第11話
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男はそのあともそこが寝床のように帰ってきて、また俺と姉をおもちゃにする。だんだんと飽きてきたのか、扱いは雑になって、そこらにあるゴミ山の中の食材を食えと言ってきて食わせたり、ただ暴力をふるうだけの日常。
姉も同じようなもので、だんだんと例の部屋の途切れた声は泣き声に変わっていく。この前までは大げさな声をあげていたはずなのに、どうしてか泣き声。そのたびに男が姉を殴るから、再び見たときの姉の顔は腫れあがっていた。
母はもう帰ってこない。それがどうしてかはわからない。
男もたまに家を出るけれど、その際には家を母と同じようにガムテープで閉めて出ていく。そこにいる大人が母であっても男であっても、結果的にはそこまで変わらなかった。
男が寝ると、いそいそと裸のまま、俺が寝ている場所にやってきて、いっしょに布団に包まった。
「お母さん、帰ってこないね」と姉に声をかけた。男には聞こえないように。
「そうだね」、と姉は声を返した。
「お母さんみたいに、外に出られるといいね」、と俺が言う。
姉は、そこからしばらく黙りこくった。
そして。
「──そこに、光明はあるのかな」
そんなことを呟く。ドラマの台詞で聞いたことがあると思った。
「うん、きっとあるよ」
だから、ドラマみたいに、俺はそう返した。
俺の中から、この会話が頭から離れることは、きっとこの先ないだろう。
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翌日、何も聞こえない空間で目を覚ました。喧噪も、途切れ声も、何も存在しない空間。気づけば姉は隣にいなくて、それでも家は静かなままで。
違和感を覚える。いつもだったら、と考える。寝室から出ていき、そうして見渡せば、姉もいないし、男もいない。
不思議な静けさだった。
俺は誰かが帰ってくるのを待ったまま、そこに佇んだ。
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それからも誰かが帰ってくることはなかった。家は点けたテレビ以外の音は全くしなくて、そうして俺はテレビを見ることしかできない。
空腹がどうしようもなくやってくる。それでも、姉さえ帰ってくれば何かご飯を作ってくれるかもしれない。
男に命令されたように、ゴミ山から食べるのも考えたけれど、どうしたって美味しいものではない、食べるくらいならば、空腹のままで過ごしていた方がいい。
何日か経過して、流石におなかがすいてゴミ山に手を出す。前までは命令されるままに食べていたゴミの残飯も更にひどい臭いを醸し出して、吐き出しそうになる。それでも、ごくりと飲み込んで、空腹を紛らわせる。
ずっと。
ずっと。
ずっと。
──ゴミ山から、食べ物は尽きていった。
そんな中でも考えるのは、みんながどこに行ってしまったのか、ということ。母はずっと前から家を出ていったけれど、どこに行ったんだろう。姉は?あの男は?男については会いたくもなかったけれど、誰かがいるという安心感がほしい。
玄関の扉を見る。いつもだったら、ガムテープで外側から縛られているドア。どうしようもなく、外に出ることを許されない最重の扉。
俺は、空腹もいよいよ限界なところで、その扉を開けた。
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ガムテープは張られていなかった。初めてこの扉が俺の手で開いたことにどこか空虚な感覚を抱いて、そこから何をするでもなく、ゆっくりと外へと出ていった。
足が痛い。靴なんてものは存在しないから、ごつごつとした地面の感触に新鮮な感情を覚えながら外に出てみる。
いつも雨戸で閉め切っているから、外の空間についてはどうなのかはわからなかったけれど、暗さからすぐに夜であることを理解できた。
そこから、途方もなく歩く。時々とがった小石を踏んで、痛みに声を出すけれど、それで俺のことを叩く存在も今はいない。
でも、途方のない旅にしては、あまりにもエネルギーが足りていない。ゴミ山からの食事はとうに底を尽きていたから。
ふらふらと歩きながら、明るい場所にたどり着く。明るい場所といっても、ただの街灯の下。そこから、誰かのぬくもりを感じるような気がして、そうして俺はそこに座った。
──そこからは覚えていない。きっと、眠ってしまったんだろう。
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