第4話 おじさん、唖然とされる

 ツゥ──。


 セオリアの頬に涙が伝う。


「すまん、セオリア! 痛かったか!?」


 やっちまった。

 こんなとこまで追ってくるほどに俺を憎んでいる相手を──。

 放り投げちまったよ、俺……。


(おまけに泣いてるし)


 殺されてもいいつもりだったのに。

 つい体が反応しちまった。

 生きようと……してる?

 ……俺が?

 手を抜いて殺されたほうがよかっただろうか?

 いや、セオリアは今は騎士。

 手を抜くほうが失礼だろう。

 とはいえ。

 剣先に込められた剣気は本物だった。


(おかげで深めに『潜るダイブ』しちまったんだが……)


 しっかし、あの泣き虫のセオリアがなぁ……。

 うん、よくぞここまで。


「成長したな、セオリア」


 ひっくり返っているセオリアの頭を撫でる。


「う、うぅぅ……ぶぇぇぇぇぇぇぇん!」


 バサバサッ!


 急に爆発したセオリアの鳴き声に驚いた鳥たちが一斉に飛び立つ。


「びえぇぇぇぇぇぇぇ!」


(うぉぉぉぉ、うるせぇぇぇぇ!)


 タイタンの赤子かっつ~の!

 あ~、このまま放っといて大型の魔物でも寄ってきちゃかなわん!

 一旦家に放り込むか!


 ダッ、パッ、ガッ、ダダダッ──!


 俺はセオリアを抱きかかえると寝床に寝かせる。

 それから、え~っと……。

 水につけた布を額に当てる!


(……風邪?)


 さすがに自分でもおかしいと思う。

 けど、セオリアは大人しくなってる。


(え、ほんとに風邪だったりして……)


 だって顔も赤いし。

 ──!

 ああ、そうか!

 だから俺なんかに負けたんだ!

 そうか……体調が悪かったんだな、セオリア。

 それに、ほら、女の子って色々大変なんだろ?

 いや、あんま知らんけど。

 とにかく、だ。


 セオリアは体調が悪かった!


 でないと、騎士団長様に俺ごときが敵うわけないもんな。

 うん。

 そうと決まれば看病だ。

 で、セオリアが元気になったら──。

 再戦。

 で。

 俺は死ぬ、と。


 うん、すっきりした。

 てっきり俺がまだ強いみたいな勘違いするところだったわ~。

 俺はただのおっさん。

 まったく……。

 もう完璧に自分を知ったつもりだったのに。

 他人と接した途端にすぐこれだ。

 俺もまだまだってことか……。


「ケント……様……」


 寝床の毛布に顔を│うずめたセオリアが呟く。


「なんだ? っていうか『様』ってなんだよ。お前、さっきまで偉そうにしてただろ。頭でも打ったか?」


「えっと……あの……これって…………なんですよね……?」


 そういうこと?

 ああ、ってことか。


「当然だ」


「うぅ……そんな……でも私、心の準備が……」


「大丈夫、心なんていざ始まれば自然と高まるってもんだ」


「そ、そういうものなんですか……?」


「ああ、今まで何万回もってきたからな」


「な……何万回もヤッて……!?」


「いや、何十万かもしかしたら何百万回かも」


「ななな……! なんびゃくまん……!?」


「ああ、体さえありゃ出来るぞ」


「か、からださえ……!」


「おぅ、俺はいつでもイケるぜ」


「い、いつでも……イ、イケ……はぅぅぅ」


「おい? どうした? お前さっきから様子が……」


 ……は?

 なんかセオリアが目をつむって口を突き出してるんだが……?

 え、なにこれ?


「セオリア? お前大丈夫か? やっぱどっか頭が……」


 え。


 今日最大に顔を真赤にしたセオリア。

 爆発寸前な勢いで目の端に涙を溜めてる。


「ケントの……ばかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 バッシャ──!


 俺の顔に。

 水浸しの布が命中した。



「……で、ほんとにいいのか、体調は?」


 テーブルに座ったセオリアの前にお茶を出しながらそう声を掛ける。


「いいわよっ! なんなら絶好調よ! 死ねっ!」


「おいおい……いきなり口悪くなりすぎだろ、お前……」


「うっさいわね! こっちは騎士団長として威厳を保とうとずっと気を張ってたのよ! ばかっ!」


「お前……人のことをそんなポンポン『ばかばか』ってなぁ……」


「バカにバカって言って何が悪いのよ、ばかっ!」


「お前……色々ストレス溜まってんだなぁ……」


「キィー! 誰のせいだと思ってんのよ! だ・れ・の!」


「おい、夜中にコウモリみたいな音出すのはやめてくれ。心臓に悪い」


「ギャーギャーギャーギャーギャー!」


 ドタバタドタバタ。


「……気は済んだか?」


 部屋の中のものをあらかた投げ尽くしたセオリアに声を掛ける。


「ハァハァ……! なんで、一個も当たんないのよ……!」


「え、そりゃあ使ってんもん。『超感覚』」


「はぁ!? 伝説級のスキルをこんなくだらないことに使わないでよ! もっと使うべきときに……」


「使うべき時って言ってもなぁ。ずっと使ってるから、これ」


「……はい? 今、なんて言った……?」


 ぽかんと口を開くセオリア。

 まったくコロコロと表情がよく変わるやつだ。


「使ってる、ずっと」


「ずっと……?」


「ああ、寝てる時も起きてる時も。飯食ってる時からクソしてるとき時まで。ずっとな」


「……は? ありえ……ない、そんな……」


 目をひん剥いて驚くセオリア。

 ハハ、大げさなやつだな。


「他にすることもなかったからな。色々便利だぞ? クソしてるときに魔獣に襲われても反応できるし」


「ちょっと、あんたさっきからクソ、クソって……。っていうか、あれはなんなのよ? 一騎打ちの時に呟いてた『潜るダイブ』ってのは」


「あ~、あれはここに来てから身につけた『技術』みたいなもんだな」


「技術? スキルじゃなく?」


「あ~……なんて言うかな? 生きるための知恵? コツみたいな? 自分の体と心に内側から集中すると、具合の悪いところとか自然とわかって便利なんだわ」


「そんなので……そんな……! ──! そうだ……やってみて! もう一回、ここで!」


「え~? そんな人に見せるようなもんじゃ……」


「いいからっ!」


 ……なんで怒ってんだよ。

 仕方ない。

 さっさと見せて黙ってもらうか。



潜るダイブ



 とぷんっ──。


 静かな水面をくぐって。

 意識が深く沈んでいく。

 深く、深く、静かに……。


 ビュッ──!


 俺の『超感覚』が、セオリアのノーモーションの刺突の匂いを捕らえる。


(うん、不意をついたいい突きだ)


 トンッ。


「──!?」


 俺は宙でくるりと回転すると、剣の背を蹴って──。


「ほっ」


 セオリアの頭に手をついた。

 そして。


「今のはなかなかよかったぞ」


 と褒める。

 片手で逆立ち状態のまま。


「…………!」


 あれ、無反応……?

 え~っと、俺は昔こいつらに無関心すぎたからな。

 その分、ちょっとは大人らしく褒めるところは褒めてやろうかと思ったんだが……。

 あっ、そうか!


「ほっ、と」


 そら、頭の上でおっさんに逆立ちされてたらいい気はせんよな。

 ってことで離れたところにすたりと着地。


「くっ──!」


 ビュッ──ビュビュビュッ!


 俺の後を追って次々と繰り出されるセオリアの剣技。


「おお、セオリア。ほんとによく成長したなぁ。手を抜いてくれてこれだろ? これなら冒険者としてもかなりのものなんじゃないのか?」


 その鋭い剣筋を全て外しながら、俺は冷める前にと思ってお茶を一口飲む。


「お……お茶……?」


「あ、ごめ……。喉乾いたからさ」


「あ……あんたって人は、一体どこまで……!」


 ヒクヒクと引きつった笑いを浮かべるセオリア。

 あ~、また泣いたり怒ったりされたら面倒だ。

 よし、強引に流れを変えてみよう。


 わしっ。


 セオリアの頭をわしわしと撫でる。


「うん、セオリアは笑顔の方がいいぞ!」


「ほ、ほんとに……?」


「ああ、ほんとだ!」


「え、えへへ……」


 お、なんか知らんが笑顔になった。

 でも……。

 いいのか、こういうので……?


「よし! じゃあ次はお前の話を聞かせてくれ!」


 俺のことを話してもなんか怒るからな、こいつ。

 とりあえずセオリアに喋らせることにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る