第22話 おじさん、立ち会う

 王都カイザスにはふたつの騎士団が存在している。


 ひとつは『清らかな白鳩プラミチア女騎士団』。

 セオリアが団長を務める全員が女で構成された騎士団だ。

 庶民の出も多く、王国の「公平さ」をアピールするために近年創設された騎士団。


 そして、もうひとつが『聖なる鷹セント・グリフィス騎士団』。

 全員が男。

 全員が貴族。

 いにしえから存在する、いわば「正規の」騎士団だ。

 その副団長キング・マイセンが、剣を構えたままイケメンスマイルを俺に向けてくる。


(おいおい~、なんだよこの一分いちぶの隙もない爽やか好青年は……)


 金髪センターパート。

 キリッとした碧眼へきがん

 真っ直ぐに伸びた眉毛。

 すらりとした鼻筋。


(世の中の女全員が見惚れそうな美形じゃね~か)


 顔だけじゃない。

 鎧の下から垣間見える尋常ならざる筋肉の張り。

 それにくわえ──。

 笑顔を浮かべてリラックスしてるようにも見えるにもキングだが……隙がない。


(んだよぉ~! ったく、ずりぃ~よ神様は! イケメンな上に絶対強いじゃね~か! しかもこの若さで副団長って……。スラム育ちでさぁ、冒険者の責務すら投げ出しちまった俺がさぁ、こんなイケメン爽やかお坊ちゃまにボコられたりしたらさぁ……)


 おじさん、泣いちゃうかも。

 ……ハッ!

 そうか、セオリア!


 セオリアは、んだ!

 俺への恨みを晴らすために!


 なるほど~! そうかぁ~!

 うんうん、合点がてんがいった!

 合点がてんはいった、が……。


 ま、おじさんはおじさんなりに足掻かせてもらうとしますかね。

 なんせ俺には「冒険者の復興」と「魔物大量暴走スタンピートの阻止」っつ~まだまだやんなきゃいけないことが山積みなもんでね。

 ここで怪我なんかしてらんないんですわ。


 ってことで……。



「──潜るダイブ



 心が静まり返る。

 一段と深く。

 周りの騒音──波紋を除去していく。

 すると残ったのは。

 正面に立った男、キング・マイセンの放つ、どこまでも深く研ぎ澄まされた波紋。

 それだけ。


 にしても──。

 こんなに磨き抜かれた波紋とは初めて対峙するな。

 昨夜、倉庫で戦った若者も手強い匂いを醸し出してた。

 あれは人を殺すこともいとわない匂いだった。

 こちらはそれとはまた違う。

 武人の匂いだ。


(なら、こっちはこれでいきますか)


 さぁ、剣技だ。

 さぁ、勝負だ。

 だが、それ以前にこれは──。


 だ。


 ギンッ──!


 殺気を飛ばす。

 俺が多少覇気をまとった程度では、この気力体力ともに充実した若者には敵わぬだろう。

 だから。

 殺す。

 殺す。

 殺す。

 殺気を飛ばす。

 結局のところということはそういうことだ。

 なぜ殺す?

 それは。

 生き残るための手段だから。

 その状況においてだから。


 さぁ。

 お前はなぜ戦う、キング・マイセン副団長?

 己の名誉のためか?

 家の栄誉のためか?

 団員たちにいいところを見せたい?

 それとも純粋に勝負を楽しみたい?

 自分の強さを見せつけて愉悦に浸りたい?


 俺はずっと。

 ずっと。

 戦ってきた。

 お前の剣には乗ってるのか?

 生命すべてを奪う覚悟が。

 相手を殺してでも手に入れたい目的なにかが。

 自分にはこれしかないんだという存在意義たましいが。


 ゆらり──。


 静かだったキングの波紋にほんのわずかな揺らぎを感じ取る。

 俺はすかさず水の中を泳ぐようにヌッ──と木刀を回し、キングの脇腹を狙う。


 サッ──。


 キングはすかさず体の向きを変えて距離を取る。


(うん、迷いのない動きだ)


 何度も何度も繰り返し修練を重ねてきたのだろうことのわかる動き。

 修練を経た動作はやがて体へ染みつき。

 そいつの日常になる。

 そこが真につえ~奴のスタートラインだ。

 体が勝手に動く。

 考えずに対応できる。

 そうなると余裕ができる。

 余裕ができると、次は相手の裏をかくことができるようになる。

 先手が取れる。

 そして──そのまま。


 ガッ、ガガガガガガッ!


 俺はあらゆるフェイントを挟みキングを手数で圧倒していく。

 そして──。


 次第に追い込まれていったキングは俺の起死回生の振り下ろしを仕掛けてきた。


(はい、いただき)


 肉を斬る剣撃でも、鎧に叩きつける剣撃でもない。

 剣を絡め取るための──剣撃。


 カンッ──!


 乾いた音が響く。

 キングの持った竹刀はくるくると宙を舞って──。


 ザクリ。


 と、修練場の砂場へ突き刺さった。



「嘘だァァァァァァァァァ!」



 俺にいちゃもんつけてきた騎士アダヴァくんが悲鳴にも近い金切り声を上げる。


「キィィィィィィ! おかしい! 絶対に、おっ! きゃっ! しぃぃぃぃぃぃぃ! 王国最強、騎士団史上最強と言われたキング副団長がこんな胡散臭い、冴えないおっさんに負けるだなんてありえないぃぃぃぃぃ!」


 なんだろう。

 やっぱ王都って人が多いだけあって色んな人がいるな。

 そんなことをボンヤリ思っていると。


「ケント様、ご指導ありがとうございました。大変勉強になりました」


 と、キングくんが変わらずにこやかに話しかけてくる。


(あっ、そういうこと……?)


 察しのいい俺はすぐにピンときた。

 このキング副団長は俺に花を持たせてくれたんだ。

 今後の俺の指導がやりやすくなるように。

 なるほど。

 さすがは副団長だ。

 全体を見て行動することができる。

 うんうん、さすが多くの騎士を束ねる立場なだけあるな。

 若いのになんて立派なんだ。

 これは……つい本気になっちゃったおじさんのほうが大人気おとなげなかったかな?


 なんて思ってると。


「ケント様、今のはどうやって!?」

「キング副団長を倒すとは本物! ぜひ手合わせを!」

「ケント様!」

「ケント様! 私にもご指導を!」


 目を輝かせた若い騎士たちが一斉に押し寄せてきた。


「うおっ!?」


 そしてタジタジになった俺の目に。


「ぐぎぎ……!」


 と、遠くで一人ポツンとハンカチを噛んで悔しがっているアダヴァくんの姿が映った。


(あ~、アダヴァくん、またスネちゃったよ……)


 まぁ、でも。


 セオリアが。

 キングくんが。

 俺に微笑みかけている。


(これでちょっとはみんなにも認めてもらえた……かな?)


 俺は就任初日、最初のミッションをクリアーしたことにホッと胸をなでおろした。

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