第13話 おじさん、戦う

「セオリア、無事かっ!?」


「あ、ああ……! 私は問題ない!」


 よかった。

 もしセオリアに傷一つでもついていたら、俺は──。


 ゾワッ……!


(初めて人を殺してたかもしれねぇ……!)


 全身の毛が逆立つ。


「ぎゅひぃ……! この圧力プレッシャー……まさに剣鬼ケント・リバぁ~……! 懐かしいぞぉ~……帰ってきたぁ~……帰ってきたぞぉ~、ケントがぁ~、この俺に殺されるためにぃ~! ぎゅひゅひひひ……!」


 男は背中からもう一本の短剣を取り出すと、俺の脇腹めがけ躊躇ちゅうちょなく突き立ててきた。


 ピリッ──。


 超感覚で感じとった微かな殺気の波。

 それを頼りに。


「あいにく俺はてめぇなんか知らねぇよ──っと!」


 ズリッ──。


 短刀を足の裏で逸らす。

 男はその衝撃インパクトに逆らわず、後ろに跳ぶ。


「ぎゅひひぃ~、やるやるぅやるなぁ、ケント・リバぁ~。これだけの腕を持って、今まで一体どこでなにをしていたぁ~?」


 男は人混みの中に溶けるように紛れていく。


「ケント!」


 セオリアが駆け寄ってくる。


 チンッ──!


 俺は剣を彼女の腰に鞘に戻した。


「すまん、借りた!」


「う、うん……! あ……ケント、私も……」


 前に進み出ようとするセオリアを制止する。


「いい! 奴は確実に殺しに来てた! 暗殺の剣だ、騎士のお前とは相性が悪い! それより民衆の避難を! あいつは誰彼構わず殺すぞ!」


「わ、わかった!」


 セオリアが通行人たちに呼びかける。


「皆のもの聞いてくれ! 私はプラミチア女騎士団の団長セオリア・スパーク! たった今ここに賊が紛れ込んだ! 皆が戦いに巻き込まれる可能性がある! すぐにここを離れ、安全な場所へ避難されよ!」


 ザワザワ……。

 が、そのセオリアの声は雑踏に飲まれていく。

 だめだ、言葉が固い。

 伝わってない。

 もっとわかりやすく話さないと……。

 しょうがない、俺が後押しするか。


「殺人鬼が逃げ込んだ! もう五人殺してる! 鼻に傷のある男だ! 女子供関係ないぞ! 死にたくなかったら今すぐ逃げろ! ほら、そこにいる! 何してる! 早く逃げろっ!」


 ドッ──!


 一瞬の静寂の後、人々は蜘蛛の子を散らしたようにかき消えていく。


(男は……?)


 見当たらない。

 超感覚も人の残した気配が多すぎて機能しない。


(これを狙ってた……?)


 人の少ない裏通りではなく、大通りでの仕掛け。

 しかも死角を突きながら、わざとセオリアが庇うように仕掛けた。

 おそらく短剣の刃で太陽の光でも反射させたのだろう。

 俺が動揺することを狙って。

 俺の平常心を欠かせるために。

 俺のスキル『超感覚』を乱すために。

 俺の名前を知っていた。

 顔を知っていた。

 ならばスキルも知っているだろう。

 そいつが殺しに来た。

 だが、これは知らんだろう──。


潜るダイブ


 ぽちゃん──。


 心が水面を描く。

 そこかしこで小さいさざ波が立っている。

 それらは波紋を描き、徐々に離れていく。

 ここから動いていないのは、俺とセオリア。

 そして──。


「そこぉ!」


 ガッ──!


 拾い上げた石を放り、木箱を吹き飛ばす。

 すると、その陰から出てきたのは……。


「む~!」


「こども……!?」


 男は女の子の口をふさぎ、こちらへ向かって短刀を投げる。


 ジュバッ──!


 俺は露天の商品棚の板を足で踏むと──。


 ダンッ──トッ!


 踏んだ反動で立った板で短刀を受け、すかさず頭を回転させる。


 向こうには人質がいる。

 どうする?

 どうするのがいい?

 どうすれば。

 


「ケント!」


「──!」


 少女が宙を舞っている。

 男が放り投げた。

 とっさに体が動く。


 スローモーションになる。


 デジャブ。

 この感覚に覚えがある。

 昔、守れなかった時。

 ダンジョンにセオリアたちを連れて行って、撤退せざるをえなかった時。

 あの時も、こんな風に──。


「ぐっ……!」


 女の子を受け止めて地面を転がる。

 男に背中を向ける。

 守らなければ。

 俺が。

 せめてこの子だけは──!


 ド──ン──っ!


 背中に走る衝撃。


(──! 魔法……!?)


 ズザザザザ──!


 地面を転がって衝撃を逃がす。


「だ、大丈夫か……?」


 腕に抱きかかえた少女に問う。

 少女はコクコクとうなずいて返事をする。

 よかった。

 怪我もなさそうだ。


「ぎゅひゃひゃひゃひゃ……! 剣鬼ケント・リバぁ~! これで獲ぉぉった! これからは俺の天下だぁ~!」


 男。

 建物の屋根の上。

 不利だ。

 戦いにおいて、高低差は絶対だ。

 高所から飛び道具を放たれたら、こちらはなすすべはない。

 しかしそれは──。



 、の話だ。



 わるいが俺は今、普通じゃない。

 怒ってる。

 すげ~怒ってる。

 なんだよこれ、めちゃくちゃじゃねぇかよ。

 一般人を巻き込んで。

 ましてや少女やセオリアまで。

 俺を殺して名をげたい?

 ああ、そうかい。

 別にいいよ、そんな奴がいたとしても。

 今でもこんな首に価値があるだなんてありがてぇ話だ。

 でもなぁ。

 それなら──。

 最初から俺だけを狙ってこいよ、卑怯者!


 カラッ──。


 俺は近くに落ちていた麺打ちの棒を手に取る。


「ぎゅひゃひゃっ! そんな棒で何が出来るってんだ! 伝説の剣士ケント・リバーも……これで終わりだなぁ~! 死ねぇ~~~ぃ!」


 ドドドドドドドウッ──!


 高所から放たれる魔法の連打。


「ケントッ!」


 心配するなセオリア。

 こんなの。


 


潜るダイブ……」


 潜れ潜れ……深く、深く……。


 空気の流れ。

 精霊の動き。

 音を、気配を。

 すべて感じ取れ。


 カッ──!


 棒と肉体が一体になった感覚。



 ズドドドドドドドドドドッ!



「フゥ~……」


 一息。

 無呼吸での連打。

 魔法とはつまるところ「現象」だ。

 魔法によって「現象」が起きること自体には干渉できんが。

 すでに起きた「現象」には対処できる。

 つまり──。


 魔法だろうがなんだろうが飛んできた衝撃波に関しては


「そ、そんな……! 魔法だ、ぞ……? 魔法を叩き潰した……? あんな棒っきれで……?」


 呆けたような顔を見せる男。


「せ~の……っと!」


 ブンッ!


 麺打ち棒を投げる。


 ひゅるひゅるひゅるひゅる……ゴチンっ!


 弧を描いた棒は狙い通りに男の頭に直撃し……。


「いっちょあがりだ」


 俺たちは地上げ屋の元締め。

 元冒険者の男。

 テン・ラークスを捕縛した。

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