第5話 ファーストキス
10年も前の話だ。
僕たち月城一家は、父さんの運転する車で遊園地に出掛けていた。嬉しかった、楽しかった、幸せだった。だけどその帰り道で、悲劇は起こった。
いわゆる自動車事故、にあったのだ。対向車線から大きなトラックが突っ込んできて、父さん、母さんは即死だったそうだ。
僕だけがほんの少し意識を残している状態だった。
黒煙をあげる車体。血のような夕暮れ。その景色は忘れられない。
空中を游ぐようにしていたそいつ……悪魔が、僕に囁いた。
助かりたいか。生きたいか。お前が望むなら、力を貸してやろう。さあ、契約だ。
伸ばされたその手を、僕は自分の意思でしっかりと握ったのだ。
僕の命を助けて、と。
その日から、僕の身体の半分は悪魔のものになったのだ。悪魔がそう望んだ、僕もそれを受け入れたから。
「それ以来、友達はもちろん恋人だって作らないと決めて生きてきたんだ。僕の身体の半分は悪魔の力を宿してる。……僕の命は間違ってるんだよ」
レティシアは唖然としている。口許を細い指で覆い隠し、小さく震えながら呟いた。
「嘘です」
「嘘じゃない」
「それでも、嘘です」
「本当のことだよ」
「だって!創人さまからは邪悪な気など一切感じません!わたしは天使です、悪魔の気配がわからないわけがありません!」
「じゃあ、試してみる?」
太陽を背にしていても、僕はレティシアのように逆光で輝かない。忌まわしさだけが際立って影を縁取る。
「僕が本当に身体の半分を悪魔に売り渡したかどうか、調べる方法は知ってるんだろう?」
本当はこんなやりかたは間違っている。
彼女を汚すような真似は間違っている。
それでもわかってもらうためには、提案するしかなかった。
レティシアは逡巡する間をほとんど見せずに立ち上がった。
僕にゆっくりと近づき、抱き締めるように身体を密着させる。
そして僕が身を屈めると、桃色のやわらかな唇が、そっと僕の唇に重なって。
きっと、彼女には。……罪の、苦い味がしたことだろう。
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