クソ真面目な勇者パーティーの中で1人だけ、お酒大好きの女魔法使いはどんな手段を使ってでもお酒が飲みたい

たけしば

第1話 真夜中の1人クエスト



武装したゴブリン達が襲い掛かって来た。

でも大丈夫、あたしが魔法の呪文を唱えるの。


「メッサーヴィントホーゼ!」


風の刃がうずを巻き、竜巻となってゴブリン達を切り裂いた。


一角獣が突撃してきた。

これも大丈夫。魔法の呪文を唱えるだけさ。


「エルデシュレッケ!」


大地をめくり上がる爆発が起こり、一角獣を吹き飛ばした。


全てはこのあたし、魔法使いのマジョリンのお手柄なのさ。

こんな大活躍のあたしだが、悩みがあるの。


「お酒は頼みません」


あたしは仲間達と、小さな町の宿の食堂で夕食をとる所だったんだわさ。

いい働きをした日の夜は、お酒が飲みたくなるものなんだけどさ・・・


「あなた、お酒は人を堕落させる悪しき飲み物なのです!」


一緒に旅する仲間、僧侶のメメシアは頑固な禁酒主義。

あたしに一滴たりともお酒を飲ますまいとするのよ。


「確かに、お酒は体に良くないぜ。肉体を衰えさせちまう」


メメシアに同意する筋肉男、彼は戦士のプロテイウス。

自分の筋肉の為に、お酒を飲まない筋肉バカなのさ。


「でも、ちょっとだけなら、飲ませてあげてもいいんじゃないのかな・・・?」


そう言って、あたしを弁護してくれた優しい少年、彼は勇者ハレル。

一応、このパーティーのリーダーではあるのだけど・・・


「ハレル。あなたはまだ若いから、ちゃんと教えないといけません。お酒は肉体のみならず、魂を汚す飲み物です。神に裁かれるべき、悪魔の誘惑なのです」


ハレルはまだ若いから、言葉巧みに話す堅物メメシアの決めた事に逆らう事は出来ないのだ。

そんでもんで、このままお酒は無しで夕食を済ませる事となってしまったのだよ。


宿はまあ、小さいけれど、宿泊客は少なく、料金も安いから、各々個室で泊る事になったのさ。

ハレルは、男女混合のパーティーにおけるお互いのプライバシーを考えているの。

気が利く我らがリーダーなのさ。


個室はありがたい。

抜け出すのが簡単じゃん。


そんでもんで、日が沈むと、仲間達は寝るのが早い。

ここからがあたしの冒険の本番さ。


そろりそろりと気配を消して、宿から出れば後は自由。

酒場の場所は、この町に到着して宿を探している時に確認済み。

いざ、素早く酒場へ向かうのだわさ。



☆☆



この町の酒場は2件あって、大きな大衆向けの賑やかな酒場と、小さく薄暗い酒場。

どちらも気になるお店だが、やはりはじめての客が入りやすい大きな酒場に行くとしようかねえ。


「いらっしゃい!何名様で?」


お店に入ると店員が大きな声でそう話しかけて来たのよ。


「あたしは1人なんだわさ」


「おひとり様~!空いてる好きな席にどうぞ!」


店内は酒飲み客でにぎわっていたんだな。

あたしは適当に、すみっこの小さなテーブル席に腰を掛けるのよ。


「いらっしゃいませ。お客様、初めてですか?」


優しそうな女性店員が声をかけてくれたの。


「はい。初めてだわさ。ここのお店のおすすめって何かな?」


「おすすめですか~、そうですね・・・ここら辺で収穫される小麦を使った白ビールがみんなよく飲んでいるお酒ですね~。お食事ですと、コォルの漬物と豚バラ肉のベーコンを煮詰めたものがおすすめです」


コォルは厚めの葉っぱが球体状になって成長する野菜で、よく塩漬けにして、発酵させて酸味を出させ、酸っぱい漬物にされて食べられるものさ。長期保存ができる食べ物なのだよ。ふむ、農村に囲まれた村だけに、食料に恵まれてはいるが、これといって珍しいものは無いって感じみたい。


「じゃあ、とりあえずビールと、その煮詰めをお願い~」


注文した後、酒が席に到着するまでのちょっとした時間、この待ち遠しいくもワクワクした時間は、酒場に来ている気分を高めるものさ。

周囲を見渡せば、みんな楽しそうに見える。

ああ、もうすぐあたしもこの楽しい空間の仲間入り・・・


「お待たせしました。先に白ビールと、サービスのショートミートパイです」


テーブルの上に置かれた樽ジョッキのビールと、三角に切られた小さなミートパイ。


「サービスなのですか?無料なのですか?いいの~?」


「はい。煮詰めが来るまでの間、ぜひご堪能下さい」


おお、これはすばらしいねぇ・・・

勇者パーティーにいると、所有財産はパーティーで共有する決まり事があってさ、だからあたしはこっそりへそくりをしているの。

ダンジョンでこっそり見つけた金貨や銀貨、宝箱の装飾品もひっぺはがす時もあるのよ。

これを周囲にばれずに行うのは至難の業。

だから、へそくりがあるとはいえ、使う金額はある程度決めておかねばならないのさ。

支払金額が足りなくても困るし、次の町や村で使う予算が無いのも困るじゃん。


いやいや、今、暗い事を考えていてどうするのさ。

目の前にビール。

まずはこれを頂くしかないよ。

いざ、神の恵みに感謝をしつつ、いただきます。


ごくごくと音を立てて喉を通るビール、地下に貯蔵しているのか、常温よりも低めの温度の液体が体の中に注がれているのを感じる。

ああ、止まらないよぉ。

ついつい1口で飲み干しちゃった。

程よい苦みと穀物の甘みが鼻の奥に広がる。

たまらん。

これは最高に上手いビールだわさ。


「すみませ~ん。おかわり下さい」


おかわりの1杯が来る。

今度はもっとゆっくり頂こう。

ミートパイを1口食べ、ビールを口にする。


「おお~、このミートパイ、ビールにあう!」


感激のあまり、口に出してしまった。

こってりとしたミートパイ、肉のうま味が生地にまで広がっていて、ハーブの味付けの香りがちゃんと肉の味の良さをを引き立てている。

ただ、このミートパイ、脂っこさが尋常じゃない。

1口食べると口の中はギトギトさ。

だが、このビールさ。

ビールが口の中を洗い流し、爽やかにしてくれる。

そして、ミートパイのハーブの味付けがビールの後味に追加され、余韻をしばらく味わっていたくなる。

たまらん。


ミートパイを食べ終え、2杯目のビールも底が見えた。

3杯目、ビールにしようと思ったが、他の酒もあるのか気になったので、店員さんに尋ねてみたのさ。


「他にお酒は・・・リンゴのお酒のシードルがあります」


ふむ、シードルか・・・

煮込みの料理を考えると、ワインなんかがあうかもしれないが、周りの客を見ても、ワインらしき飲み物を飲んでいる姿は見当たらない。

どうやら無いか、あったとしてもお高いのかもしれない。


シードルはリンゴのビールみたいな飲み物だ。

甘くてリンゴジュースをビールっぽくしたもの。

ご当地の酒を飲んでみたい気持ちもあるが・・・


「そうだ、そのシードルとビール、いっしょに一つのグラスに注いでくれるかな?」


「え?シードルとビールを混ぜるのですか?」


「うん、そうそう、混ぜるのさ。これ、絶対美味しいと思うんだわさ」


店員は不思議そうにしながらも、注文を受け取ってくれたのよ。


そして、コォルの漬物と豚バラベーコンの煮込みと、シードルとビールを混ぜた飲み物がやって来たの。


あたしは自分で提案したとは言え、この未知なる飲み物を恐る恐る口に運んで、1口。


「うまい!」


その美味、衝撃はまるで、蛇に噛まれたようだわさ。

シードルの甘々しさをビールがすっきり爽やかにさせているのよ。

まるで、はじめからこういう飲み物があったかのような自然的な味の調和。

感動しちゃったのさ。


それと、つまみにしている豚バラベーコンの煮込みは、コォルの漬物の酸味が染みて、酒が進む味なのさ。


ああ、幸せだ。あたしはこの為に生きていると感じるよ。

この豚バラベーコンの味はきっと、単体で食べても美味しいだろうな~。

肉体の為に禁酒しているプロテイウスは好きだろうな~。

あやつ、禁酒なんかしなければ最高の幸せを味わえただろうに、可哀想なやつだわさ。


そんな事を思いつつ酒の余韻に浸っていると、どうやら周りの客も気になったようで、あたしと同じものを注文しているようなんだわさ。

幸せの連鎖反応が広がって行くのがわかる。

けして直接話すわけでもないが、みんなも同じ酒を飲み、祝福に満たされている。この空間、全てが幸せの塊だわさ~。


もう1杯、飲みたい所だが、勇者達は起きるのが早いし、予算も限られているので、名残惜しいがここらで席を立つ事にしたのさ。

お会計を訪ねた所、店主が出て来て割り引いてくれたのさ。


「今まで酒場をやってきて、色々試行錯誤をしていたが、やっと店の名物になりそうなものができたよ。あなたのおかげです」


変な飲み方をして、感謝されるなんてはじめてなんだな。


あたしは最高の気分で宿に戻り、ベッドに潜り込んだのさ。


さあ、明日も頑張るぞ。世の為、人の為、そして美味しいお酒に出会う為に。



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