第10話 異世界から異世界へ

 僕たちは蹄鉄に抜かれた。

 次の村では彼女は目ざとく潰れた木桶を見つけた。そして子どもに何やら尋ねた。同じような背格好なのに彼女は子どもではなく、一人前の旅人に成長していた。わかったことは彼女はコミュお化けだということだ。たいてい好かれる。子どもたちは彼女の手を取り、無邪気に裏へと案内した。四角く長い樋から湯けむりが溢れているのが見えた。

「風呂だ」

 この村は山から温泉を引いているようだ。大量に溢れるお湯に頭を突っ込んだ。ぬるいが気持ちいい。脂で固めた灰を頭に塗りつけて髪をこすった。バサバサになるがネチョネチョよりマシだ。彼女も同じようにした。もっと大胆で、軒下に立てかけてあるタライを勝手に使い、全身を洗った。ほっと一息ついたときだった。怒声が響いた。眼光鋭い老人が睨んでいた。とっさに彼女は外套で裸を隠した。僕以外には決して見せようとはしないのは、彼女には彼女なりの価値観があるのかもしれないなと、僕は叱られながら思った。

 どうやら誰が勝手に使っていいと許可したんだと怒っているらしいのだが、普通に考えると、

「謝るしかない」

 子どもたちが老人のズボンを引っ張った。ん?どうした?という顔をしていた老人から笑みが零れた。そして何やら彼女に話した。

 交渉だ。

 泥棒風呂を許す代わりに、指差して五人、子どもたちを湯に入れてやれということだったらしい。

 服を脱がせて、体を洗ってやるのは彼女で、洗濯は僕がした。どこからか話を聞きつけて、子どもがどんどん増えた。収拾がつかないようになってきて、干すのは村の若い子、子どもを洗うのは老婆に任せ、終わった頃には日も落ち、また自分も入らなければならないくらい汚れた。

 体のゴツい老人は、たらい桶の湯を捨て、新しい湯を溜めた。そして僕たちに、もう一度入ってきれいにしろと笑った。

「極楽極楽」

「ゴクラクゴクラク」

「マネすんな」

 僕は彼女に笑った。

 僕たちは今夜、久々に屋根の下、狭く暗くて冷たいもののベッドで眠ることができた。たまにこんなこともあってもいい。二人で寝た。

 翌朝目を覚まし、裏庭でいつものルーティンをし、苦いお茶と暖炉で焼いたじゃが芋を食べた。

 村のはずれまで子どもたちがついてきて、派手に何やら歌っていた。やがて石柱のところで、一人大きな子が止まると、持っていた枝で僕と彼女の両肩にトントンと打ち、大げさに空に両腕を広げた。僕たちも同じようにした。身を守るおまじないのようだった。僕たちは彼らと別れた。何度か振り返るうちに、子どもたちは山の向こうに消えた。僕も彼女も機嫌が良い。なかなかの食料も補給できたし、気持ちの良い湯も浴びたし、何はともあれ久々の布団で寝られた。自然と笑みがこぼれる。

「僕、マコト」

 僕は自分を指差した後、彼女を指差した。

「名前」

「ボク、レイ」

 と答えた。もちろん本当の名前ではないことはわかる。しかしレイと呼べることが嬉しかった。

「ボク、レイ」

「マコト!」

 何だかお互いに照れ臭くて、少し急ぎ足になった。レイも何度かマコトマコトと呟いていた。

「オマエ、マコト、ナイ」

 

 二日ほど歩いた後、雑木林に覆われた山で野宿することにした。誰かが野宿した跡を見つけると、残りの歩く距離と太陽を考えて、場所を決めるのだ。レイはたいてい間違うことはないが、たまに雨にやられてひどい目に遭うこともあった。

 僕が火を起こした。

 ナイフで薄く木を剥いだところに石でできた二本の棒状のものを擦り合わせると、火種が移る。それを少しずつ育てると、焚き火になる。初めは乾いた葉をくべて、少しずつ細い枝、炭があれば炭をくべる。

 レイが取り出したものは、どう見ても魚の干物だ。しかも前に釣ったものと同じ形をしている。レイが少し口をつけてこわごわ前歯で噛み締めた。そして頷いた。どうやら加工して食べるものらしい。半分に割いて、炙るように火を通した。

「塩辛い……」

 あの泥の臭みは消えていた。おいしいとまでは言えないが、パンと干物で腹を満たすことができた。

 しばらく旅は続いた。

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