第23話 キング、悔しがる

 【まえがき】


 今回は聖なる鷹セント・グリフィス騎士団副団長キング・マイセンくん視点のお話です。


 ──────────────



 ぬおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 悔しい!

 悔しいっ!!

 ぐ、や、じい~~~~~~~っ!


 なんだ!?

 なんなんだ、あの中年は!?

 ありえないだろ!

 この俺が!

 負ける、だと!?


 あ、り、え、ん、だ、ろぉ~……!

 完 全 無 欠 のこの俺が!

 家柄以外なんの欠点もない俺が!

 名前の通り将来は実力でキングの座を奪うであろうこの俺が!



 、だとぉ……!?



 ぐぉぉぉぉぉぉぉおおおお!

 ぐぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!

 ふんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 マジで!


 あ! り! え~~~~~~ん!


 ありえんっ!

 ダメダメ! こんなことあっちゃだめ!

 大体なんだ!?

 あのセオリー無視の剣筋は!?

 邪道も邪道じゃないか!

 あんなものから何を学べと!?


 その小汚いおっさんが、怒り吹き荒れてる俺の方に情けない表情をした顔を向ける。

 とっさに俺の顔は。


 にっこり。


 とに切り替わる。


「ケント様、ご指導ありがとうございました。大変勉強になりました」


 はい、好感度二千パーセント対応。

 でも、内心では……。


 なにが勉強だ、ばぁ~~~~~か!

 こんなもん勉強になるか!

 死ねっ!

 今すぐ砕け散れっ!

 死兆流星群デスオーメンスターダストの欠片にでも頭をぶつけて死んじまえっ!


 なんて思ってる。

 そんな俺の怒りに気づく様子すらないボサボサ髪の中年剣士は相変わらずアホみたいな顔をぶら下げたまま詰め寄る騎士たちから質問攻めにされている。


 くそっ……なんなんだこの状況は!


 中年の隣で得意げに笑顔を浮かべる清らかな白鳩プラミチア女騎士団団長セオリア・スパーク。


(なんでこんな中年を連れてきた……!? お飾りの女騎士団の中で唯一真実の輝きを見せる美しき薔薇、セオリア・スパークよ……!)



 感情なんて意味がない。


 そう思って生きてきた。


 むしろ、


 そう思って行動してきた。


 枯れた大地カルフォを治めるマイセン男爵バロン家。

 その七男として生まれた。

 記憶にあるのは、うとましげな親の顔。


「こいつが娘だったなら他所よそとつがせてえきになったものを……」


 父の。

 母の。

 顔にそう書かれていた。

 こんな辺境の地の低級貴族の名前が「キング」なのも、どう考えてもヤケクソ……というかもはや完全なる嫌がらせ。


「このままだと捨てられる」


 そう思った俺はおびえて過ごした。

 今日捨てられるんじゃないか。

 それとも明日捨てられるかも。


 おびえが極限を超えた時、子供ながらの短絡さからひとつの結論を導き出した。


「思ったことと反対のことをしてみよう」


 憎い敵に優しく笑いかけ。

 不条理に怒りながら素直に真摯しんしに受け止める。

 楽しいときは真顔をよそおい。

 決して本心を表に出さない。


 捨てられたくない一心でやりはじめた子どもの浅知恵。

 だが。


 これが


 元々は後ろ向きで気が小さくいつも何かにおびえ、怒っているような性格だった。

 それを反転させた俺の外面そとづらは万人に受けた。

 まずは女中から。

 やがて家臣。

 そして領民たちと。

 すぐに可愛がられるようになった。


 それに伴い勉学と剣の腕も磨いた。

 俺の外面の足を引っ張らないように。

 どちらも俺に向いていた。

 他人の目を気にしなくていい。

 楽だ。

 剣にいたっては俺の「本心を見せない」という特徴が活き、立ち会いで負けることはなかった。

 やがて王都カンザスの騎士団への入団が認められた。


 団にはそれなりの強者つわものもいたが、それよりもここで大事なのは「社交」だった。

 騎士団は貴族の集まり。

 武よりも家柄。

 誇りよりも地位。

 がっかりした。

 こんなものか。

 天下の聖なる鷹セント・グリフィス騎士団は。

 だが皮肉にも、そんな騎士団だからこそ俺はみるみるうちに出世を果たすことが出来た。


 まず、団長のマヒラ・スピリタス。

 こいつがクズだった。

 家柄だけで団長に命じられた無能。

 そのくせプライドだけはキング級。

 そいつを憎めば憎むほど。

 軽蔑すればするほど。

 俺の外面そとづらは冴えていった。

 ここは、気持ちと逆の振る舞いをする俺にとって究極の好青年たることのできる場だった。


 そんな中で見つけたんだ。

 俺と同じく一身に武に励む一輪の美しき薔薇──。


 セオリア・スパークを。


 しかし、すでに俺は感情と真逆の行動しか取れない人間になってしまっていた。


「まだいたのか邪魔なメス豚だ!(今日もあなたに会えて嬉しく思う)」

「貴様に才能なんか微塵みじんもない!(素晴らしい才能だ)」

「この騎士団の面汚しめ!(共に訓練できて光栄だ)」

「さっさと辞めたらどうだ?(これからも一緒に切磋琢磨していこう!)」

「ゴミ虫め!(愛しの薔薇よ!)」


 嫌われた。


 なぜ……?


 いや、当然か……ハハッ……。


 代わりに、彼女の努力に見合う立場を用意すべく俺は影で奔走ほんそうした。

 まずは『清らかな白鳩プラミチア女騎士団』の立ち上げ。

 次に、その騎士団長にセオリア・スパークを推挙。


 騎士団。

 貴族。

 王族。

 クズだらけのクソだらけ。

 この王国は──巨大な糞溜くそだめだ。

 けど、皮肉にもそんなクソだからこそ俺は最高のとして振る舞うことが出来ていた。

 

 俺は感情と逆の行動できない人間だ。

 だから怒りしか湧かない糞溜めの王都が俺の一番輝ける場所。

 ドブの中でしか生きられない腐ったボウフラ。


 それが──俺だ。


 だが、おかげで副団長にまで成り上がった。

 お次はクソなお姫様でもめとってクソの王にでもなってやろう。


 ただ、ひとつの心残りは──。

 唯一、俺が心の底から愛した女性。

 お飾りの女騎士団の中でただ一人真実の輝きを見せる美しき薔薇。

 セオリア・スパーク。

 キミの、その横に……。



 なんでそんな小汚いおっさんが立っているぅぅぅぅぅ!?



 あまつさえセオリアもデレデレとした顔をしやがってぇぇぇぇぇぇぇ!

 どうしたセオリア!?

 武に一途に励んでいたキミはどこへいった!?

 あの美しきキミは!?

 俺と一緒に汗を流したこの数年間はなんだったんだ!?


 あぁ、また!

 セオリアがおっさんの背中をモジモジしながら叩いているっ!

 なんだ!?

 なんなんだそのイチャつきっぷりは!?

 セオリア!

 キミは一体どうしてしまったというんだ!


 最高の笑顔を顔に貼り付かせたまま俺が悶絶していると。


(……ん?)


 中年がこちらに向かって小走りで駆けてきた。


「ケント様、どうされました?」


 はい、とっさに好青年☆


「キングくんさ、キミさっき……」


 その中年──ケントは信じられなことを口にした。


んだよな?」


 ……は?


「あ~大丈夫! わかってるから! ってことでサンキュ~な! それだけ言っとこうと思って!」


 そう言ってケント──中年はトコトコと駆けていった。


 ……は?(キリッとした顔)


 俺が?(キリッとした顔)


 わざと負けた……だと?(キリッとした顔)


 この俺が……?(キリッとした顔)


 ふっ……。(真顔)


 ふふっ……。(真顔)


 ふはははは!(真顔)


 ふはははははははは、ケント!(めちゃめちゃ真顔)



 殺す!!!!!!!!!!!!(にっこり)



 俺はを、視線の先で仲良くいちゃついてるクソボケ中年ケントと愛しの薔薇セオリア・スパークに向けて送った。

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