10.あの言葉の続き

 僕らが猫人族の少女のもとに駆け出すと魔物も同じ様に走り出してきた。

 このまま走っていては間に合わないだろうと思った僕はとっさにディアの名前を呼びスキルを使って欲しいということを伝えた。


「ディア、頼む!!」

「分かってる!! 【円型創火クライシス・ブレンネン】」


 ディアの背後には十個の炎が現れる。

 そしてディアはすぐに十個の炎を全て魔物に向かって一斉に放った。


 ドッカーンッ!!!!


 激しい爆発音と煙が発生しどのようになっているかがわからないがひとまず猫人族の少女のもとまでは辿り着くことが出来た。


 しばらくして煙が風に流され消えていくと少し後ろに下がり地面に片膝をつけている魔物の姿があった。 

 どうやらダメージは入ったようだが傷などはついていなかった。


「君、大丈夫?」

「あ、え、ああ、えあ、あ……」

「安心していいよ。もう僕達がいるから」


 僕がそういうとそれまで怯えていた猫人族の少女は静かにコクリと頷いた。

 ひとまず猫人族の少女はこんなところにいては危険なので少し後ろに下がっているように言うと大人しく後ろに下がってくれた。それとついでに僕のリュックを持っておいて貰った。

 さすがにあんな重いものを持った状態で戦ったら高確率で僕はきっと死んでしまうからね。


 まずはあの魔物の情報を……。


 僕は【能力明晰ステータス・クラリティ】を発動し魔物の情報を確認することにした。



================

名前:十階層ボス ミノタウロス


レベル:3

筋力:367

体力:332

耐性:298

敏捷:78


スキル

闘牛奮撃オックス・アタック

================


 

  さすが十階層のボスだ。

 これまで現れてきた魔物の中でもダントツで全体的な数値が高い。

 敏捷は僕達よりも低いみたいだけどそれ以外は遥かに上を言っている。

 これならディアのスキルで傷が一つもないことにも納得出来る。


 僕が一人で色々と考えているとミノタウロスが立ち上がりこちらに威嚇するように叫んできた。

 あまりのうるささに思わず耳を塞いだ。


「エト! 来るよ!!」


 ディアがそういうとミノタウロスは斧を振り回しながら僕達の方に走ってくる。

 鞘から剣を抜きミノタウロスの攻撃に対して待ち構える。


「モウォォォォォォ!!!!!」


 近くまで来たミノタウロスはその手に持つ斧を大きく振りかぶり勢いよく明確な殺意を持って振り下ろしてきた。

 しかしミノタウロスの行動はあまりにもわかりやすいので僕達は左右に回避し攻撃を免れた。

 だがそこでミノタウロスは地面に突き刺さった斧を引き抜くとすばやく横に振った。

 斧は僕の方に向かってきていたのでとっさに剣を構えなんとか受け止めたが力が強すぎて近くの瓦礫まで吹き飛ばされてしまった。


「エト! 大丈夫!?」

「なんとか。ちょっと痛いくらい」


 そんなことを言っているが既に足からは血が流れている。

 アーブルで痛みの基準がおかしくなってしまったのだろうか。


「ディアも気を付けろ!!!」

「!!?」


 僕に斧を振り終わったミノタウロスは次に標的をディアに変えた。

 僕の声もあってかディアは即座に反応し斧の間合いから出る事ができた。


「ありがとう、エト! 先に私が攻撃するから隙が出来たらエトも攻撃して!!」

「わかった!」


 ディアは「【円型創火クライシス・ブレンネン】」と言うと再び背後に十個の炎を出現させる。

 そしてミノタウロスに向かい出したディアはその炎をまずひとつ放つ。

 気づいたミノタウロスは炎を斧で斬ろうと振るがその時には炎が爆発を起こし視界を悪くする。

 そこに追い打ちをかけるようにディアが連続で炎を放っていく。

 

 爆発に気を取られているミノタウロスの足に向かってディアは深く短剣を突き刺す。すると痛みでミノタウロスは大きな声で叫び斧を振り回し始めた。

 だがその攻撃は爆発で発生した煙によって視界が悪くなっているため正確性があまりなくディアには全く届いていなかった。


「エトも!!!」


 僕はディアにそう言われると立ち上がりミノタウロスの方へ走っていく。

 近づくと煙の中から斧が横に振られるがなんとかそれを避け剣を思いっきり突き刺した。

 僕の剣はどうやら腹部に刺さったようだ。


 ミノタウロスは一段と暴れ始めたが僕達は必死に剣をこれでもかと言うほどに突き刺していく。

 だが中々ミノタウロスの命は消えない。

 徐々に煙も消え始めている。このままでは再びミノタウロスに僕達の居場所がバレてしまう。


 どうにかしようと次の策を考えているとき「キャアァ!!」という声が聞こえてきた。

 薄くなる煙の中から見てみるとディアが瓦礫にぶつかり横たわっていた。

 ディアの短剣はまだミノタウロスの足に突き刺さったままだった。

 どうやらディアはミノタウロスに吹き飛ばされたようだ。


「ディア! 大丈夫か!!」

「まだなんとか……ね」


 ディアが負傷している以上、僕がここでなんとかしないと。

 もっと力を力を振り絞れ!!!


「おらぁあああああああああ!!!!!!!!」


 僕は腹部に刺していた剣を皮膚を裂くようにして徐々に徐々に下げていく。

 ミノタウロスのお腹からは大量の血が流れていく。

 ついには痛みに耐えきれなくなったミノタウロスは斧を地面に落とし悶え始める。


「モウォォォォォ!!!!」


 ミノタウロスが叫ぶと下に裂いていく剣の動きが止まってしまった。これは僕の力の限界が来たのではない。

 このミノタウロスが斬られていく部位に尋常ではないほどの力を集中させ動かせないようにしてきているのだ。


 ミノタウロスは叫びだした時から赤いオーラの様なものを纏っていた。


 何かをしようとしている…………?


 僕は直感的に危険を感じ剣を引き抜き一度ミノタウロスから距離をおいた。

 そんな僕にミノタウロスは拳を振るってくる。その拳を避けきることの出来なかった僕は完全に喰らってしまい地面に叩きつけられた。


 早く立たないと……死ぬ。立て僕!!!


 次来る攻撃に備えて痛みに耐え立ち上がった僕はどうにかミノタウロスから距離を取るようにした。

 すると逆にミノタウロスが足に刺さっていたディアの短剣を抜き取りながら距離を取り始めた。

 一体なぜと思ったが歩く先には斧がある。どうやらさっき落としていた斧を取りに戻ったようだ。


 血……か。


 額からは血が流れ地面にポタポタと落ちる。

 体のあちこちがじんじんとしていて継続的に痛みを感じる。


 あの叫び、赤いオーラ。

 この二つが起こってからあのミノタウロスは最初よりも異常なまでに攻撃力が高くなったように思える。

 まさか……。


 僕は急いで【能力明晰ステータス・クラリティ】を発動した。



================

名前:十階層ボス ミノタウロス


レベル:3

筋力:598

体力:332

耐性:298

敏捷:76


スキル

闘牛奮撃オックス・アタック

================



  最初の時より筋力が231も上昇している。

 きっとそれを実現しているのは【闘牛奮撃オックス・アタック】というスキルだろう。


 これは筋力の大幅に向上させるとかそういう系統のスキルか。

 

 ミノタウロスは未だに僕を標的としているようで手に取った斧を持ってこちらに迫ってくる。

 だが僕も諦めず対抗する。


 振り下ろさせる斧に対して防ぐように剣を動かす。

 

 !?

 お、重い!!


 筋力が大幅に向上しているミノタウロスの一回一回の攻撃は凄まじいほどに重く立つことを耐えるのがやっとなほどだった。


 まともに攻撃を受けて防いでいたらそのうち押しつぶされてしまう。

 ここはどうにか回避をしないと。


 剣で防ぐことより回避を選んだ僕は次から来る攻撃からその方法を試してみた。

 すると攻撃に正確性がないようで案外避けることが出来る。しかし気を抜いて当たってしまえば待っているのは死。

 

 一秒も気を抜けない状況だ。


 !!!?


 そう思っていたのだが一度回避をしようとした時足元に崩れていた瓦礫がありそれに僕の足がひっかかてしまい体勢を崩す。

 そこにミノタウロスは攻撃をしかけてきた。


 まずい!!!


 剣でどうにかしよとしたが出来たのは斧の軌道を反らせることくらいだった。


 ブシャッッ!!!


 僕は斧の先端が体に当たり斜めに裂かれた。

 幸いなことにそれほど深くはなかったが服は斜めに破れ血がダラダラとにじみ出ている。


 また意識が遠のいていく。

 今回はあの時みたいにリーシアさんが助けに来てくれるわけがない。

 僕がどうにかしないといけないのに。

 まだ耐えるんだ。全部が終わるまで。


 僕の目には斧を振りかぶるミノタウロスの姿があった。


 そこで再び感じる死への恐怖。

 押し殺しても押し殺しても溢れ出る恐怖。

 

 あぁ……父さん、僕はどうすればいいんだろう。

 これまでの溜め込んだ恐怖が溢れ出してもう何も出来ないよ。


 ”恐怖と共存するんだ”

 

 こんな時になって父さんの昔の言葉を思い出した。

 今一番必要のない言葉だ。なぜならそんなことは僕には出来ない。


 父さん、お願いだ。僕に出来る生き方を教えてくれ!!!


 その時僕は父さんが昔言っていたあの言葉の続きを思い出した。



 ”そうだな、なら自分を痛め恐怖を殺せ。お前を今から支配するのは自分でもなければ恐怖でもない。ただの痛みだ。”






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