第5話 憧れの野外飯

「生地は出来たから、明日の朝に焼きましょう。焼き立てのうちに来てくれると良いのだけれど」


 スコーンの作り方は至って簡単だ。マグカップ一杯分の冷えた小麦粉とスープスプーン山盛り三杯の砂糖を加え混ぜ合わせたものに、小指の第一関節くらいの太さに塊から切り分けたバターをサイコロ状にしたものを加え、カードやスケッパーでバターを押し切るようにして馴染ませていく。バターが荒目の砂粒くらいの大きさになったら、スープスプーン一杯分のイーストを溶いたものーー水と牛乳を混ぜ合わせたものをお玉半分くらい用意し、人肌に温めたもので溶くーーと一個分の溶き卵を加え、粉気がなくなるまで纏めたら、親指の第一関節の半分くらいの厚さに生地を伸ばし、保冷庫で一晩休ませる。後は好きな大きさに切り分け、オーブンでこんがり焼いたら完成だ。


「バタークリームは明日、作りましょう。卵黄を使うから常温で置いておくと日持ちがしないし、かといって保冷庫に入れるとカチカチに固まって美味しくなくなるもの」


 バタークリームはいくら泡立て気泡を含ませても所詮は油脂の塊なので、冷蔵庫で一晩置いてしまうと普通よりは若干柔らかいが、もろもろとした食感のただの甘いバターになってしまう。温めて戻しても良いが、温め温度が高いと油分が浮いてしまい、出来立てよりも油っぽさが際立ち美味しく食べることが出来なくなるのだ。

 食べてくれるかどうかは別として、やはり人様に振る舞おうとするならば、なるべく一番美味しい状態のものが良いに決まっている。


「これでスコーンの仕込みは終わりね。ーーううん。晩御飯を作るにはまだ早いし、少し丸太小屋の周辺を散策しようかしら。確か小屋のすぐ側に焚き火炉があったような気がしたのだけれど、前々から焚き火をしてみたかったのよね」


 昨日に丸太小屋へ案内された際に、エラは視界の端にちらっと焚き火炉が見えたのを覚えていた。更に炉には鍋を吊るすことが出来る三脚のような鉄棒と、鉤針のような器具が付属していたはずだ。きっと丸太小屋の持ち主が、焚き火と野外料理を楽しむ為に設置したのだろう。誰だか知らないが、この丸太小屋の持ち主はいい趣味をしているとエラは思った。ーーまあ、燃料を浪費する仕様のオーブンストーブは、どうかと思うけれど。

 エラが滞在している丸太小屋は、辺境伯家の領主城からすぐ側にある林の中に建てられている。林の木々が防音壁となるからか、丸太小屋周辺は昼夜を問わずとても静かだ。そんな環境で焚き火が出来るかもしれないと考えると、エラの心は子供のようにワクワクと浮き立った。

 幼少のみぎりに祖父から野営の焚き火がいかに素晴らしいかという話を聞いたエラは、それ以来ずっと憧れていた。機会があるならば絶対に祖父の語る最高の体験を得てみたかったのだ。


「よいかエラ。焚き火をするなら静かな場所で、必ず夜にするのだよ。夜の焚き火は最高だからね。火の揺らめく光と、小さく薪が爆ぜる音。それから満点の星空をゆっくりと鑑賞する贅沢を味わえるのだ。そこに美味い酒と肴があれば、なお良い。きっと至福の時を過ごせるだろう」


 エラは祖父の言葉を思い出し、これはもうやるしかないなと決意した。静かで焚き火が出来る環境がここにあるのだ。そう、待ちに待った機会がついに巡って来たのである。これを逃す理由はどこにもない。

 今夜は予定を変更して焚き火でソーセージを焼き、ベイクドポテトとそれからガーリックトーストではなく、パンコントマテにしよう。きっと焚き火で焼いたソーセージはいつもよりもジューシーになるだろうし、ベイクドポテトはチーズをたっぷりとかける予定だから、少しくどくなってしまうかもしれない。それならばパンコントマテの方が、まだガーリックトーストよりもあっさりとしているはずだ。特に今回はオリーブ油がないこともあり、トマトとニンニク、塩だけで作るのだから脂っこさはないだろう。


「よし、決まりね!それじゃあ焚き火炉を確認して、他に必要なものがあれば用意しましょう」


 今夜が楽しみで仕方がないエラは満面の笑みを浮かべ、丸太小屋の外へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る