管理することが出来ていた。


「お前、大臣でもやってたほうが向いてんじゃねぇか?」


 テンにそう言われたことがある。

 それから。


「それか、国王とか? ははっ……」


 そうも言われた、冗談めかして。

 国王ね。

 はいはい。

 国王なら母の治療もすぐに出来たんだろうが……。

 テンのその言葉は、なぜか俺の胸にずっと刺さり続けることとなった。


 俺。

 弟のヤリス。

 狩人のコビット。

 スカウトのテン。


 攻防遠捜そろったバランスの良いパーティーだった。

 テンに教えてもらってコビットは簡単な魔法も使えるようになった。

 順調。

 順調だった。

 カイザスを拠点に据えた俺たちは、すぐに頭角を表しかけた。

 が、しょせんは脇役の俺たち。

 いつも物事は順調には進まない。


「エル! 冒険者はもうオワコンだ! これからは盗賊で名をげるぞ!」


 冒険者、というもの自体がもう落ち目なのだそうだ。

 なんでもカリスマ的な人気のあった剣士がとんずらかましてから盛り下がってるらしい。

 誰だよ、カリスマって。

 主人公気取りか?

 祖国から逃げ出してきた脇役の俺は、ここでもまた別の主人公に振り回されるのか?

 なら俺が再び冒険者を盛り上げてやるよ!

 な~んて思うはずもなく……。

 だって建設的に考えると。


 金。


 俺には金が要る。


 落ち目の業界を再びもり立ててる時間なんて俺にはない。

 名誉、栄誉、戦功。

 業界が落ち目でそれらを手に入れるのに時間がかかるようになるわけだ。

 なら、残りの俺たちの目的。

 いや、俺たちのっていうか目的。


「金」


 それに特化した活動へと移行するのは、極めて道理の通った建設的な道筋だった。

 悪と倒すことに魅力を感じて冒険者になった俺は、悪の盗賊団に身をやつしたってわけだ、ハハッ……。



 盗賊ギルドのボスと一騎打ちをした。

 勝てば俺がボスになれるらしい。

 ボスになると当然収入が増える。

 なら目指すべきだ。

 腕には自信があった。

 戦いとは段取りだ。

 敵を倒すという結果に対して過程を積み上げていく。

 そのための剣術。

 そのための戦術セオリー

 が。

 通用しなかった。

 理屈の外の存在。

 だって。


 


 そんなものを相手に剣でどう戦えと?


 母をため。

 そう志してカンザスへとやってきた俺たちは。

 いつしか盗賊としてこの街にこととなった。


 盗賊に身をやつした俺の唯一の心の支え。

 それは盗みを働く相手が「悪徳貴族」や「悪質な奴隷商人」だったってこと。

 悪を倒す。

 昔夢見た、明るい光。

 その細い細い希望を俺はかろうじて見続けていた。

 真っ暗な、盗賊ギルドのアジトの中で。


 盗賊としての俺の人生は突如として終わりを迎えることとなった。 


 一人の。


 おっさんによって。


「主人公」


 まさにそう呼ぶにふさわしかった。

 一人で悪の集団たる盗賊ギルドに乗り込んで。

 無敵、無敗のボスまで倒しちまう。

 これを主人公と呼ばずしてなんと呼ぶ?


 しかもその主人公おっさん


 次の日に。


 倒しちまったんだ。


 飛龍ワイバーンを。


 震えた。


 震えた。


 震えたよ。


 あれが主人公。

 あんな冴えないおっさんが。

 空飛ぶ飛龍ワイバーンを一刀両断。

 街を守っちまうんだ。

 主人公だ、彼は間違いなく。

 俺たち、脇役とは違う。


 おまけにボスとも顔見知りだってんじゃねぇか。

 騎士団長や冒険者ギルド長とも。

 そんでなんだ?

 今度は魔導都市からつかわされてきた大魔道士と戦って勝っただって?


 吹っ切れたよ。

 俺は凡人。

 主人公とは違う。

 だが、俺は建設的な男だ。


 この男。

 ケント・リバーがいれば。

 冒険者は再び最盛を迎える。


 しかもかなりのスピードで。

 なら。

 再び冒険者に戻ろうじゃないか。

 なんでもケントは女たちに囲まれたややこしい状況にあるらしい。

 ふむ……。


 使


 ケントには悪いが、これは俺にとっては己の才の活かせる絶好の状況だ。

 俺の段取りの才で。

 俺がこの復興を約束された冒険者ギルドのナンバー2の地位を今のうちに確立し。


 全力で主人公様のおこぼれに預かる!

 

 プライド?

 そんなもんは盗賊に身をやつした際にとうに捨てたね。

 俺はこの英雄で主人公のケント・リバーを全力でサポートし、取り入って、名をげる。

 そして俺を信じてここまでついてきたヤリスも明るい表舞台に立たせてやりたい。

 そして武功を引っ提げ祖国に戻り──。



 国を獲る。



 ……ん?

 あれ?

 国を獲るってのはなんだっけ?

 なんで脇役の俺がそんなこと考えてるんだ?

 ケントに当たられた?

 テンに昔言われたから?

 いや、違うな……。

 たしか……。

 あ、そうだ。

 レイン。

 荷物持ちのあいつに言われたんだった。

 なんか地味で陰気なアイツ。


 今度の洞窟探索のミッション。

 騎士団から依頼されたそれに俺たちは参加する。

 人員が足りないからって取調べ中のテンもパーティーに加えてもらえることになった。

 そこで手柄を上げれば恩赦おんしゃを与えてもらえるらしい。

 絶好の名をげる機会だ。

 そこにあのレインもついてくるらしい。

 って……いつからいるんだっけ、あいつ?

 なんか盗賊ギルドにもいたような気もするが、いかんせん存在が地味過ぎてあんまり記憶にないんだよな……。


 まぁ、いい。

 そういうわけで脇役の俺は、母を治すという目的のためにまずは今度の洞窟探索の依頼クエストを成功させる。

 そして全力で主人公のケントにぶら下がって──。


 砂漠の祖国イストリアの国王の座を奪う!


 いやいや、違うって……。

 なんで脇役の俺がそんなだいそれたことを考えてるんだよ……。

 なんか調子がおかしいな……。


「お~い! エル! こっちの修繕手伝ってくれ~!」


「あ、は~い! すぐ行きます!」


 冒険者ギルド長ベルドにアゴで使われながら。

 建設的な俺は。

 頭に浮かんだ疑問を一旦かき消し、目の前の課題やらなきゃいけないことに取り組むのだった。

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