第19話 タイムリミット
「で、ソウト。あたしをわざわざ呼び出して二人きりになるなんて、どういう風の吹き回し~?」
気怠げに嗤う悪魔は、屋上を取り巻く風に繻子のような黒髪を舞い上がらせている。
「僕はレティシアが大切だ。だから彼女を不安にさせたりしないために、はっきりさせたいことがある。手っ取り早くお前と話をしようと思った」
「へえ?どんな話かしら」
「お前はまだ未熟な身だと言っていた。それなら、僕の前に現れたのはどうしてだ?まだ魂も取れない、僕を完全に自分のものにできないのに」
「なんだ、そんなこと?」
くるりとスカートを翻し、その場で回った悪魔はにたりと嗤う。妖艶な笑み。
「あたしの可愛いつがいの鳥に、天使がちょっかいを出し始めたせい。人のものをとっちゃいけません、てことね」
「……僕を監視してたってことか」
「自分のものを見ておくのは当然だろう?」
「僕はお前のものじゃない」
きつく悪魔を睨み据えて、僕は告げる。
「僕はお前との契約で身体の半分をそっちのものにされたかもしれない。でも、心までは絶対に渡さない」
「天使ちゃんのものだー、って言いたいわけね。はいはい」
語気を強めても、悪魔は少しも怯まない。寧ろ余裕綽々である。
「契約を解消してくれ」
「さすればツキシロソウト、お前は死ぬ」
冷たい真冬の月のようなまなざしで、悪魔は風に散る長い髪を荒くかきやった。
「あたしはね、ツキシロソウト。お前が初恋の男なの。あの契約のときに心を焦がし、ずっと見守って生きてきた……ここで契約を破棄すれば、お前はあたしのものにもならず、これまで生きてきた歴史も修正され、無意味に死ぬ。そんなことは許せないわ」
素早く3歩、目の前に迫った悪魔は僕のネクタイを引いてぐっと身を寄せる。
「ソウト。お前を愛してる。なぜあの天使を選ぶ?諦めてあたしの力が満ちるのを待て。そうすれば、すべてを奪ってあたしのつがいの鳥にしてやるから」
「お断りだ。僕は……レティシアだけが、好きだ」
「いつまでそう言っていられるかしらね」
ぱっとネクタイから手を離し、悪魔は僕に背を向ける。
「お前にはあたししかいない。そのことを、身を持って知るがいい……すぐだ。次の満月の夜、あたしの力は満ちる。一人前の悪魔となって、お前を支配する。せいぜい足掻け、愛しているぞ」
僅かに振り返った相貌。ぞっとするような緑の瞳を猫のように細め、悪魔は屋上の扉を開けて出ていく。
僕は冷や汗をかいている。
次の満月。それは予想以上に早いタイムリミットだったからだ。
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