春祭り
学生作家志望
明日からは
甘い香り、公園に見事に咲き誇る桜の香りなのか、それともいつも前を行く君なのか。髪飾りを見て、周りの桜がぼやけた。やっぱり君だよね。そう、
「秋も早く来なよー!こっちの桜映えるよ!」
桜が走るもんだから今にも転びそうで怖くなり、秋の足が自然と早く動いた。すらっとした長い足を下駄にはめる。それにくらべて秋は安いスニーカーで来ていた。桜のは新品だったが秋はいつも履いているせいか、靴の底が擦れ切れてボロボロになっている。秋はそれを全く気にせずに今宵の祭りへとやってきたわけだ。
桜はやはり転んだりなんかしない。秋はなんだか申し訳なさそうな顔をした後に、また桜の横に並んだ。
桜は優しく明るい表情で秋の顔を見て、こう言った。
「明日から、私の声、聞こえるようになるんだね。補聴器、やっともらえるんだ」
「手話とか全然覚えられなくて、ごめんね。」
桜の目が潤んでいくのだけは秋にはわかる。しかし秋の耳にはやはり声は届かない。秋は思わず不思議な顔をする、心配をする。
「…なひぁんで?なるてる?」
秋には他人の声と自分の声が聞こえない。自分が何を言ってるのか全く理解することはできない。何かを訴えようとしているのかと考えた秋はポケットからいつものメモ帳を取り出す。メモ帳を1ページ、1ページとめくれば、今までの思い出が秋の中をすーっと駆けていった。
桜に告白した春祭り、桜と行った夏祭り、桜と…桜と。秋には周りの雰囲気がよくわからなかった。周りが何をして欲しいのかとかが全てバラバラでわけがわからないのだ。だが、秋の家は生まれつき貧乏であり、最先端の技術を使用した補聴器をすぐに買うことはどうしても出来なかった。どうにか免除してくれないかと頼む両親の顔はとても辛そうで、泣きそうで。秋の心はあの時の虚しさに侵されていく。
トントンッ
桜は秋の肩をポンポンと叩く。そしてその手は秋の手に触れる。桜は優しく手を握り、秋の心はそれと共に解放されていった。
桜に伝えたいことはない。
察したのか、秋はメモ帳をポケットに再び入れた。
遠くから見えるこの春祭りのシンボル的桜の下についに辿り着いた。秋は深呼吸をし、あの日を思い出す。
「綺麗…。」
祭り、それが貧乏な秋にとっての唯一の娯楽であり、今となっては秋の救いとなった。
桜が木の下に座る。秋もその横へ座ろうとした時、ポケットへ入れたはずのメモ帳が案外あっさり落ちて、メモ帳が最初の1ページを偶然開いた。
秋は耳が聞こえず、言葉もまともに喋れない。しかしそれでも愛してくれる人が横に座っている。桜の甘い香りがした、桜に告白したあの日。秋は心臓のドキドキを感じつつ、言葉を必死に調べた。
あの日の、秋が書いた言葉。
「ひつま、ささえてくへてありがほう」
メモに書いている言葉は綺麗だったが、秋のあの日伝えた言葉は全てボロボロだった。
恥ずかしそうに下を向く秋に桜が言った。
「かわいいな。秋のそういうとこが好きなんだよ私w」
「今日は聞こえないと思うけど、明日からは聞こえるよね。だから…」
桜がまた秋の手に触れて言った。
「私から好きって言わせてね。」
春祭り 学生作家志望 @kokoa555
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