第13話

天使、迎えに来ず。


鳥が羽ばたく物音が聞こえる。何かから逃げるように抜け落ちた羽を残して、散り散りになりながら飛んでいく音がする。

 羽か、羽の音。ああ迎えに来たのか。

ジェーンだったら良かったがここも甘くなかったのはがっかりする。

姉にトドメを刺されてからは前が見えない。ここは何処だ?

 手を前に伸ばそうとしたら、腕と手を動かす感覚があった。私はそのまま自分の顔を触ると、顔の上に布のような感触がしたので掴んだ。布のような薄い物体は滑らかで手触りがよかった。

 さらに片手の方の手で布の下になっている自分の顔の頬あたりを手探りで触ると皮膚と肉の下の固い骨の感触があり、外気に晒されているのか皮膚は冷たく感じるが仄かに温かった。普段なら気にしない感覚すらも感動を覚えた。

 羽ばたく音がまた聞こえる。

 私は顔の上の布を取ると、暗く目を凝らして見るとドーム状の石造りの天井が見えた。目で右から左へ左から右へと辺りを見た。暗い中に薄い光が刺しているところが少しだけ見えた。私は自分の頬にある手を口を軽く触り、そのまま線を書くように伝い喉を触った。次に胸の傷痕あたりを触った。革の胸当ては無く、上はシャツだけになっていて胸が少しはだけていて、胸の傷とその周囲は血や血漿が生乾きでベタついていて、不快だったので顔にかかっていた布で拭いた。

 私は生きている。いや生かされている。

 生唾を飲み、次に上半身をゆっくりと起こした。自分の膝の上を見ると花びらが散っていて、さらに周りには大量の花びらで積もっていた。私は石造りの床の上に寝かせられていて、多量の花びらがクッションの役割になっていたおかげでか背中があまり痛くならずにすんだようだ。目が暗闇に慣れ、月明かりを頼りにまた見回しながら、はだけているシャツのボタンをかけ直し立ち上がった。床と同じく、石造りのアーチ状の大きい窓がいくつも並んでいる廊下があり、その廊下は雨や風で花びらの吹き溜まりになっている所はどうやら廃墟と化した寺院らしい。柱や壁にひび割れがあり、その隙間から草木が生え、太陽の光や雨水を少しでも多くとろうとして背を伸ばしている。窓の向こう側には小さな溜め池があり、それもレンガで整備されていて水が汲みやすいように足場や階段があった。私は喉が乾いていたので溜め池の方を確認しに近くに寄った。中庭の溜め池は長い間、人の手入れがされていなかったおかげでか水は藻や水草が生え、小さな虫や生き物達の住処になっていた。私はそれを見て、溜め池の水質を見る限り止めて我慢をした。

 また私が寝かせられていた場所を振り返る。自分の持ち物が無いかと確認し、花びらの吹き溜まりの方もくまなく探したが見当たらない。自分は殺されたようなものだから当たり前かと笑いが込み上げる。

ここに居ても仕様がない。私は中庭の向こう側に見える白い石造りの入り口が見えるので溜め池の前を通りすぎようとした。草花が生い茂っているので足が上がりづらく、自分の今の体だとさらに足が上がらなかったので何度か草に引っ掛かっては転びそうになりながらも溜め池の中庭を何とか通り、虫が草の中を飛び回っては草に止まる音だけを残し、また上空から鳥の羽ばたく音が聞こえたので見上げた。トリ達が群れて飛んでいて、廃墟の中庭で丸腰で立っている私がいるのにも関わらず見もくれずに通り過ぎて行ってしまった。私はこいつらにさえ、迎えに来てもらえないのかと含み笑いをした。喉が渇いてくっつくような感覚がし笑うと咽た。私はまた空を見て、飛び去って小さくなっているトリ達に向かって叫んだ。

「私は丸腰だぞ!ほら来いよ!」

精一杯しゃがれ声で叫んだ。それでもなおトリは振り向かなかった。自分の声がこだまとなって響いて終わり、私はさらに吐きそうになるほど咽せ、片膝をつき、喉を両手で抑え、落ち着くまでしばしそのままの体勢にし、咳き込みが治まると胸の真ん中を優しく抑えて、小さく呟いた。

「……ジェーンはいない」

自分が酷く情けなく感じる。なら迎えに来ないならこっちが行けばいい。地の果てまで。

頭を上を向け、静かに立ち上がり、朽ちた石造りのアーチ状の入口に向かい中庭から立ち去った。

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