俺が唯一の楽しみにしてる事

月城 夕実

俺が唯一楽しみにしてる事

授業前の中学校の教室。


「ぜーったい、話さないで」


彼女はそう言って、耳を塞いでいた。


「ゆう、そんなことしても無駄だよ?」


俺はニヤッと悪い顔で笑う。

俺は高山 しゅう中学二年14歳だ。

今教室で、幼馴染の沼田 ゆうと向き合っている。


彼女は眼鏡をかけていて、長い黒髪を三つ編みにして後ろで縛っている。

文学少女という言葉がぴったりだ。


「殺した、犯人は・・・」


俺は口を開いて言いかけた。


コツン!

いい音が響いた。


「しゅう~いじめるのも程々にしとけよ?」


俺の頭に鈍い衝撃が走った。

頭を固い何かで叩かれたみたいだった。


「痛ってえ~。って入沢?」


涙目になり、思わず頭をさする。

友達の入沢が、俺の頭を教科書の角で叩いたみたいだった。


俺は彼女の好きな本を探しては、いつも先回りして読んでいる。

推理小説ばかり。

だけど、何が面白いのかよく分からない。

ただ言えることは、共通の話題が出来る事だ。


「本末転倒だろ?」


入沢は言った。

俺は、彼女の困った顔を見るのが好きなのだ。


「いいじゃん別に、俺の唯一の楽しみなんだからさ」



****



以前は、あんな意地悪するような子じゃなかったんだけどな。

授業が始まり、柊は前を向いた。

幼いころからよく遊んで・・今でも遊んではいるけど。

小学校までは素直でいい子だったのに・・・。


「しゅうのばーか」


私は、柊に聞こえないように呟いた。

そうだ!

仕返しすればいいじゃん。

って、柊の嫌がる事って何だっけ?


「ん~」

思いつかないな~。

そもそも嫌いな物ってあったっけ?



**



「嫌がらせかぁ~そうだねぇ」


私は柊の姉で3つ年上の、明美さんに相談していた。

いつも頼りにしている人で、家が隣でよく行き来している。

今は明美さんの部屋に来ていた。


「しゅうに嫌いって言えば、嫌がらせになるかな?」


「嫌い?」


「意地悪する柊なんて、嫌いよって言えばいいのよ」


明美さんは、何故かニタニタ笑っている。


「それだけで?」


「それだけで」


よく分からないけど、私は実行してみることにした。

こんな事で効果があるのだろうか?

半信半疑なんだけど。



****



俺は優に呼び出された。

校舎裏に。

まさか・・告白とかって無いよな?


誰もいない所で二人きり。

ドキドキしてきた。

校舎裏って意外と静かな場所なんだな。


「前から言おうと思っていたんだけど、意地悪する柊嫌いなの。もう意地悪しないで」


え?今何て言った。

嫌い?

好きじゃなくて・・?


校舎裏って所から、俺は脳がバグっていたのかもしれない。

うきうきして、てっきり告白されるものだと。

一気に奈落に落とされた気がした。


膝をついて、くずれ落ちる。


「はは、そうか嫌いか・・おれ、意地悪してたものな・・」


どこから間違えた?

俺は優がたまらなく好きだというのに。


「え?具合でも悪いの・・顔真っ青だよ?」


しゃがみ込んだ俺を見て、優が慌てている。

屈んで顔を覗かせていた。

嫌いでも心配はしてくれるんだな。


「胸が痛い・・」


「え?まさか心臓の病気なんて言わないよね?」


「俺は健康体だっていうの!」


「え?でも今、痛いって・・」


俺は優を抱きしめた。


「胸が痛いっていうのは・・言わないと分かんないよな・・俺、優の事昔から好きだから。嫌いって言われて胸が痛くてしんどい」


俺は頑張って笑顔を作って見せた。

多分痛々しく見えるだろう。


「そう・・だったんだ。ごめんね。全然気が付かなかった・・」


「嫌だったんだな・・もう止めるよ。子供っぽくて悪かったな」


「そうしてくれると嬉しいな」


優は、やさしく俺の頭を撫でていた。


「ありがとね、私を好きになってくれて」



****



後日教室で、俺は入沢に話した。


「ってことがあったわけだ」


「って惚気かよ~羨ましいな」


俺が優に告白したことにより、付き合う事になった。

もう意地悪は、出来なくなってしまったけれど。

一緒になって歩いていると、手を繋ぐことが多くなった。


「手を離さないでね。はぐれないように」


俺は少し大げさだなと思った。

そして、優は以前よりよく笑うようになった。


「今日も可愛いな」


俺の唯一の楽しみは、少し変化していったようだ。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



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