世界のカケラ〜白亜の塔編
henopon
第1話 魂のトンネル
「いいこと教えてあげる」
雨の中、僕は廃トンネルの前にいた。
ここは二十年以上前には封鎖され、可動式だったはずの金網も立て看板も錆び、進入禁止と管理者の文字すら怪しく薄気味悪い。
「せっかくわたしの弟になったんだもの」
新しくできた姉は、たまにからかうように言うことがあった。僕が小学五年生くらいの頃だから反応がよかったからかもしれない。いつもはやさしいのだが、ときどき魅入られたようにこんなことを話して僕を怖がらせてきた。
「世界はね、小さなカケラ同士がくっついてるの。こんな捨てられたトンネルや洞窟で繋がってて、お互いに魂が行き来してるのよ。見える人には見える。わたしにも見える。金平糖みたいなデコボコしてる角と角みたいなところにはあちこちからの魂が集まってるのよ」
僕は新しい家族ができてから、ずっと勉強をするようになった。新しい学校へ通い、与えられた部屋で宿題をし、受験勉強もした。そうしていると気持ちが楽になったからだ。しかし高校に合格した後、異変が起きた。朝起きられず、電車にも乗れず、夜はうつらうつらとしか眠られない日々が続いた。高校へ行きたいと叫ぶ僕をもう一人の僕がねじ伏せた。
「電車に乗れないなら、わたしが途中まで送っていってあげるわ」
美月さんが言ってくれた。
そしてあの日、交差点近くのコンビニの駐車場で降りた後、僕の目の前で交差点で弾かれた車が姉の運転する車に飛び込んできた。
姉は意識が戻らないまま治療室にいた。
「本当に魂があるんなら救ってやる」
僕はトンネルを抜ける決意をした。覆い尽くした今年と前年の葛に足を取られながらも金網と看板を引き剥がすように入った。
封鎖されたトンネルに入ると、冷えた空気が底に漂い、砂埃に埋もれた舗装済みの道は波打ち、漏れた水が壁を覆い尽くしていた。
「こんな捨てられたトンネルではね、人の魂が行き来しているのよ。この世界の魂もいれば別の世界の魂もいるの。見たいと思わない?」
僕が学校に通えていれば。
トンネルの向こうに姉の魂がいて、今頃戻るべきところを探しているはずだ。こんなことは気休めでしかないことも理解している。
僕の心が弱いから。
行く手に光が見えた。
僕は急いだ。剥がれ落ちたコンクリートにつまずきつつも、何とか光へ走った。
姉さんの魂があるはずだ。
古いサンダル履きの爪がはがれたかもしれない。蹴つまずいて、柔らかな髪が頬に触れた。
甘い、いつもの匂い。
「マコト、新しい家族になったときわたしはどうあなたと接していいか悩んだ。でもいつもあなたは必死にしてた。わたしたちに嫌われないように。なのに気づけなくてごめんね。誰からも遠ざけられたらつらいよね。あなたは勉強して必死で『僕を見て』て叫んでた。そんなんじゃ心なんて潰れちゃうよね。早くこうしてギュッとしてあげられれば。大丈夫なんだよって言わなきゃ伝わらないのにね。ごめんね」
僕は顔を上げた。
「お別れするときまで気づかないなんて」
細くてしなやかな腕が、僕の背中で締めつけてきた。姉の涙が僕に落ちてきた。体を支えていたものが消えて、倒れた僕は必死で藻掻くように、額に眼を持つ男を殴っていた。
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